告白
俺は中学の時からずっといじめられてきた。僕の人生は思春期以降、いじめられているのが当たり前だった。もちろんそれはそれで周りから後ろ指さされるような気がしてつらかったし、だからこそ俺は自殺部に入ったわけだ。
でも、だからってそれは自殺をする直接の引き金にはならなかった。俺も半分慣れっこだったし、改善はせずとも悪化しないならそのままでもいいか、と心のどこかで思っていた。このまま過ごす分には、俺は自殺なんていう選択肢を選ばなかったかもしれない。
しかし、引き金は引かれた。ヤツは津田さんに手を出した。俺自身、自分がいじめられるより他人が何かをされている方が精神にくるとは思ってもいなかった。いや、他人が何かされているというよりじぶんの自分のせいで他人が不幸な思いをしている、と言った方がいいかもしれない。俺がいることで津田さんはヤツから嫌がらせを受けてしまう。最悪性的な乱暴を加えられてしまうかもしれない。
俺が津田さんを守れるのならまだいい。でも俺はヤツに勝つことはおろか反抗したことさえ一度もない。そんな人間が他人を守れるわけがないんだ。俺が死ねば俺と津田さんの関係は絶たれ、ヤツが津田さんを狙う理由もなくなる。だから俺が死ねば解決なんだ。
病院の屋上。当然だが高めの柵が周りを囲ってある。だが、よじのぼれないことはなさそうだ。フェンス越しに空を眺めると、ちょうど夕焼けが綺麗に見えていた。山の向こうまで連なる雲にオレンジ色の太陽光が反射してグラデーションがかかっている。この綺麗な夕焼けの中で死ねるんだと思ったら、多少心が軽くなった。
やり残したことがないと言われれば嘘になる。正直に言おう。俺は津田さんのことが好きだ。最初こそ強制的に付き合うことになったわけだが、その中で俺は津田さんの優しく、気弱で、ちょっぴりお茶目なところに惹かれた。庇護欲、というとまるで父親か何かみたいだが、一緒にいて守ってあげたいと心から思える相手だった。
守れる自信がないくせに守りたいだなんて変な話だと自分でも思う。津田さんにはきっと僕よりももっと頼りになる人がいる。津田さんを守るのはその人に託した方が津田さんも幸せだろう。それにさっき言ったように僕の存在自体が津田さんを危険な目に遭わせている。だったらば一緒にいたいなんていう微かな夢なんて捨てて津田さんのために死ぬ方が本望だと思う。
最後にちゃんと別れの挨拶をした方がよかったか、と思ったけど、そんなことをしたら彼女は絶対に泣いて止めるだろう。彼女はそういう人だ。そんなことをされたら俺のせっかくの決心が揺らいでしまうかもしれない。そうなる前にさっさと死ななくちゃならない。
奥歯を噛みしめて、生唾を飲む。そして一歩、右足をフェンスにかけた。
「進くん!!」
……突然の声に振り返ると、なんとそこには怪我だらけで動けないはずの津田さんがいるじゃないか!
「どうしてこんなところに! まだ動いたら駄目だろう」
「進くん……進くんは今ここで何をしようとしてたの」
まだ痛いのか胸を押さえているけれど、津田さんは普通の距離でも分かる声でそう言った。
「何も。ただ空眺めてただけ。ほら、まだ動いちゃ駄目なんだろ。早く病室に戻りなよ」
「だったら、だったら進くんも一緒に病室に戻って。一緒じゃなきゃ私、戻らないよ」
津田さんはまっすぐ俺の目を見て言った。――津田さん、こんな顔もするんだ。不覚にもかわいいと、美しいと思ってしまった。何を考えてるんだ、自殺しようとしてるのがバレてるのに。
「お願いだから、変なことはやめて」
松葉杖をついてボロボロの身体をそれ以外の部位で補いながら、ぎこちない動きで俺の方に歩いてくる。本当は今すぐにでもその肩を持って一緒に歩きたい。津田さんが完全に治ったらまた二人で手を繋いで歩きたい――。
でも、ダメなんだ。
「仕方がないんだ!!!」
「進くん!!」
俺はフェンスへ全力で走って、一気にフェンスをよじ登った。
※ ※ ※
「進くん!!」
進くんは背を向けて走り出した。――このままだと死んじゃう……! 直感でそう思ったんだ。
私は走るどころか歩くことも本当ならしちゃいけない。でも、このまま進くんが死んじゃうなんて、そんなの私の身体が壊れるより嫌だ! そう思ったらなんだか全身が熱くなって、勝手に身体が動いてたんだ。
痛い、痛いよ……折れた骨はまだ治ってない。でも、でも、折れた骨は元に戻っても死んじゃった命はもう元には戻らないんだよ。だから、だから進くん、死んじゃ嫌だ! 届いて――届け!! 私の右手!!
