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「それね、僕が開発した新しいバラなんだ。気難しい子で、この微妙な色を出すのに本当に苦労したんだよ? ようやく、一つだけ花をつけてくれたんだ」

 そう言いながら、少年は私の前を通ってそのバラにひしゃくで水をくれ始めた。

「僕だけが見てたんじゃもったいないと思ってたから、お客様が来てくれて嬉しいなあ。ねえ、君、ヒマ? よかったら、一緒にお茶でもどう?」

 うきうきとすら聞こえる声で、少年は言った。

 お茶って……

「あの……」

「何?」

「あなた……悪魔?」

 私の質問に、少年は目を丸くして私を見つめた。


「僕は自分が悪魔だなんて思ったことないけど。どうして?」

「この山の奥には、心の臓と引き換えに願いをかなえてくれる悪魔がいるって聞いたもの。私、悪魔を探しにきたの」

 少年は、んー、と首をかしげて考えこむ。

「僕もここに住んで長いけど、悪魔にはまだ会ったことないなあ」

「そう……」

 私は、がくりと力が抜けてそこに座り込む。ここじゃなかったんだ。


 そうよね、悪魔の家って、もっとどろどろしたところに違いないもの。こんな風に、バラの咲き乱れるような庭は、悪魔の雰囲気に似合わない。……と思う。

「大丈夫?」

 少年は、私の隣にしゃがみこんで聞いた。

「大丈夫よ。ただちょっと、がっかりしちゃっただけ。また、探しにいかなくちゃ」

「悪魔を探してるの?」

「ええ」

 よっこらせ、と私は立ち上がる。と、ふらり、とめまいがした。とっさに少年が伸ばしてくれた腕につかまってしまうけど、私は、あわてて手を離した。

「あ……!」

「え?」

 私のあげた声に、少年が自分の腕に視線をむける。彼の着ていた白いシャツ、私が触れた部分に、転々と赤い血がついていた。さっき、枝で切ってしまった時の手の傷だ。


「ごめんなさい! 服が……!」

「ああ、作業着だから大丈夫。よく自分でも怪我して汚したりするんだ。それより、君の手は大丈夫?」

 少年は私の腕を持ち上げて、手を広げさせた。そこには、土や埃にまぎれて赤い血がにじんでいる。


「まずは、汚れを落とそうね」

 言いながらもう一度私と一緒にそこにしゃがみこむと、丁寧に水桶の中で手を洗ってくれた。

「大丈夫みたいだね。ほら、傷なんてない」

「……え?」

 少年が見ていた自分の手を覗き込むと、汚れの落ちた手には微かな傷一つ、ついてはいなかった。

「あれ……?」

 おかしいな。さっきまで切り傷がいくつかあったと思ったんだけど……


「でも、確かに……」

 顔を上げた瞬間、豪快に私のおなかがなった。

「……」

「……」

 ごまかしようのない事態に、私の頬が熱くなる。少年は、にこりと邪気のない顔で笑って立ち上がった。

「ちょうど、ベリーのパイが焼けたんだ。一緒に食べよう?」

「……ありがとう。いただくわ」

 私は、頬を熱くして、ただうなずくことしかできなかった。

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