津田家
お父さんが帰ってきたのが六時半、それからお父さんに殴られておうちを追い出された――はずなのに、学校を出る時には時計は六時を差してた。うちの時計が壊れてたのか、それとも学校の時計が壊れてたのか、なんだか分かんなくなっちゃった。
でもお父さんが時間を間違えるはずはないから、やっぱり学校の時計が間違ってたのかな。
おうちに帰ってくると、先生が放り投げたお父さんの小包がそのまんま落ちてた。もし割れ物だったらまた怒られちゃう……と思ったけど、見た感じはそうじゃなさそう。お仕事に使う書類か何かなのかな。
さっき怒られたばかりで入りづらかったけど、でも入らないわけにはいかないから、勇気を出して玄関の取っ手に手をかけた。
「た、ただいま帰りました!」
声が聞こえないって怒られるかもしれないから、ありったけの声で挨拶をした。その声が聞こえたからなのか、それとも玄関のドアが開く音がしたからなのか、お父さんはリビングから出てきて私のところに来ると、手に持ってた小包を引ったくった。
「……ああ、これだ。存外に早かったじゃないか」
それは褒めてくれてるのか、それともどんくさい私を皮肉ってるのか、よく分からなかったけど、でも、これ以上は殴られなくて済みそうで、とりあえずほっとした。
「あの……それでご飯は……」
普段はあんまり自分から尋ねたりはしないんだけど、今日はなんだかいろんなことがあって、お腹がすいてたから、我慢できなくて聞いちゃった。
「飯?ああ、抜きに決まってるだろ。俺はこれから仕事するから、さっさと寝ろ」
……分かってたことだけど、でもやっぱり食べられないのは悲しいな。ご飯作ってるの私なんだけど、でもお父さんにダメって言われたら絶対に食べれない。お父さんには逆らえない。
洗面所で歯を磨いて、シャワーを浴びて、部屋に上がった。この歯磨きもシャワーも、お父さんの決めたルールに完璧に従わなきゃいけない。
お父さんは私の生活の全てを隅々までチェックして、ちょっとでもルールを破るととても怒る。シャワーでさえも、数ヶ月に一回は使っている様子をお父さんにずっと眺められる。もちろん、タオルをつけるのは許されてない。かと言って、恥ずかしさよりもお父さんへの恐怖の方が強いから、従うしかない。
部屋に上がると本当に何もすることがないから、私はすぐにお布団に入る。こうやって1日無事に過ごして、暖かいお布団で寝られる時、私はとても幸せ。今日も1日ありがとうございますって神様にお祈りしたりするの。
今日はなんとなく、寝る前に自分自身を見つめ直してみようかな。あの、へんてこりんな部活にも入って、なんだか私と強く向き合わなくちゃいけない、って気になったから。
物心ついたときには、お父さんにたくさん殴られてた。昔っからどんくさい子だったし、お父さん、子供でも容赦しないから。もちろん、骨折とかギリギリしない程度で殴ったり蹴ったりしてたんだと思う。
お母さんには会ったことがない。お父さんとはあまりお話をしないし、お話をしたところでお母さんの話題は出てこない。生きてるのか、死んじゃったのか、離婚したのか、全く分かんない。
ただ分かってるのは、私はお父さんの子供じゃないってこと。ちゃんと調べたわけじゃないけど、机に置いてあった紙に書いてある血液型が全然違ったり、顔も身長も違ったりするから、なんとなくそう思ったの。お母さんがお父さん以外の人と付き合ってたのか、連れ子なのかは分からないけど、お父さんが暴力をふるってくるのも、それが関係あるのかな。
お父さんはいつも突然に暴力をふるい始める。さっきの小包の時もそうなんだけど。
ちっちゃいとき、お料理を失敗しちゃった時は鍋の中身を頭にかけられて、鍋の底で頭を殴られた。やけどと脳震盪で大変だったのを覚えてる。
お皿を投げられたこともあったな。割れたお皿で足にたくさん傷がついちゃって、しばらくはスカートをはかせてもらえなかった。
トイレ掃除で磨き残しがあった時は、トイレの水に素手で突っ込まされた。やりたくなかったけど、お父さんが何回も何回も後ろからお尻を蹴ってくるから、泣きながら手を入れた。
泣いたと言えば、泣き声が煩いって口をガムテープで塞がれたこともあったな。ご飯も食べれないし、それだけじゃなくて腕も柱に括り付けられてたから、丸一日声を殺して泣いてた。
歯磨きの時に怒られて、口を大きく開けって言われて手を突っ込まれて、口の端が切れたこともあったな。食べるときに痛くて少しずつしか食べられないのがとても悲しかった。
シャワー中に怒られた時は思いっきりその背中を蹴られて、湯船に胸を打って苦しくなったっけ。もちろん、私が裸だからってお父さんが容赦するはずもなくて、お風呂のイスで何回も脇腹を殴られた。
……こうして思い出してみると、覚えてることは痛い思いをしたことばっかりだな。学校とかで楽しかったこともあったと思うんだけど、全部お父さんへの怖さでかき消されちゃったのかもしれない。
お父さんが怖いって思い始めたのは中学に入ったあたり。それまでは本当にそれが普通だと思ってたから。お父さんってそういうものなんだって。
でも、シャワーの時に裸を見られるのとか、腫れ上がるくらいに何回も殴られるのとか、そんなのは他のおうちの子にはないんだなって知ったら、その途端に怖くなった。私のお父さん、普通じゃないんだなって。
普通じゃないってことは、普通じゃ考えられないことだってやるかもしれない。例えば私を殺すとか――今までだって一歩間違えば死んでたこともいっぱいあった。何か一つ間違えれば、お父さんはいつか本当に私を殺す。
だから私はあの部活に入ったんだ。……まあ流れっていうのもあったんだけど、でも半分は自分の意志であの部活に入った。
お父さんに殴り殺されるくらいなら、自分で死んじゃった方が何倍もマシだと思ってる。でも、お父さんに恨みがあるわけじゃないから、お父さんになるべく迷惑がかからないようにしたい。部員のみんなもそのことについて一生懸命考えてくれてるし、何かいい案が出てきそう。
一人で死ぬのは怖いけど、でもみんなが応援してくれれば死ねるような気がしてくる。こんなに誰かとお互いのことについて話し合ったのは久し振り……いや、初めてかもしれない。まあ、私は口を挟めずに聞いてただけなんだけどね。それでも私のことについてみんなが考えてくれてたのは、すごい嬉しかった。――ちょっと恥ずかしかったけど。
みんながいい案を出してくれたら、それに応えて私は頑張って死にたい。頑張って死ぬっていうのもなんか日本語がおかしな気がするけど、いつでも死ねるような、勇気を用意しておきたい。今の私じゃ、多分みんなの応援を受けても立ち止まっちゃうから。
……いろいろ考えてたら眠くなってきちゃった。明日の放課後が待ち遠しいな。
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