「なっ……」
――フェンスにまたがった状態の進くんの足を私の右手はちゃんと掴んでいた。ほっとしたのも束の間、進くんは既に外側に傾いてる! 早く引っ張り込まないと、外側に倒れたらそのまま落ちちゃう!
「怪我だらけの身体なのに、どうして……」
「いいから! こっちに戻って!」
「……ダメなんだ。俺は死ななきゃダメなんだ。離してくれ」
「嫌だ! 嫌だよ! 絶対に離さないから!! 進くんには絶対に生きててほしいから!!」
精一杯引っ張ってるけど全然引っ張り込めない……。もう、全体重を、かけて、引っ張るしか、うぅうぅううう~~~っ!!!
「あっ」
「ひゃっ」
何かの拍子に進くんの体がこっちに傾いて、二人とも屋上の床に崩れ落ちた。いったた……おしりぶつけちゃった……。
……いや、それよりも。
「間に合ってよかった……」
進くんは左腕から落っこちたみたいで、顔を歪めて左腕をさすってる。とにかく、とにかく無事でよかった。
「どうして……どうしてあんなことしようとしたの」
服の裾をぎゅっと掴んで訊ねる。あと少し遅れてれば進くんは死んでた。進くんにも事情があると思うし死んじゃ嫌だと思うのは私のエゴかもしれない。それでも……それでもやっぱり死んじゃうのは駄目だよ……。
「……こうするしかなかったんだ」
「それって、どういう……」
進くんはまだ少し左腕を気にしつつも、起き上がってあぐらをかいた。
「さっき、俺のせいで津田さんに迷惑をかけた。俺のせいで藤井は津田さんを狙った。……津田さんが危険な目に遭うなんて、俺、耐えられないんだ。津田さんを守るには俺が死ぬしかなかったんだ」
進くんはそう言って目を伏せた。
私の……ために……?
……そんなの……。
「そんなの……っ」
「だから俺は早く死なないと……」
パンッ
乾いた音が響いた。とっさに進くんのほっぺをはたいちゃっていた。それだけじゃなくて、馬乗りになって顔をぐっと近付けた。こんなに自分の心のままに動いたのは初めてだった。
「馬鹿っ……この馬鹿っ!!」
「津田、さん……?」
目の前の進くんの顔に私の涙が何粒も落ちる。
「私は……私は進くんがいて迷惑だと思ったことなんかない! いつだって優しくしてくれたし、いつもそばにいてくれた! 進くんが死ななきゃいけない理由なんて何一つない!!」
一言一言いうたびに涙が玉になって溢れ出てくる。想いが心の底からどんどん溢れ出てくる。
「でも……でも津田さんを危険な目に合わせてるのは、事実だ」
「そうだったとしても……さっきだって進くんは私のことを守ってくれたよ! ちゃんと、ちゃんと守ってくれたよ……だから……だから……」
泣きじゃくり過ぎて言葉に詰まる。……でも伝えなきゃ。弱虫なりに、私の思いを。ずっと言えなかった、この想いを……!
「進くんにはそばにいてほしいの! 私のそばで笑っててほしいの! 私と……私と一緒に生きてほしい、進くんと一緒に生きたい!!」
それは私が生まれてから一番大きな声で、一番確かな声で響き渡った。
「津田さん……」
私の泣き虫がうつったのか、進くんも鼻を赤くしてまつ毛の長い目に涙を溢れさせた。私の涙と進くんの涙が混じり合って、もうよく分からないや……。
「ごめん……津田さん、本当にごめん……」
進くんは私の背中に手を回して、私を抱き寄せた。……そして、堰を切ったように嗚咽した。その間、私は進くんの頭をゆっくり撫でてあげた。
「なんか、ほっとしたら全身が痛くなってきちゃった」
やっと涙の止まった進くんに向かってそうやっておどけてみた。……まあ痛いのは本当なんだけど。
「ごめん……一緒に看護師さんに謝りに行こうか」
「うん!!」
その顔はもう、いつもの進くんだった。この見守ってくれてるみたいな優しい表情が、私はたまらなく好きなんだ……。
「あ、進くん」
「ん?」
階段を下っている時、一つだけ思い出した。
「私のこと……そろそろ月子って、よんでほしいな、なんて」
自分で言ってて照れちゃうな。進くんもちょっと顔を赤らめて、一瞬あさっての方向を向いたけど、ちょっと覚悟を決めたのか改めて私の目を見て言った。
「わ、分かったよ、月子」
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