宣言
「私、明日絶対死ぬから」
次の日の放課後、部室に部員が集まって早々、綿貫さんが机を叩いてそう宣言した。いつものふざけたような喋り方はせず、怒りのせいなのか引きつる顔を隠すこともしない。
「それはまた急な話じゃん?」
福原さんが様子を見つつ緊張を解くように返した。暗に「何かあったのか?」というニュアンスを含んでいる。
「とにかく!私は!明日!朝の番組で公開自殺するから!」
余程の何かがあったのか、綿貫さんは感情を露わにして怒鳴り散らした。テレビでは絶対に見せない姿だ。きっとこれが本当の綿貫明日香なのだろう。
「落ち着け。この話が廊下に聞こえるとまずい」
「ああ、その点は大丈夫だよ」
永沼が綿貫さんを制しようとするが、石井はそれに対してニコニコと笑った。
「この部屋は防音仕様になってるからね。叫ぼうが何しようが、滅多なことでは外に聞こえないよ」
さも当たり前かのように言ってるが、普通学校の一室を改造するなんてできるわけがない。殺人鬼だからってそんなことができるわけではないが、なんとなく「殺人鬼だからできたのか」と思ってしまう。
「……で?公開自殺するって言ってもどうやるんだ?そんな都合のいい死に方があるのか?」
「最悪、いい案が出なければ無理にでも縄を持ち込んで首吊るつもり」
「縄を持ち込んだとして、どこに縄を括り付けるつもりだよ。出演者が機材やなんかをいじるのは変だろ」
「それは……」
永沼の正論に綿貫さんの勢いが削がれる。確かに、テレビで公開自殺するためにはいかに自然に自殺できる環境を整えるかが第一だ。少しでも疑われれば、止められるのは目に見えている。
「昨日も少し話を出したが、機材のコードをうまく使えないだろうか。例えばスタッフの一人を買収して手伝わせるとか」
永沼は顎に手を当てながら考えを述べる。その姿はさながらどこかの研究者のようだ。まあ、考えていることといえば自殺の方法なのだが。
「でも部外者に手伝わせるのは難しくない?トップアイドルなんだし、もし話しかけて手伝ってくれなかったらたちまち噂が広がるじゃん?」
福原さんの言い分ももっともだ。一人に声をかけて失敗したら、次はない。その一回に賭けるのはかなり危険な気がする。
「そしたらこの方法は使えないな……コードを使う以外の方法を考えるしかない」
そうして、一同はすっかり黙って考え込んでしまった。俺も色々考えてはみたものの、やっぱそう簡単には思いつかない。
そうは言ったってスタジオにあるものは限られている。照明、カメラ、スタジオセット、椅子机……ただ、それらを使って自殺をするのはものすごく難しそうだ。
すると、そのにっちもさっちもいかない空気を福原さんが破った。
「めっちゃいい案思いついたんだけど!よく探偵もののドラマでシャンデリアとか落として殺すとかあんじゃん?あれを照明でやったらどう?」
福原さんはよっぽどその案に自信があるのか、目を輝かせている。それに対して、始終冷静そうな永沼が口を出す。
「落とすって……どうやって落とすんだよ」
「例えば、ワイヤーかなんかに火を当てといてさ、焼き切れる時間とか計算して本番中に落ちてくるようにするとか」
「火なんか焚いたら火災報知器が作動するだろ」
「別に火じゃなくてもさ、……あの、ほら、はんだごて?とかさ」
「はんだごてじゃスチールワイヤーが切れる温度に達しないぞ。それに、焼き切れる程発熱しているのなら燃えてなくとも煙は上がるだろ」
「そうなの?んなことあたしが知るわけないじゃん……」
自信のあった案が反論でこてんぱんにされ、福原さんは少しふてくされている様子だ。このままでは全ての案が永沼に論破されてしまいそうだ。
「よし、分かった」
またまた議論が行き詰まっていると、入り口横の壁に寄りかかって聞いていた石井が口を挟んだ。
「僕が手伝ってあげよう」
※ ※ ※
「僕が手伝ってあげよう」
先生はニコニコしてそう言った。私だけじゃなくて、みんなもぽかんとして先生を見つめる。手伝うって、何を手伝ってくれるのかな。
「最初のコードの案、僕が手伝えば実現するかもしれないよ」
先生は自信満々。さっき無理だ、って諦めた案をどうやって実現するつもりなんだろう。
「一体どうすれば実現するっていうんです」
永沼くんが考えるポーズをやめて、メガネをくいってやりながら先生の方を見た。睨んでるのかな?「やれるもんならやってみろ」みたいに思ってるのかも。
「簡単だよ。僕がスタッフに紛れてスタジオに入り込む。それでタイミングを見計らってコードを垂らす。それだけさ」
先生はいとも簡単そうに言う。でもそれってすごい難しそう。だってテレビ局とか警備員さんいっぱいいそうだし。
「そんなに簡単に行きますかね」
進くんも苦笑いしながらそう言う。半分信じてないって顔。私もどちらかっていうと信じられないかな……私、頭よくないからどう言えばいいのか分からないけど、ちょっと現実味がないっていうか、なんていうか……。
「そこは心配しないでいいよ。殺人鬼を甘く見ないでほしいなぁ」
先生はそう言って、また怖い笑顔を見せる。
「何故僕が何人も殺してるにも関わらず、捕まらないどころか、のうのうと教師なんかできてると思う?そういうことが得意なんだ、僕は」
その先生の圧倒的な迫力に、部員みんなが何も言い返せなくなった。永沼くんでさえ何も言わずにじっと先生の方を見てる。
「と、いうことは、私は先生がコードを下ろしたらそれに首を掛ければいい……ってことね?」
明日香ちゃんが低い声で先生にそう訊いた。
「コードは大体カメラに映らない程度のところに垂らす。福原さんはそれを確認したら机に登って、そこに首を掛ければいい」
先生が言うと、明日香ちゃんは大きく頷いた。
「……私、やっと死ねるんだ」
明日香ちゃんはもうこれ以上ないってくらい幸せそうな顔をしてた。これから死ぬっていうのに、変だって言われるかもしれないけど、でも私にはその気持ちが少し分かる。
ううん、私だけじゃなくて多分部員みんながその気持ちを分かってるんだと思う。だからみんな明日香ちゃんの自殺を手伝ってるんだもん。
「ただし」
その先生の声は、低く小さかったけど、私たちの耳に刺さるように届いた。
「ただし、しっかり死ぬんだよ」
それは常識的に考えておかしな言葉だった。でも、それに対して明日香ちゃんは恍惚の表情を浮かべて、オーバーに頷いた。
そのおかしな言葉を、私は全くおかしいとは感じなかった。多分、いや確実に、この時から私は――ううん、私たち全員は、既に狂い始めていたんだ。
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