第54話
「お見舞い、ありがとうございます! もう、お母さんも病院の人も大袈裟なんですよ。ただの打撲で、あと二、三日もすれば学校に行けると思います」
陽來の部屋の中央に置かれているガラス製の丸テーブルを囲むように俺と姫条は座る。陽來はベッドに寝そべったままだが、表情は元気溌剌。いつもの陽來だ。
「診てもらったときに、どうされましたか? って訊かれたから、屋上から飛び降りちゃったみたいですーって言ったら、精神病院にも回されそうになりました。危なかったです。慌てて屋上から飛び込みの練習をしてただけですって訂正しておきました」
それでも一度、診てもらった方がいいかもしれない。
「あ、先輩が屋上から落ちたわたしを受け止めてくれたんですよね? 授業をサボって校庭に穴を掘って体育の授業を中止させようとしてたところにたまたまわたしが落ちてきて、クッションになってくれたって……」
思わず姫条を見た。
あからさまに目を逸らすな。
「先輩、おかげでわたしは助かったのでいいんですけど、そんなことして先輩が停学にならないか心配です」
逆に心配されちまったよ、どうすんだおい。
「とにかく元気そうでよかったわ。よければこれ、食べて」
姫条が仕切り直すように、持っていた紙袋から立方体の箱を出して陽來へ押しやる。
「何ですか、これ?」
箱を開けてみた陽來が「うわあっ」と歓声を上げる。
「メロンじゃないですか! しかもヘタ付いてる!」
興奮する陽來の横で俺もメロンを覗き込んでいた。乳白色の網目が均等についた立派なやつだ。ヘタの部分には白い紙が巻きついていて高級品であることが一目でわかる。
「姫条先輩、こんな高いもの、もらっちゃっていいんですか?」
目を輝かせながらメロンを抱える陽來に対し、姫条は沈んだ表情で俯いた。
「ほんとはそんなものじゃ済まされないってのは、わかっているのだけれど……」
陽來がそんな姫条を見て笑顔を収める。
「……マユリちゃんは、どうなったんですか?」
「ここにいるわ。封印されてしまっているけど」
姫条は右手首を示した。不気味な光沢を放つミサンガに三人の視線が集まる。
自然と降りた沈黙の中、陽來が柔らかい微笑を零した。
「なんか、寂しくなっちゃいますね。マユリちゃんがいないと」
「マユリのこと、恨んでないの……?」
驚いた姫条に、陽來は「え?」と目を丸くした。
「なんでわたしがマユリちゃんを恨むんですか? わたし、マユリちゃんに何かされましたっけ?」
「今回は打撲で済んだけれど、もしかしたらあなたはマユリに憑依されたことで命を落としていたかもしれないのよ」
「でも、わたしはこうして生きてますよね。なら、いいじゃないですか」
晴れ晴れとした表情で言ってのけた陽來に、姫条も俺も呆気にとられていた。
「わたしもマユリちゃんが羨ましかったんです。マユリちゃんはわたしになりたかったみたいですけど」
「神々廻さんがマユリを羨ましかった? どうして……?」
「それは……」
口ごもった陽來は俺をちらりと見ると「それは秘密です」と続けた。
「だからマユリちゃんに『身体貸して』って言われたとき、いいよって言っちゃったんです。わたしができないことを、マユリちゃんがわたしの身体を借りてするのもありなのかなって。そしたら、意識はマユリちゃんだけど、わたしが経験したことになるじゃないですか」
寂しげに言った陽來は枕に顔を押し付けた。
「姫条先輩はマユリちゃんに利用されちゃダメだって忠告してくれましたけど……ごめんなさい、わたし、姫条先輩が思っているようないい子じゃなかったです。マユリちゃんに利用されてることにして、わたしが利用してたんです。マユリちゃんを恨むなんて、できっこないです」
枕に垂れる柔らかそうな黒髪を見つめ、俺はふとマユリの最期を思い出していた。
マユリが消える間際に囁いた「ありがとう」。あれは俺たちにではなく、最期まで一緒にいてくれた陽來へ宛てた言葉だったのかもしれない。マユリと心を通わせ受け入れてくれたのは、他でもない陽來だったのだから。
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