別府精一(警察官)【2】

 警察官になって三十年以上、あげたホシの数はもはや覚えてもいないが、今度の事件はとりわけ奇妙さが際立っていた。いや、事件それ自体が特異なのではない。銀行員によるただの横領事件だ――被害額は二千万超と、一見多額なようだが、業務上横領全体から見れば決して珍しいものではない。別府自身、より大規模な事件を扱ったことがある。

 問題は、その使途が、これまでまったくの不明であることだった。

 奪ったカネを何に使うのか、それは犯人により実にさまざまである。しかし購買という行為の性質上、それは必ず、カネを使う人間の利益になるのは当たり前のこと。ある組織で横領事件が起きた場合、別府らは「誰が盗んだのか」に辿りつくため、「どのように横領したのか」という方法の捜査と並行して、「どのように使われたのか」という使途の面からのアプローチもおこなう。要は、その組織で妙に羽振りのいい人間を捜すということだ。使い道はギャンブルだったりクルマだったりイエだったりオンナだったりするわけだが、似たような給与水準の集団のなかでやたらとカネの匂いがする人間というのは、存外に目立つものだ。だから今回、地銀から横領の疑いがあるとして捜査の依頼があったときも、通例どおり、別府はふたつの方向からこの事件を精査した。

 だがこの件については、使途の面からの捜査は、芳しい結果をもたらさなかった。それだけでなく、容疑者が絞られた段階に至ってもなお、不審なカネの動きを垣間見ることさえできないでいた。捜査の終盤で容疑者は三人に絞られたが、そのうちの誰ひとりとして、妙に金回りが良くなったでもなく、ギャンブルに手を出しているでもなく、オンナを囲っているふうでもない。「貯金でもしてるんじゃねえの」と同僚警察官の一人は言っていたが、まさかそんなことはありえないし、言った本人も信じてはいなかっただろう。

 犯人――被害銀行の営業職である迫允人は、出入金記録の改竄や、個人端末に他人のIDでログインするなどの偽装を施していた。防犯カメラの映像とアクセス記録の照合、取引先からの証言などで慎重に外堀を埋めたうえで、最終的には本人の自供が引き出せている。だがこの段階でもなお、彼がいったい何に二千万ものカネを――さほど驚くべき金額ではないとはいえ、それでも使うとなれば大金である――消費したのか、皆目わからずにいた。もちろん迫名義の口座はすべて照会済みだ。迫自身は、横領そのものについては認めたものの、その後は黙秘を続けている。

 八房の話というのは、そのカネの使途についてのものだった。

「迫の実家は、いちき串木野市で建築屋をやってました――もうだいぶまえに畳んでるんですけどね。“迫藤次郎工務店”って看板出してたそうです。そのツテで、迫には、市内外にいろんな建築屋の知り合いがいるみたいなんです」

「建築屋」

 話の行方がよくわからず、別府は相槌を打つにとどめた。いちき串木野は、鹿児島市から高速で三十分ほどのところにある小さな港町だ。迫はそこの建築会社の出だという。出身地や親の職業がカネの使い道にどう関係するのか。

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