第二十話 『余興』
嵐道は一歩後退り、田中の背後に半身を隠した。天才であるが故の感。そして武闘家であるが為の警戒心が天音を甘く見れば敗北するのは自身になると、警鐘を鳴らし続けているからだ。
「田中。ババァが不穏な素振りを見せたら瞬時に殺せ」
「承知致しました。して、天理様はどうなされるのですか?」
「これから最後のショーを始める。本番の前に余興は必要だろう?」
「成る程。悪戯も程々になさって下さいませ」
田中はやれやれと肩を竦めながら、主人と軽口を交わす。だが、視線の端では天音を捉えて離さない。
ーー油断や慢心。それら一切を排除して、一人の武人として眼前の少女を見極めていた。
「こんな状態の私に何か出来ると思う? そんなに真面に相手をするのが怖いのかしら?」
天音は嵐道を挑発する。田中を相手に精神的揺さぶりは無意味だと判断し、意外にも胸の内に激情を秘めた相手として選択肢を絞った。
「あぁ、怖くて怖くて堪らないよ。もしかしたら俺の知らない異能を隠し秘めているかもしれないだろう? だって、天ちゃんの能力を一部とはいえ奪った女なんだからね」
「そうね。貴方の能力も奪ってあげようかしら?」
「ははっ! それこそ無駄だと知ってるだろう。『
確かに天音は政宗から雨竜家の秘密を聞かされた時に、既に嵐道の能力を聞いていた。同時に双火の異能も把握している。
「果てしてそれだけなのかしらね……」
だが、長年代替わりする中で時たま生まれる天才には、追加で別の能力が発現する事例もあった。危惧していたのはまさに隠された能力の方だ。
「おや? その様子だと俺の別異能に気付いているのか? さすが年の功だな」
「嵐道様。お喋りはそれ位にした方が宜しいかと」
「良いじゃないか。冥土の土産に聞かせてやろう。俺のもう一つの異能は『譲渡』だ。対象者に俺と同じく『雨月家』の知識と経験を受け継がせる事が出来る。ほら、目の前にいるだろ?」
親指で合図を送る様に指した先には、田中の姿があった。
漸く天音は得心がいく。並みの人間がおよそ持つべきでは無い威圧と、まるで何十年も研鑽を積んだかの如き闘気は『雨月』の全てを呑み込んだ証だ、と。
「さて、種明かしも終わった所で余興を始めようか」
嵐道は倒れている天理を抱き抱えると、耳元に補聴器をはめた。一体何の真似だと天音は思わず目を見開く。
この状況で天理を解放するメリットが無いからだ。それでも一筋の光明が差してしまった。絶望しかけていた心に僅かな炎が灯る。
だが、次の瞬間に田中が背後へ回り込んで、天音の口元へ猿轡を噛ませた。
「んむぅ〜〜っ!!」
「少し黙って話を聞いていてください。余計な真似をすれば……」
田中から喉元にナイフを突き付けられ、牽制された。黙らざるを得ない。嵐道は見たこともないお手製の補聴器を天理の耳元につける。
「天ちゃん聞こえるかな〜〜? お兄ちゃんが助けに来、た、よ〜!!」
「……嵐兄? まだ耳がボヤけててよく聞こえない。全身の力が抜けてるんだ」
「姉さんの仕業だろ〜? 全く酷い事をするよね! お兄ちゃん怒りMAXです!!」
「天音は無事かな? きっと無茶をしてると思うんだけど……」
「ん〜〜? でもお兄ちゃんは本当に酷いのってあの女だと思うなぁ」
天理は何の事を言っているのかと首を傾げる所作をした。軽く肩を叩いて嵐道は甘言を吐き出す。
「ねぇ〜? お兄ちゃん聞きたかったんだけど、何で盲目で
「それは……確かに不思議だけど」
この時始めて余興の意味を天音は理解した。自分が一番隠しておきたい秘密。そして最も恐れていた事実。即ち過去の暴露だ。
「ーーーーむぅっ⁉︎」
「黙ってください」
猿轡を無理矢理噛みちぎろうとして口元から血を流す。田中は冷酷に耳元で囁くと同時に脅しではないと、刃先を数ミリ喉元に沈めた。
「こうは考えられないかな? 天ちゃんは元々健康体だったんだ。誰かがそんな不便な生活を送らざるを得ない状態に陥れたとしたら?」
天理は無言のまま俯いた。畳み掛けるように嵐道は言葉を続ける。
「そして、その人物はずっと側にいて天ちゃんを監視していたとしたら? 許せる〜? いくら心優しい天ちゃんでも許せないよね〜? 少なくともお兄ちゃんはプンプンだぞ〜!」
口元を歪めながら嗤い、小躍りしながら演説する嵐道を見つめながら、憎悪と哀しみに苛まれて天音の頬を涙が伝う。
「ーーもう知ってるよ。天音が僕の『目』と『耳』を奪ったんだろ?」
だが、予想とは違いあっけらかんした表情のまま、天理は真実を肯定した。
こうして余興はあっさりと瓦解したのだった。
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