公開自殺
僕は6時に起きてすぐ、階段を降りてそのままテレビを点けた。そして、民間局のニュースに回す。同じニュースなのにも関わらず、スタジオは公共放送よりもガチャガチャしていて、BGMやらなんやらもいちいち流れている。
「あれ?アキラ、おめざめテレビ見てんの?珍しい」
後から起きてきた姉が僕がテレビを見ているのを不思議がる。そりゃあ、普段の僕ならテレビなんか点けるわけがないし、今だってその内容を聞いているわけではない。
すると、画面の中に学校で昨日一昨日と目にしていたあの顔が登場した。「自殺する」と言っていたのが嘘のような笑顔だ。平常時なら鬱陶しいだけの笑顔だが、今は事情が違う。
『おはようございます☆綿貫明日香でぇす!』
その耳に響くような声も、今日ばかりは大目に見てやろう。何せ、これがこいつの人生最後の大仕事だ。
「え、何?アキラ、明日香ちゃんが好きなんだー。へー、意外」
姉が真剣にテレビを見つめる僕の方を向いてニヤニヤ笑っている。そのうち姉も笑えなくなるだろう。
綿貫はさっきから明らかに画面の上の方を気にしている。先生がコードを下ろすタイミングを見ているのだろう。当たり前だが、その間もニュースは平常通り進行されている。
途中で明らかに綿貫がニヤリとした。恐らく画面に映るギリギリのところに先生が既にコードを下ろしたのだろう。今はエンタメに関するトピックスを出しているところで、綿貫が何か発言をしてもおかしくはない恰好の状況だ。
『実は私からも一つ重要な報告があるんですけどぉ』
一通りの話が終わったところで綿貫が声を上げた。スタジオの出演者、そしてカメラが綿貫に注目する。
すると、綿貫は急に机に飛び乗り、カメラを見下ろした格好になった。そこにはもう数秒前までの気持ち悪い笑顔はなかった。
『さようなら』
部室でしか聞いたことのない低い声で言うと、垂れ下がったコードに首を掛けた。――カメラがパーンアップして、慌てる音声と天井だけがしばらく流れ続けた。天井の照明のところにはスタッフの格好をしているが恐らく先生てあろう人が見下ろしていた。
※ ※ ※
私は久し振りに朝のニュース番組を見ていた。正直あんまエンタメとか分かんないんだよね。政治とかもよく分かんないし、事件とかも知ったこっちゃないっていうか。ニュース見るなら録画してあったドラマ見るよね。
でも今日はおめざめテレビを始まった瞬間からじーっと見てる。事情を知らない人から見ればいつもと変わらないアスカなんだろうけど、知ってる私とかが見ると明らかに天井の方を気にしてるのが分かる。先生はうまく放送局に忍び込めたのかな?まああの先生なら簡単にできちゃいそうな気がするけど。
でも、番組はその後しばらくフツーに続いて、途中から私も見るの飽きてきちゃった。でも、自殺部の決まりで「他の部員が死ぬときは全員見なければいけない」とかって言われてるからさ、もう一度布団に入るわけにもいかないし、なんかもうここまできたら意地だよね。
それにしても本当、なかなかその時がこない。朝ご飯食べ終わってパパはとっとと出掛けて、ママは朝ご飯の後片付け始めちゃったよ。
でも、その時は唐突にやってきた。てかもう、途中から明らかにアスカが嬉しそうにし始めたからなんとなく「あっ、そろそろじゃん」って分かったんだけどね。エンタメの話題の時に、急にアスカが話し始めて、みんなが注目した。
次の瞬間、アスカは突然机の上に飛び乗った。隣のアナウンサーの驚いた顔ね(笑)他の共演者もなんかめっちゃ驚いてる。てかアスカ、台本踏んでグシャグシャにしてるし(笑)カメラマンはカメラマンでカメラをアスカの顔に寄せてるし。
そしたらアスカ、さっきまでの営業スマイルを消して、部室で見せてたあの真顔になった。部室以外であの顔見るの初めてかも。そんで、その顔でひっくい声で「さよなら」っつって、そのまま垂れ下がったコードに手を掛けた。
多分コードが机の位置よりもちょっと前にあって、そこに首を掛けようとしたんだろうね、きっと。首が掛かるか掛からないかってところでカメラが上向いちゃってアスカが映らなくなっちゃった。画面からはざわざわと慌てた声が聞こえてくる。
でもその途中で「救護室に連れてけ」って言葉が聞こえて、引っかかった。救護室?首吊ったなら救急車じゃねぇの?
なんとなくよく分からないまま見続けてると、カメラが元に戻って司会者が「大変失礼しました」っつってそのままニュースを続けた。まあ雰囲気は重苦しかったけどね。なんというか、この復活の早さは流石テレビだね。
さて、今日の放課後はこの件に関して話し合うことになりそうかな。
※ ※ ※
6時前。スタジオに入る前から私は興奮でドキドキしていた。自殺、なんて一生に一度あるかないかの貴重な体験だ。美しい最期を飾れるかが懸かった大事な儀式だ。
もうこれで最後だと思うと、周りへのおべっかもつらくはなかった。おっさんに何を言われようが、アナウンサーに陰口を叩かれようがどうでもいい。私はもう少しで解放される。
スタジオ入りして割とすぐに先生を見つけた。基本的にスタッフの顔は全員覚えているので、どのスタッフの服を剥ぎ取ったのかも見た瞬間に分かった。なりすまされてるスタッフは先生に殺されたのかもしれない。
さあ、いよいよカメラが回り始めた。いつも通りアナウンサーと司会者が番組を進めていく。私も話を振られたらすぐ答えられるようにはしていたが、上にいる先生の様子が気になって気になって仕方がなかった。
そして遂にその時はやってくる。エンタメ情報でVTRを流しているその隙に、先生がコードを下ろし始めた。コードは首を掛けられるようにしっかり輪っか状になっている。流石先生。
エンタメの話題が終わったところで、私は遂にそれを実行に移した。
「実は私からも一つ重要な報告があるんですけどぉ」
スタジオ中のみんなが一斉にこっちを向く。今からその瞳に私の死に様が映るとも知らないで。
私ははやる気持ちを抑えられず、机に飛び乗った。まだ共演者は和やかに「何やってんの明日香ちゃん~」とゲラゲラ笑っている。その笑いが戦慄の顔になるのを見てやりたい……まあ死んでしまえば見れないが。
もう素の私を隠すつもりはない。何も演技をしない、ありのままの表情で、ありのままの声を出した。
「さようなら」
机より少しせり出したところにあるコードを掴んで、ジャンプして輪っかに首を突っ込んだ。先生がコードを少しせり出したところに下ろしたのは机に足をつかせないためだろう。
これで完璧……のはずだった。
首は急激にしまり、意識が朦朧とする――次の瞬間、背中が床に叩きつけられていた。すぐに共演者やスタッフが駆け寄ってくる。
どうやら首を乗せたあとにバランスを崩して落下してしまったらしい。我ながら大失敗だ。スタッフが担架を持ってきて何やら言っているが、その内容は頭に入ってこない。
ふと、照明のところに立つ先生の顔が見えた。マスクで口は見えないが、先生は凍てつくような目で私を睨んでいた。担架で運ばれてからも、その先生の目が頭から離れられなかった。
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