第24話 激闘!油小路(中)

 豪太が3人の男たちを引きつけている間、咲は大石鍬次郎と対峙していた。


 槍の刃がある部分を「」と言う。それとは反対側のじりを「いしづき」と言い、金属で覆われている。槍を地面に刺したり、背後から襲われたときに突いたりするためのものだが、戦闘中、槍が折れた場合に石突を剣先として応戦する、という使い道もある。

 咲はそれを知っていたわけではないが、自然とそのように槍の柄を構えた。


 豪太の一撃から立ち直った鍬次郎は、刀を抜いて、その咲と相対している。


 咲はこの男の実力がどの程度のものか分かっている。


 決して弱くはない。

 しかし、自分はその攻撃をすべてさばききれるだろう、という自信もある。


 問題は、どうやって戦いを終わらせるかだ。


 鍬次郎も鉢金と鎖帷子を身につけている。その上からの打撃で相手を戦闘不能にさせるほどの腕力が咲にはない。逃げる、というのが最善の策かも知れないが、自分が逃げれば、豪太が背後から斬られる危険性が増す。


 だとすれば、戦いを終わらせる方法は……。


 ***


「出合え、出合えーい」

 という声が遠くで聞こえる。


 豪太に左肩を砕かれながら、命は取られずに済んだ男が、仲間を呼びに走ったのだろう。木津屋橋通と油小路の交差する辻は、新選組の屯所から遠くない。


 近藤・土方は、もはや豪太たちを敵と見なしていないが、その意思は末端の隊士たちまでは届いていなかった。


 一刻も早く決着をつけなければならない。


(この時代の剣士たちは、鎖帷子で武装した相手とどう戦ったのだろう?)


 咲は咄嗟に考え、ひらめくものがあった。


「デェェエエーイ!」


 と鍬次郎がはっそうの構えから斬りかかってきた。狙っているのは頸動脈だ。咲は地面に伏せるほど深く屈んで、この攻撃をかわすのと同時に、槍の柄をさやに収めるかのように左脇に抱え込み、右腕で抜刀するように鍬次郎のすねを払いに行った。


 新選組の屯所で剣道の試合をしたとき、鍬次郎が使った技だ。現代剣道では反則だが、この時代の剣術にはこういう技があり、「脛斬り」と呼ばれている。


 脛斬りに対して、脛を引くようにかわそうとすると、咲がそうなったように前に倒れてしまう。

 後ろに跳ぼうとすれば、肝心の脛が最後まで残ってしまう。


 鍬次郎は大縄を跳ぶように真上に跳んだ。


 しかし、そういう動きに誘導することこそ咲の狙いだった。


 咲は脛斬りを放つやいなや、槍の柄をもろで握り直し、鍬次郎の両足が地面に着地する前に、片膝をついたまま、その喉を突き上げた。


 速さを優先させたため、威力はさほどない。しかし、宙に浮いた状態で突かれたために、鍬次郎は容易に飛ばされ、板塀に後頭部をドンッと打ち付けた。一瞬、意識が飛ぶ。そのせつ、咲の鋭い小手打ちが左手の親指を襲った。鍬次郎が「ぎゃっ」と叫んで刀を落とすと、咲はすぐさま剣先を引き、再び、


 ズドンッ!


 と鍬次郎の喉を突いた。


 脛斬りからここまで約3秒。電光石火のはやわざだった。


 今度は剣先を引かない。

 そのままギリギリと鍬次郎の喉にめり込ませていく。


「あ゛……あ゛ぁ……あ゛」


 咲は目に殺意を込めている。本当に殺すつもりはないが、そうすることが相手の戦意を喪失させるために有効であると「あの男」が教えてくれた。


 やがて、もがいていた両腕がだらんと垂れ下がり、首がガクンと落ちる。

 咲が剣先を引くと、鍬次郎はその場にドサッと崩れ落ちた。


 咲は斎藤一から身をもって学んだ方法で、鍬次郎の意識を断ち切った。


 ***


(豪太はどうしただろう?)


 と振り返ったとき、咲はハッとした。


 黒づくめの男が刀を振り上げ、咲に斬りかかろうとしている。

 新手の敵が背後まで迫っていたのだ。


 槍の柄を持ってはいるが、完全に油断していたためにおうわざが使えない。咲が咄嗟に屈んで、初撃を回避しようとした……そのとき。


 何者かが咲と敵との間に割って入った。


「涼介!」


 伊吹涼介が右腕を伸ばし、水平に掲げた木刀で白刃を受け止めている。


「やっぱり、こういうことになってやがったか。遅くなっちまって悪かったな」


 涼介は左手に竹刀をげている。土佐藩邸を出るとき、ふと思い立って持ってきたものだ。暗闇の中、それを本物の刀だと誤解した敵の男が言う。


「貴様、二刀流か」


 二刀流じゃねぇ……と呟くと、涼介はすぐ後ろにいる咲に竹刀を渡した。咲はその竹刀を返さず、がら空きになっている男の鳩尾みぞおちつかがしらで突いた。


 居合術で「つかて」と呼ばれている技だ。


 ウッ……と男の呼吸が一瞬止まる。その結果、力が抜けたのを確認すると、涼介はを描くように男の刀を右に流し、すぐさま左手首、親指側の付け根を鋭く打った。ここにあるけんを打たれると、意思とは無関係に親指が上がる。


 男は刀を落とした。

 その間に涼介は裏に抜けている。


 咲が竹刀を上段に振り上げた。

 その胴を抜き打ちで斬ろうと、男がわきしのつかに手を掛ける。


 しかし、それを抜くよりも早く、涼介の木刀が男のえんずいを襲った。渾身の一撃ではないが、思いがけない角度から打撃を受け、男はのうしんとうを起こして倒れた。


 それを確認してから涼介が言う。


「二刀流じゃねぇ。二人掛かりだ」

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