陽炎の森80 殿様毒殺の陰謀があれば急がねばならないと思い、白田玄白を締めあげれば必ず砒素がでてくるが、医師なので持っていても不思議ではない、医療の為だと言い訳すれば


陽炎の森80


殿様毒殺の陰謀があれば急がねばならないと思い、白田玄白を締めあげれば必ず砒素がでてくるが、医師なので持っていても不思議ではない、医療の為だと言い訳すればそれまでである、

この時代会津藩は保科正之23万石の領地である、松平姓を名乗るのはこれより後の事で、跡継ぎがなく改易寸前の時、幕府のきもいりで将軍家より養子を向かえ存続が許されたので、

幕府に感謝して将軍家に盾ついてはならない、


という言葉を家訓に入れ、幕末にだれも引き受けてのない京都守護職を引き受けたのです、京都で治安維持の為、勤皇の志士を弾圧し、幕府軍が鳥羽伏見の戦いに敗れた後は官軍に、

恨まれ、その後官軍に攻め込まれ悲惨な目にあったのです、西郷頼母家の悲劇、白虎隊の悲劇もこの家訓の為と言っても過言ではないのです、


会津の家老であった西郷頼母は京都守護職を引き受けるべきでないと、再三にわたって会津公に進言するが、この家訓のため、会津公の勘気にふれ、政治のおもて舞台から遠ざけられ、

ていたのです、官軍が会津に侵攻した時、戦に出れない、西郷頼の家族、親族の女子供数十人が屋敷で自害したのです、官軍である、薩摩藩の武士が屋敷に入った時は、皆自害しており、

悲惨な光景であった、辛うじて息のあった一人の娘が、


入って来た武士にお味方ですかとあえぐ息で尋ねるので、そうだ、しっかりせよと声をかけると、苦しい、とどめをさしてくだされと懇願するので、もう助かるまいと思いその武士が、

とどめをさしたのです、官軍の武器は会津藩の武器より火力も強く、兵の数も比較にならない程多かったので、歳はも行かない、少年も戦場に行く事になり、前線に向かったのです、

がことごとく撃破され、山中にとり残されたのです、


辛うじて城の見える飯森山まで退却し城を見ると、炎に包まれていたのです、もうだめだと生き残った全員が城を見ながら自害したのですが、この時点で城は落ちておらず、少年達、

が見たのは城下の町が燃える炎だったのです、この時自害した飯沼定吉の飼っていた犬が瀕死の重傷を負っている定吉を見つけ、飯沼家に働いていた下僕に知らせたため、下僕の家に、

運び込まれ一命をとり止め、生き残った飯沼定吉のお陰で、白虎隊の戦いの全貌がいまも伝えられているのですが、それはこの時代から230年後の話です、


しかし砒素を入れるのをやめさせなければならない、脅かせば発覚を恐れて証拠隠滅する為暫くは何もしないに違いないと、玄白の家へ向うと、家人が出て来たので、諸国巡察方の、

村上真一朗である、会津公毒殺の嫌疑により調べるというと、お待ちくださいというので、構わず押し通り奥へ行くと、玄白が何事ですかというので、朱印状を見せ、全員そこを動くな、

と命令し、


くすり箱を調べると大量の紙包みをみつけ、これは砒素だろう何に使うのだと聞くと、違いますというのて、そちは奥医師であろう、これが砒素なら薬に混入し会津公にのませる事の、

出来る立場にある、一部を懐にいれ、これを没収して調べる、結果がでるまで、城下を出てはならないといい家を出ていったのです、容易い場所にあるはずがなくこれは普通の薬、

だろう、


見つからなくてホットしているが、あわてて次席家老にしらせるだろう、柳生の者頼むというと、承知と小頭の配下が、あわてて出て来た玄白の後をつけたのです、玄白は次席家老、

の屋敷に入り、次席家老の部屋へ行くと、大変でございます、諸国巡察方の村上真一朗が現れましたというので、なに奴は諸国巡察方だったのか、配下の者が峠ででくわし、

こっぴどくやられたそうだ、しかし何の証拠もない、城へ乗り込んでくる事はあるまいと話すと、


殿様に飲ませている砒素の件を知っています、私の屋敷に乗り込んできて、くすりをもっていきました、持つて行ったのはタダの薬ですが、もう一度屋敷を探索されますと見っかる、

