あなたの小指の骨までも

篠岡遼佳

星降る丘で

 今日はオリオンから満天に星が降る日。

 恋人たちが戯れながら丘を登り、花を散らしながら祭りの余韻を楽しんでいます。


 丘を登り切ると、大きな木があり、その根元には可憐な花が咲いています。

 花の名は知らないけれど、地上に落ちた星のように銀色に瞬いていました。

 二人はその上にじゃれ合いながら倒れ込み、星の流れ来る夜空を見上げます。



 ――ねえ、お話聞いてくれる?

 ……今度生まれ変わるなら、きれいな物語がいいわ。

 童話フェアリーテールみたいに、めでたしめでたしで終わるお話よ。



 天使のような金髪の巻き毛を耳にかけ、翠玉の目をした乙女はつぶやきました。

 ぴんと伸びた異形の耳朶に、瞳の色と同じ宝玉を付けて。

 ハイウエストのふんわりした白いドレスは、シンプルだけれどリボンとパールを忘れずに。

 ルージュは今年の新色、珊瑚から人魚が作ってくれた、とっておき。

 今日はあなたに会えるから、ぜんぶ新しい自分で会いたかった。


 彼女は手を繋いでくれる彼に微笑みます。

 彼はもちろん、彼女のぜんぶを褒めてくれました。

 今日は星降る夜だから? いいえ、二人とも恋をしているから。

 何でもきらきら光っているのです。



 ――私はほんとはお姫様なんだけど、その出自から、義理のお母様にとっても意地悪されるの。

 だけど私を狙いに来た猟師さんは、私を逃がすの。

 ここまでは一緒ね。

 そのあとは、苦労の連続よ。

 大道芸の一座に入って、どこまでも旅をするの。

 もちろん芸だってするわ。わたし、鳩を出すのが得意なのよ。笑わない、ほんとよ!

 繕い物も得意じゃないけどするわ。お洗濯もがんばってる。

 お料理は得意だから安心ね。


 それでね、ある夜、あなたが天幕を尋ねてくるの。

 ここに呪いを解ける娘はいないか、って。

 あなたはずっと探してたのね、その、決して死ねない呪いを解くことができる娘を。

 私は手を上げるわ。私ならできます、って。全然そんな心得もないのに言うのよ。だって、一目であなたの立派な立ち姿に恋をしてしまったから。


 私は、怪しい洞窟まであなたと行くの。

 奥には洞窟で暮らす魔法の一族がいて、私は自分自身を代わりにして、あなたの呪いを解こうとするの。

 でも、びっくり、いつの間にかあなたも私のこと好きになっていたのね。

 呪いは誰かと添い遂げようとする愛の力で、消えてしまいました。

 おしまい



 ――どうかしら、これが本当だったら、こんなふうになることもなかったかしら。 

 ほんとうは、私がお義母様から不死の呪いをかけられてても、あなたと恋をしても呪いが解けなくても、肉を絶っている一族の私が、あなたをぜんぶ食べたときに呪いが解けても。

 あなたに会わなければよかったかな? でもそんなの耐えられない。

 あなたのことを愛しているわ。ねえ、お願い、あなたなら出来るのでしょう。

 ――私を食べて。

 

 乙女は言い、しゅるりとその胸元のリボンを解くと、うつくしい鎖骨を晒して、目をぎゅっと閉じました。


 ――――ああ、君を食べたい。

 いいのだろうか、こんな日が来て。


 乙女は青年の言葉にぱっと目を瞬きました。


 ……愛しいあなた、どういうこと? 


 ……愛しいあなた、私はあなたを愛しているよ。この細い指も、真っ白な肌も、小さな顎も、その耳も、たおやかな腰も、ここも、どこもかしこも、食べてしまいたい。


 乙女はそこではじめて頬を染めました。


 ……――ねえ、それで、呪いは解けるのかしら。


 ――もちろん。なぜって、私とあなたはそれで永遠を手に入れるからだよ。ずっとずっと、そう、言うなれば、「末永く幸せに暮らしました」、となるんだ。


 ――ああ……そうなのね……。呪いを解くのに必要なのは、本当に愛なのね、愛しいあなた。


 二人はくすくすと笑い、静かに夜風が二人を撫でていきました。

 青年は軽く乙女の額にキスをすると、そのまま乙女の白い指を絡め取りました。

 銀の花が揺れる丘の上。

 二人は同じ星に同じ願いを託し、静かに幸せに抱き合うのでした。




 めでたし、めでたし。


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あなたの小指の骨までも 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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