第23話 激闘!油小路(前)
近藤勇の妾宅から出るとき、2人は近藤から
2人は今、
その道すがら、咲が豪太に言った。
「何で君が迎えに来たんだ」
咲はてっきり涼介が来るものと思っていた。プライドの高い咲にとっては、涼介に助け出されるのも屈辱だが、豪太よりはマシだ。
「しょうがねーだろ。代表者が一人で来いって言われたんだからよ」
「ボクは君が代表者だなんて認めていない」
「まあそう言うな。俺だって斬られる覚悟で来たんだからよ」
「ここに刀があれば、ボクが斬ってやるところだ」
2人は醒ヶ井通を右折し、
***
本当は離れて歩きたいが、咲が
その後ろ姿を見ながら、豪太は少しばかり苦い気分を味わっていた。
咲はお孝からもらった綿入れを羽織っているが、そこからのぞく首や手首に、壁に打ちつけられたときにできた
豪太がその気持ちをどう処理すればいいのか分からずに口を開いたのは、木津屋橋通を左折して、油小路に入ろうとしたときだ。
「咲よ」
「なんだ?」
「すまなかったな」
咲は驚いて「えっ」と振り返ろうとしたとき、さらに驚かされることになる。
豪太がいきなり背中をドンッと突き飛ばしたからだ。
「な、何をする!」
と提灯を持って振り返ったとき、咲はハッとした。
豪太の右手が何かを掴んでいる。
突き飛ばされていなければ、咲は首を貫かれているところだった。
豪太は槍の
握りしめた右拳から血が
板塀に隠れている男は槍を引こうとしているが、豪太の怪力がそれをさせない。豪太は槍を左手に持ち替えると、野獣そのものの顔になった。
凄まじい力で、槍をその持ち主ごと引っ張ると、
「この奸賊ばらがぁぁぁあああ!」
と怒鳴りながら、板塀に
ドーンッ!!!
大砲でも撃ち込んだかのような威力だ。
板塀は破壊され、中に潜んでいた男は吹き飛ばされた。
その顔を提灯で照らしてみた咲は「あっ」と思った。
大石鍬次郎だ。
豪太はその男を見ることもなく、すぐさま振り返って木刀を上段に構えた。
いつの間にか、4人の男に囲まれている。鍬次郎も含めて全員、
***
咲は鍬次郎を警戒しつつも、豪太の右拳を見た。血が腕を伝って流れているだけでなく、頭上にも滴っている。酒が回っているためか、その量がおびただしい。
咲の動揺を気配で察した豪太が振り向かずに言った。
「心配ねぇ。かすり傷だ」
「豪太」
と咲は言った。
「今だけだ。ボクが君の右腕になってやる」
「お前に狙われてねぇと分かるだけで十分だ」
そう言うと、豪太は鍬次郎から奪った槍を右手で拾い、脚を使って、その柄を竹刀ほどの長さにへし折ると、刃のついていない方を咲に投げてよこした。
「咲、死ぬんじゃねーぞ」
「豪太もボクが殺すまで死ぬな」
咲が中段に構えたのを確認すると、豪太はヘッと笑い、次の瞬間、いちばん手前にいる男に向かって跳躍すると、
「チェストォォォォォォオオオオオオオーーーー!」
という
風が
木刀が男の体に当たった瞬間、豪太は金属の手応えを感じた。やはり鎖帷子を着ている。
しかし、そんなことはお構いなしに、豪太はそのまま真っ二つに斬るつもりで木刀を振り下ろした。バキバキバキッ……と肉がちぎれ、骨が砕ける音がする。
「ぎゃぁぁぁあああ!」
と男は悲鳴をあげ、その場に倒れて、のたうち回った。
もはやこの場で刀を握ることはできないだろう。
しかし、それで済んだのは、豪太が右手を負傷しているからだった。
残された男たちにも衝撃が走る。
(示現流……!)
幕末、新選組がもっとも恐れた剣術が示現流であり、「その使い手と戦うときは絶対に一人で立ち会うな」ということが近藤・土方により訓示されている。
豪太 VS 3人の男、咲 VS 大石鍬次郎という構図になった。
***
木刀と日本刀による戦いにおいて、木刀が不利であるとは限らない。
宮本武蔵が舟の
***
鉢金と鎖帷子で武装した3人が、生身の豪太1人にじりじりと押されている。
豪太は上段に構えているため、胴ががら空きに見える。しかし、胴を斬ろうとしてはならない。飛び込めば、刃が届く前に自分が肩か頭部を砕かれることになる。
幕末、日本人の男性平均身長は157センチ程度であり、3人の男もそれよりは少し大きいという程度だ。それに対して、豪太は190センチ近くある。しかも、全身を猛獣のような筋肉で覆われていることが、着物の上からでも見て取れる。
圧倒的な体格と
(これが日本人か)
と思わずにはいられない。
同じ民族と……いや、人間と戦っている気がしない。
それでも、最初の1人が死ぬ覚悟があれば、この男を斬り倒すことができるかも知れない。示現流は、初撃に全神経を集中させて「髪の毛一本分でも相手より早く剣を振り下ろせ」という一撃必殺の剣術であり、初撃の後には隙ができやすい。
しかし、3人のうち誰が死ぬのか?
男たちは鍬次郎に駆り出されただけであり、この戦いにそこまでの意義を見出すことができていなかった。
かといって、敵に背を向けて逃げたことを知られれば、士道不覚悟で切腹だ。
ゴクリ、と唾を飲む。
豪太の右拳から滴った血が顔を赤く濡らし、月明かりに照らされてぬらりと光る。その
「俺が稽古をつけてやる。命がいらねぇ奴からかかって来い」
この怪物は今までどこにいたのか?
なぜ、これほどの男が京で名を知られることもなく過ごしていたのか?
その「分からない」ということがさらなる恐怖を
昔、一条天皇の
今、豪太はそのような怪物として男たちの目に映っていた。
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