第64話


 雪崩と呼ぶのに相応しい勢いだった。



 自縛霊に憑りつかれた運動部員たちは一斉に陽來へ襲いかかる。


「嫌っ、放して!」


 伸ばされる運動部員たちの手から逃れようと身を捩る陽來。だが、敵うはずもなく華奢な身体は呆気なく地面へ引き倒される。

 無数の手が陽來の腕を、脚を、押さえつけた。露わになった白い太腿が記憶と重なる。


「……てめえら、陽來から離れろっ!」


 気が付いたら俺は近くにあった金属バットを持って飛びかかっていた。


 ジャージの背中目がけて振り下ろす。ゴッと鈍い音がして衝撃が手に伝わってきた。崩れるように屈強な男子が倒れる。

 と、近くにいた奴が俺へ手を伸ばした。その手もバットで打ち据え、俺は教室にかかっているような円い時計を振りかざしてきた生徒にも一撃を食らわせる。バリン、と嫌な音がして時計の文字盤を保護するプラスチックが割れ、飛び散った。透明な破片が俺の身体をすり抜け地面に落ちる。


 思わず笑みが零れた。こいつらに俺を傷付けることはできないのだ。


 俺は時計でガードする奴の脇腹へ、バットを思いっきりスイングした。時計ごとダメージを食らったそいつは吹っ飛ばされる。


 奴らは俺に触れられない。俺を止めるためには振り回されるバットを掴むしかない。圧倒的有利な状況で俺は一人、また一人と運動部員たちを叩き伏せ、


 陽來をちらりと見遣った。


 運動部員たちに押さえつけられた陽來は俺をじっと凝視していた。その瞳は驚愕に丸く見開かれている。


「せん、ぱい……」


 あっと思った。


「後ろ……!」


 陽來の声に俺は振り返った。そこにはバットを振り上げる運動部員。

 俺は嘲笑を洩らす。運動部員と自分自身に対して。



 もう隠し続けるのは無理だ。生身のフリをしながら戦うなんて芸当はできない。



「……んなのが効くわけねえだろうがああぁ!」


 俺は嘲笑いながら避けることもせずバットをスイングし、



「死神コード〇〇〇九九、受容体解放」



 殺気を感じ俺は咄嗟に横へ跳んでいた。

 地面に転がり顔を上げると、俺のいた場所に漆黒の槍を突き出す雲林院先生の姿があった。


「いい動きだ。瞬発力はあるんだね」

「先生、あんた……」

「私も元死神だ。自縛霊との戦い方は心得ているつもりだよ」


 俺は唇を噛もうとして失敗した。

 陽來はまだわかっていないのか、俺と雲林院先生を見比べて頭に疑問符を浮かべている。



「さて、陽來っち、増幅器を渡してもらおうか」



 槍を携えたまま雲林院先生は陽來へ歩み寄ると、右手の傍にしゃがみ込んだ。手首にかかるミサンガを解いていく。


「嫌だっ、これはわたしの……!」

「いいや、違うね。この増幅器は紗夜のものだ。陽來っちはこれを本当に偶然拾っただけ。ま、そのおかげで私もこれを見つけることができたのだから、陽來っちには感謝しているよ」


 不器用に編まれたミサンガが雲林院先生の手に収まる。男子たちに押さえつけられた陽來には、取り返す術もない。


「お礼に私が知っている紗夜の最後を教えてあげよう。彼に未練を残させることに必死だった彼女は、最後の最後まで私が彼女の増幅器を狙っていることに気付かなかった。目的を達成した直後、協力者であったはずの自縛霊に襲われ、ようやっと彼女は私の企みを悟ったんだよ。そこで頭のいい彼女は私にとって最も有効的な方法で気を逸らした。そして、それは諸刃の剣でもあった」


 所々擦れているミサンガを持ち上げ、雲林院先生は瞳を細めた。


「彼女はこともあろうに自分で自分の増幅器を引き千切ったんだよ。増幅器が破損したことにより彼女は意識を失い、そこに封じ込められていた自縛霊は解き放たれた。私は自分に襲いかかる自縛霊を対処するのが精一杯で、ひとまず彼女に構う余裕はなくなった。けれど、増幅器を持たない彼女は自縛霊に抗う術はない。おそらく彼女は自縛霊に憑りつかれて、その後のことは私にもわからないよ。だけど、自縛霊に憑かれた彼女の魂がどうなったかは想像がつくだろう?」



 息を呑んだのは俺だけだった。

 陽來は虚ろな目で雲林院先生を見上げていた。


「……ウソ……」

「本当だよ。私が紗夜を見たのはそれっきり……」

「……ソ、ウソ、ウソウソウソっ……! お姉ちゃんが死ぬはずないっ! なんでそんなウソつくんですか! お姉ちゃんが死ぬなんて、そんなこと……!」


 半狂乱になって叫ぶ陽來の両目から、大粒の涙が溢れた。

 雲林院先生は陽來に構わずライターを出す。


「おい、これ以上何をする気だ」

「この中の魂を解放する」


 カチ、という音と共にライターの火が点いた。


「彼女が千切った増幅器は壊れたと思っていた。だから、それを拾って編みなおして使っている陽來っちを見たときは驚いたよ。同時に、あのとき放たれた自縛霊の中に彼の魂がないのも頷けた」

「彼?」


 訊き返すと、白衣の美女は慈しむように微笑った。


「私と同じ〈永遠のアニマ・ムンディ〉の創設メンバーで、戦友みたいなものだよ」


 焦げるような匂いがした。燃えた紐が灰になり、陽來の目前で散っていく。

また新たに憑りつかれた奴らがやってくるんじゃないか、とバットを握り締めた俺に、雲林院先生は語る。


「〈永遠のアニマ・ムンディ〉に加入するときに、私たちは盟約を交わす。もし自縛霊になったメンバーが死神に封印されたら、必ず生きている仲間が解放する、とね。自縛霊にとって封印は永劫の死のようなものだ。私たちが最も忌避すべき結末なんだよ」


「それであなたたちは死神を襲撃していたってわけね」


 不意に投げかけられた声に俺は、はっとする。


「姫条!」


 シャッターの開いた倉庫の入り口。そこに険しい顔をした死神が立っていた。

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