第53話 ②
私は人間ではない。
私は人間を超えた存在。言うならば『新種』だ。
人間よりも遥かに優れた遺伝子を持つ私。だが、今の所、『私』という種は『私』しかいない。
だから『私』という種の遺伝子を後世に残すには、仕方がないが『私』よりも劣っている『人間』との間に子供を残さなければならない。
だが、人間であれば誰でも良いと言うわけではない。
私と子供を作ることが出来る人間は、私にふさわしい優秀な遺伝子を持つ人間でなくてはならない。
***
「なっ、波布さん?」
僕は飛び上る程驚いたが、考えてみれば別に不思議ではない。
波布さんはこの学校では有名人だ。将棋はプロ棋士に勝ったことがある程強いし、『蝶と蛇の世界』という本も出している。その上、凄い美人だ。
この学校の卒業生が、会いたいと考えても不思議ではない。
波布さんは全校生徒に一礼をすると、壇上にいる二人の有名人にも頭を下げた。
「初めまして、波布光と言います」
「……うわっ」
「……綺麗」
今を時めく若手俳優二人でも、波布さんの美しさに固まっている。
「俺、俺、結城明!よろしく!」
真っ先に結城明が波布さんに手を差し出す。波布さんは差し出された手を軽く握った。結城明は握手をしている手に、もう片方の手も重ねた。
「いやぁ、綺麗だね君。うん、凄い美人だ」
「……ありがとうございます」
結城明は波布さんの手をしっかり握ると、やっと手を離した。なんだ?あいつ。
「菅二春です。お会いできて光栄です」
「こちらこそ」
菅二も波布さんと握手を交わす。
「凄いな。波布さん」
「ホント、凄いよね!」
「有名人と握手してるよ」
「何?あの女!」
「結城君の手を握るなんて……ふざけるなよ」
「絶対許さない!」
羨望と嫉妬の声が周囲から聞こえた。
「『蛇と蝶の世界』読ませていただきました」
「ありがとうございます」
菅二はニコリと波布さんに微笑む。どうやら彼女は、波布さんの本を読んでファンになったようだ。
信じられない。あの菅二春が波布さんのファンだなんて……。
「今後、新作を書かれる予定はあるのですか?」
「今の所ありません」
「もし、新作を書かれるのであれば、真っ先に読ませていただきます!」
「ありがとうございます」
波布さんはテレビカメラにも、有名人にも緊張する様子もなく、堂々と受け答えをしている。凄い。
なんだか、波布さんが遠くに行ってしまったようで、なんとなく寂しさを感じた。
でも、それは単なる錯覚だった。波布さんは、いつでも波布さんだった。
「ねえ、ねえ、波布さん」
今度は結城明が波布さんに話し掛ける。
「波布さんって綺麗だよね!モテるでしょ?」
「さぁ、どうでしょう」
「またまた、謙遜して。絶対モテるって!ねぇ?」
結城明は司会者に同意を求める。司会者は苦笑して「ええ、まぁ」と答えた。
「俺の出てるドラマ見たことある?」
「いえ、ありません」
「じゃあ、見てみてよ。面白いから!」
なんだか口説いているような結城明の言動。壇上にいる司会者の顔がさらに引き攣る。
そして、ついに結城明は爆弾を落とした。
「いやぁ、俺、波布さんみたいな彼女が欲しいなぁ!」
***
結城明の発言に全校生徒がざわめく。冗談めかしているとはいえ、テレビカメラと全校生徒を前で、告白まがいのことを言ったのだ。普通の俳優ではありえない。
結城明のマネージャーである赤坂は頭を抱えた。
(……またか)
結城と長い付き合いの赤坂には分かる。結城は本気だ。
結城明は気に入った女性がいると、片っ端から声を掛ける。場所がどうとか、人の目があるとか、そういうことは全く考えない。
結城明が口説いた女性は、数えきれない。共演者した女優はもちろん、一般人も平気で口説く。そして、飽きたらあっさりと捨てる。
