十

 それから男はぎこちない微笑みを浮かべることが多くなった。どういう風の吹き回しかと疑いながらも、卯月はとりたてて変わらない生活を送り続けた。


 やがて、二人はそれなりの収入を得るようになり結婚をした。新婚旅行後、順調に子宝に恵まれ、生理現象による感情の揺れととてつもない痛みを味わい、無事に五体満足の娘を産んだ。十分な産休を取ったあと、多少いざこざはあるかもしれないと思いながらも元の職場に復帰し、近所の保育園に子供をいれて、それなりに忙しい生活を送った。


 子煩悩になった男は、娘の面倒を見ることが多くなり、くだらない冗談を飛ばすことが多くなった。家事の負担が減ることに素直にありがたく思いつつも、卯月はその二人をどことなく冷やかに眺めていた。満たされているはずであるのに、ここにはなにもない気がした。


 もうすぐ、二人目が生まれる。あの痛みを味わわないのに男は勝手なものだと思いつつ、和やかな空気を醸しだす二人を、どこか違う場所に住んでいる他人のような目で見ていた。


 まるでなにかを盗まれてしまったみたいな胸の心地がずっとずっと続いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泥棒 ムラサキハルカ @harukamurasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る