退屈な授業、梅雨の空気、深夜アニメ、教室の中の視線、そしてふと近づいた時に感じた甘い匂い。
この作品は、一見すると高校生の不器用な恋や、思春期特有の欲望を描いた物語のように見えます。けれど読み終えるころには、それだけでは終わらない作品だったのだと感じました。
印象的だったのは、主人公が見ている世界の描き方です。
首都高速の音も、教師の話し方も、クラスメイトの仕草も、江藤さんの距離の近さも、すべてが主人公の内面を通して少しずつ意味を持っていく。だから読んでいるこちらも、彼の高揚や戸惑い、期待に引きずられていきます。
でも、その「意味」は本当に相手が与えたものなのか。
それとも、自分がそう見たいと思ったから、そう見えていただけなのか。
その曖昧さが、とても生々しかったです。
甘い匂いに心を奪われ、何気ない仕草を特別な合図のように受け取ってしまう。恋と呼ぶには幼く、欲望と呼ぶには切実で、けれど本人にとっては確かに世界が変わるほど大きな出来事だったのだと思います。
特に終盤、梅雨が明けていく流れとともに、主人公の見ていた世界の輪郭が変わっていくところが印象に残りました。
匂いも、視線も、クラクションも、特別に見えていたものが少しずつ別のものに見えてくる。その変化が、苦くて、少し滑稽で、でもどこか切ないです。
青春の甘さだけではなく、自意識と思い込みの痛さまで丁寧に描いた短編でした。
身に覚えがあるというか……
こういう感じの青春(B面)を通って来た人には「あぁ、あぁぁ……!」ってなります。あるいは「ぐ……ぐが……!」っていう感じかもしれません。こうかはばつぐんです。俺たちは目の前が真っ暗になった。
虎と馬が、鍵をかけて封印した青春(B面)の扉を、あの日の教室の引き戸のようにガラガラーッと開けます。そこにいるのは、今日も寝てない自慢をほのめかしながら机に突っ伏している、あの日の私。
自意識が肥大化し、世界か君かと問われたら迷わず後者と即答する日を待ち望んでいた、思春期の私がいます。君のために、開襟シャツを買いに行こう。君のために、まったく知らん洋画を語ろう。やれやれ、どうやら僕は君が好きらしい。そんな自分にやれやれです。そして「やれやれ」言ってる自分に、やれやれです。
思い出す、あの青春(B面)の素晴らしき日々を。江藤さんのような女子に、思い焦がれたあの日々を。
この物語は、そんな私たちのために奏でられる鎮魂歌です。
是非あなたも、このレコードに針を落としてみてください。
きっとあなたも、泣くに泣けずに涙する。