おそれがありますというので、何知っていると、さては敬四郎が喋ったか、まさかお家の大事を公儀の役人に喋るとはおもわなかったがといい、そなたのめかけの家に隠すのだ、

城中の湯のみなど全て処分しておく、


いつ踏み込んでくるかも知れない、今日からの混入はやめろ、なあにあれだけ衰弱していればもう少しだ、暫くおとなしくしているのだと、次席家老はあわてて城に向かったのです、

真一朗はこれで砒素を混入するのは控えるであろう、後は鉄砲製造場所だな、一軒の居酒屋に入り酒と肴を注文したのです、前に座って飲んでいた遊び人風の男がお侍さんどこから、

来なすった、と聞くので、


諸国浪々の旅だと答えると、やつとう(剣術)の腕はと聞くので人が少ないので立ちあがり、箸を上に投げ下と上から切り結び小刀を鞘に納めると、箸が3つに切れたのです、小刀は、

使う事がないので刃抜きはしていないのです、


こんなもんだというと、へえこれはたいした腕だといい、まあ一杯と盃を渡し酌をしたのです、かたじけないと一気に飲み乾すと、旦那いい用心棒の口があるんですがねとというので、

ほうそれは助かる、どこの用心棒だと聞くと、金物問屋の井筒屋でごぜえやすよと言うので、大店なのかと聞くと、会津は金物問屋が沢山あるんですよ、その中でも大手で会津様、

御用達ですぜ、旦那の腕なら高く買ってくれやすと言ったのです、


その大店がどうして用心棒が必要なのだと聞くと、実は裏で金貸しと屠場を開いているんですよ、御用達がよくそんな事ができるなというと、後ろに大物が控えてなさるんですよ、

もつとも屠場は二吉にまかしていて、金貸しは医者の玄白先生がやっていなさるがねと薄笑いをうかべたのです、そなたは二吉の子分かと聞くと、とんでもありやせん、親分持ちが、

昼間から酒はかっくらいませんよ、


あしきも旅から旅の遊び人で博打の坪振りですよと懐からサイコロを4つ取り出し、湯のみに入れ、振って卓に乗せ、開けると綺麗に4つ重なっています、これは見事だと褒めると、

これくらいできなければ坪振りは出来やせんですよと笑ったのです、娘が酒と肴を持ってきて、正造さんお侍さんに悪い遊びを教えてはダメじやない、これはおみよ坊おれにも、

もう一本くれというと、


もう一本だけだよ、あんまり飲んだくれると坪は振れないよと笑ったのです、それでは世話してもらうかなと言うと、まだ時間ははやいですぜ、あといっ時すれば井筒屋に案内しやす、

というので、それでは腰を落ち着けて飲むか、おみよちゃん、何か肴の上手いものはないかなと聞くと、イワナの塩焼きがうめえだよというので、それでは正造さんの分と二つと、

注文するとありがとうごぜいやす、


旦那から正造さんなんて呼ばれると、気色悪くていけねえ正造と呼んでくだせえというので、あい分かったと答えると、江戸弁を喋ゃべりなさるが、どちらでと聞くので、神田橋だと、

いうとあっしは深川でござんす、もう随分けえっていませんがと、懐かしそうに盃を干したのです、ところで正造、坪を振ってわしのいった目を出せるかと聞くと訳ありやせんぜといい、

さあ旦那どちらでというので、半だというと、


正造が坪を振り、入りますと湯のみを開けると二、三の半である、これは凄いというと訳ありませんというので、お前は湯のみを空ける時、サイコロをさわり一を二にしただろうというと、

見えたんですか、これは凄い、お侍さんは博打は相当なもんでしょうと聞くので、まあなと笑い、申し送れた拙者は村田新八と申すと言うと、へい新八の旦那よろしゅうたのんますと、

改めて乾杯したのです、


これはいい奴とであった、以外に早く鉄砲を作っている元締めに会う事が出来るかもしれないと思ったのです、


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