第六章 6

 学年集会でのざわざわを抱えたまま授業を受け一日を終了し、僕は校門を出たところで和泉紗枝に声をかけられる。

「セイジ」

 真っ赤なマフラーを巻きつけて灰色のコートを羽織った和泉紗枝は、はぁはぁと白い息を上げながらスカートの裾を翻し、ぱたぱたと小走りでやってきて僕の隣に並んだ。

「今帰り?」

 真っ赤に顔を火照らす彼女に、うん、と僕は答える。和泉は「よかったー」といって笑顔を見せ、少し乱れたマフラーを直した。

 僕らの隣を自転車に乗った同級生が走り抜け、灰色の空を雀が飛んだ。ほとんど空っぽの状態の田んぼの中心には汚れてぼろぼろになった案山子が一本来るはずのない誰かを待ちわびていた。

「ねぇセイジ、今日、すごかったね」

 なにが、というようにして僕は彼女に視線を向ける。

「多田君」

 彼女の言葉に僕はただ、「ああ」と返す。

 彼女は僕のことをじっと見て、それから石ころばかりの乾燥した地面に目を向けた。

「なんだか色々大変だったみたいだね」

「そうだね」

「多田君のお母さん、すごく厳しい人だったみたい。わたし、三者面談の時一回見たことあるけど。メガネをかけた、きつそうな感じの人だった」

 そう、と僕は首の動きだけの頷いた。

 和泉は僕の反応を見て、それから長くて黒い睫毛を伏せて、ぼんやりと独り言のようにこういった。

「ねぇ、セイジ」

「うん」

「大丈夫?」

 僕はそこで、今日初めて和泉紗枝の顔をちゃんと見る。

 和泉の黒い髪と、大きな目と、長い睫毛。僕はそれらをちゃんと見て、こう答えた。

「なにが?」

 和泉はなにかを考え込むようにして顔半分をマフラーの中に入れると、

「セイジ、最近なんだか変だよ。なんだかずっと苦しい顔してるし何かをすごい考え込んでる。爆発する寸前の、多田君と同じカオしてる」

 僕は和泉の発言に驚いて、それから視線を下げてまた彼女の顔から目を反らす。何でもないよと呟いて。

「嘘。セイジはたまに、私の知らないわからないこと考えてる。こないだだってそうだった。セイジは、何を考えてるの?」

 僕は答えない。何も言わずに乾いた田圃の畦道を歩く。それまで僕の隣を歩いていた和泉は、ふっと足を止めた。

「また、千尋ちゃん?」

 僕は道行く足を緩めない。和泉と僕の距離が開いていくそのことに気がついても、後ろを振り向かない。でも、顔が見えなくても冬の空気だけで赤いマフラーの彼女がぎりっ、と表情を強張らせるのが僕にはわかる。

「セイジは本当に、千尋ちゃんのことが大事なんだね」

「妹だからね」

 和泉はまた、少しだけ眉の形を変化させる。

「本当に、それだけ?」

 彼女の言葉が空気を揺らす。冷たい風が制服の隙間に吹き込んで、僕の肌を突き刺した。

 僕は足を止め彼女の方へ向き直る。灰色のコートの和泉紗枝が漆黒の瞳を揺らしていた。

 彼女の顔を見て、それから眼を伏せて、地面に転がる石ころを蹴り上げた。その、ぼこぼことした小さなジャガイモのような石ころが転がって、雑草しか生えていないような田んぼの中に入り込む。それを見届けて、ゆっくりゆっくり言葉を紡ぐ。

 理由。

 僕の理由、と、僕らの理由。

「それは、多分、俺と千尋が、本当の、ちゃんとした兄妹じゃないから」

 和泉紗枝がまた表情を変える。

「どういうこと?」

 意味が分からない、というような顔で首を傾ける彼女に、僕は言う。

「兄妹じゃない、っていうのは少し、いい方が違うかもしれない」

 僕と千尋は、ちゃんとした兄妹だ。戸籍上そうなっているはずだし、僕は千尋が母のお腹の中にいて生まれる瞬間までちゃんと覚えている。違うのは、そこじゃない。

「千尋はたぶん、父さんの子供じゃない」

彼女の顔がまた険しくなる。

「よく、わからないよ。ちゃんと説明して」

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