熱の向き
学生時代に一度別れた信一郎と付き合うことになった。自然消滅からの再会で、自然復活といった感じだ。
付き合っていた当時も、今も淡白な間柄だけど同じ温度、これが昔も今も落ち着く。信一郎がいない間、気になる男はいたものの、結局良い仲になることはなかった。
「信一郎の方は……?」
過去の恋愛を尋ねることによって、この復縁をもう少し確かなものにしたくて、私は訊く。
「俺は」
信一郎は遠い目をした。
「婚約者がいた」
「は……」
私はぽかんと口を開けた。
頭をぐるぐると思いが巡るが、信一郎は何も言わず先を歩いていく。
ちょっと待ってよ。
「その人とは、どうしたの?」
からからになった喉から声を出す。
「住むとこ決めるときに稼ぎが足りないってんで、婚約破棄された」
信一郎が長髪を掻き上げる。
……同棲。学生時代に憧れて、結局行くことは無かった信一郎の部屋を思う。
私なら、どんな場所にでも付いていったのに。
見たことのない「婚約者」に私は敗北を感じた。
相手に破棄されたということは、信一郎はまだ……、まだ相手のことを?
信一郎は私の方を見ずに言った。
「指輪をまだ返してもらってない」
眉間に深い皺が寄り、瞳はギラギラ燃えていた。
婚約指輪! そこまでした相手がいる。そして、それを取り返そうとするほど、愛は裏返っている……。
「もし返してもらえたら私にちょうだい」とは、冗談でも卑屈過ぎて言えなかった。
でも、おさがりで良いからそこまでの想いが欲しくてたまらなかった。
結局、信一郎は「もう別れよう」のメッセージ一言で私の前から消えた。
元婚約者のことが忘れられない、とすら言ってくれなかったことに、私は泣いた。
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