第65話


「死神コード〇一〇一二、受容体解放!」



 唱えるや否や、姫条は巨大なクロスボウを構えた。放たれた矢は狙いを外すことなく陽來を押さえつける運動部員に当たっていく。陽來を囲んでいた男子たちは、あっという間に崩れるように倒れ伏した。


「神々廻さん、大丈夫!?」


 最後の一人が力を失うのを見届けた姫条は、運動部員の身体に埋もれかけている陽來に駆け寄った。その身体を抱え起こす。


 だが、陽來は茫然自失したまま呼びかけに応えない。そんな陽來をしばし見つめた後、姫条はキッと雲林院先生を睨んだ。



「つまり、神々廻紗夜のミサンガには〈永遠のアニマ・ムンディ〉の創設メンバーの魂が入っていた。だから、あなたは〈桜花神和〉にそれが渡らないよう、神々廻さんに持たせたままにしておきたかった」

「そっちの本部に回収されたら、私らの手の届かないところに厳重管理されてしまうことは疑いようがないからねえ」


 姫条の睥睨を平然と受け止め雲林院先生は答えた。


「あなたたちのやろうとしていることは横暴よ。一度死んだ人間が他人の肉体を奪って生きるなんて許されない……」



「許すか許さないかはキミが決めることじゃないんじゃないかな。ねえ、いつきん」



 陽來の間延びした声がした。次いでザクっという音。


「あっ」


 姫条の小さな悲鳴が倉庫に響いた。

 白いブラウスの腹部には時計の割れたプラスチック片が刺さっていた。じわり、とそこから赤が広がる。


「姫条……!」


 叫んだ俺は陽來に一瞥されて立ち尽くした。


 穏やかだが、冷たい瞳。陽來じゃない。陽來じゃない誰かが憑いている。


 姫条に凶刃を突き立てた陽來は身体を起こすと立ち上がった。そのまま運動部員たちの身体を跨いで雲林院先生に歩み寄る。


「し、神々廻、さん……?」

「いつきんは相変わらずだね。真面目で真っ直ぐで、ほんと死神の適性があると思うよ。立派にやっているようで教育した僕も鼻が高いよ」

「そんな……まさか、あなたは師匠……?」


 雲林院先生の隣に立つ陽來を姫条は見上げる。その表情は突き落されたような絶望に彩られていた。


「ほんとに、師匠なんですか!? どうして……!」


 言い募る姫条から俺は咄嗟に目を逸らしていた。見ていられなかった。姫条が師匠について語ったのはほんのわずかだ。けれど、そのときの口ぶりから、姫条の師匠に対する気持ちは想像がつく。

 だが、陽來は姫条に応えることなく自らの身体を見下ろし、微妙な表情になる。


「どうしてこの身体にしたかなあ? いくらなんでも女の子の身体はないよ。いいおっさんの僕が女子高生の身体に入ってるとか、軽く犯罪だよ」

「霊力の強さでいえば、彼女以上の身体はないはずよ。文句があるなら自分で探しなさい」

「そうするよ。とりあえずはご苦労様」


 雲林院先生と軽い調子で言葉を交わした陽來は、それから姫条を見下ろす。腹部を押さえる姫条の額に脂汗が光った。


「何故……何故ですか? 師匠が、〈永遠のアニマ・ムンディ〉なんて……」

「僕に会えて嬉しい、いつきん?」


 よくも抜け抜けと。

 刺しておきながらそんな問いを投げる「師匠」に俺は頭の奥が熱くなった。陽來の身体に入っていなければ殴りかかったかもしれない。


 姫条は顔を伏せる。食い縛った歯の隙間から悔しげな吐息が洩れ、その表情が複雑な色に染まる。


「――それが答えだよ」


 答えられない姫条に陽來の姿をした彼はふっと笑った。そして、手を差し伸べる。



「いつきん、またキミが僕についてくると言うのなら歓迎するよ。僕はこんな女の子の身体じゃなくてちゃんと自分の肉体を取り戻し、生き返るつもりだ。〈永遠のアニマ・ムンディ〉はそのために創設された。キミだって、僕に生きていて欲しいと思うだろう?」



 肩で息をしながら姫条は瞳を閉じた。

 息遣いが決して広くはない倉庫に響く。

 固唾を呑んで俺が見守る前で姫条の喉が苦しげに動いた。



「――死神コード〇一〇一二、受容体解放」

「うん、いつきんならそう言うと思ってたよ」



 陽來が手を収めて微笑んだ。

 漆黒が姫条の右手に纏わりつく。それが形作られる前に雲林院先生が新たにポケットから漆黒の紐を取り出し、ライターを鳴らした。


「せっかく解放したのに、また封印はさせないよ」


 燃えていくミサンガ。倒れていた運動部員の身体が動いた。一人、また一人、とその体躯は意志を取り戻し始める。


「待ちなさい……!」


 姫条は陽來に向けて矢を放つが、それは陽來がわずかに身を反らしただけで済むコントロールの外れたものだった。



「じゃあね、いつきん」



 立ち上がれない姫条を尻目に陽來は雲林院先生を伴い、倉庫から出て行こうとして、


「なっ、てめえ、陽來を返せ!」


 金属バットを構えながら俺は叫んでいた。

 陽來は髪を翻し振り返る。西日に照らされた顔が薄く微笑った。


「ああ、新しい身体が見つかるまで、この身体は借りとくよ。優しい子なんだね。幽霊に好かれるはずだよ」


 俺は一歩踏み出すが、立ちはだかった運動部員に阻まれた。

 金属バットでそいつを叩き伏せ、俺は自縛霊に唯一対抗できる姫条を振り返る。


「姫条!」


 男子が姫条にバットを振り上げていた。間一髪で割り込み、受け止める。キン、とバット同士がぶつかる音が響いた。

 ぎりぎりと押される。

 力では敵わない。くっと俺は運動部員の馬鹿力に押され、


 飛んできた漆黒の矢が運動部員を貫いた。力を失い、そいつは倒れる。

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