そんな結城に、赤坂は何度も苦言を呈してきたが、結城は、
『俺は優秀な遺伝子を持っている。その優秀な遺伝子を後世に残すため、色んな女と付き合わなくちゃいけないんだよ。俺にふさわしい優秀な遺伝子を持つ女を見つけるためにな!』
と言って、全く耳を貸さない。
それで、結局赤坂や結城の親が事態をもみ消すことになる。結城が捨てた女性達に払った示談金は全部で数千万。そのほとんどが親の金だ。
赤坂は、これからのことに頭を巡らせる。
(後で学校側に謝罪して、テレビ局には今の所カットしてもらって……それから、結城が告白したあの子が本気にならないようにしなくちゃな)
結城が口説いて靡かなかった女性はほとんどいない。
俳優で親が金持ちであること。さらに、結城自身もスタイルが良く、顔もいいことから、ほとんどの女性は彼に声を掛けられたら、付き合ってしまう。
そして、付き合う内に本気になってしまうのだ。
「そうですか。ありがとうございます」
告白まがいのことを言った結城に、波布は礼を言う。
(あーあ、礼言っちゃったよ)
落ち着いた様子だが、内心ドキドキしているんだろうと赤坂は思った。ああいう真面目そうな子ほど、結城の虜になりやすい。
(あの子、もう手遅れかもな……)
この後、間違いなく結城はあの子に声を掛ける。あの子は結城に本気になるが、結城はすぐに飽きて彼女を捨てるのだろう。いつものように。
赤坂はため息を吐く。
(仕方ない。そうなったらまた、金を積んで諦めてもらうしかないな……)
赤坂は壇上の波布に対して、どこか同情めいた視線を向ける。
しかし、波布は赤坂の見当違いな同情を一蹴した。
「ですが申し訳ありません。無理です」
波布は結城に深々と頭を下げた。真摯な態度は、明確な拒絶を表している。
「えっ、無理?」
「はい、私は貴方とは付き合えません」
まさか、こうもはっきりと拒絶されるとは思わなかったのだろう。結城は目を大きく見開いている。
「えっと、どうして……?」
動揺した声で結城は尋ねる。それに対して、波布は、はっきりと答えた。
「私には雨牛君がいますから」
***
「私には雨牛君がいますから」
波布さんがそう言った瞬間、全校生徒の反応は二つに割れた。
僕を知らない生徒は『雨牛って誰?』と隣に座っている人間と言い合う。
僕を知っている生徒は一斉に僕に目を向けた。
(な、波布さん!)
大勢の生徒の視線に耐えられず、僕は思わず顔を伏せた。
壇上では波布さんと結城の会話が進んでいる。
「雨牛君……って彼氏?」
「彼氏……はい、そうです」
波布さんは、しれっと答える。ちょっと、ちょっと!
「へぇ、そうなんだ。ふぅん」
結城の声が明らかに低くなった。
「……見てみたいな。その彼氏」
「そうですか!?」
不機嫌そうな結城の声とは反対に、波布さんの声が明るくなった。とても、嫌な予感がする。
「雨牛君なら、あそこにいます」
波布さんは、僕が座っている場所を正確に指差した。壇上の上にいる波布さんとしっかり目が合う。波布さんはニコリとほほ笑んだ。
「えっ、なんで、あそこから分かるの?」
僕の隣に座っていたクラスメイトの驚く声が聞こえた。
「こちらが、私の大切な雨牛君です」
「えっと、どうも、雨牛……です」
波布さんが僕を指差した直後、司会者は是非僕も壇上に上がる様に言った。周りにいたクラスメイトも僕に行けと促す。
ここまで騒ぎになってしまっては仕方がない。僕は壇上に上がった。もう一つ用意された椅子に腰を下ろす。
椅子に座ると四人の人間にじっと見つめられた。
司会者には『こんな男が、こんな美人の彼氏なのか?』という目で見られ、
波布さんにはニコニコした表情で見られ、
結城明には、まるで睨むよう見られ、
菅二春には、大きく見開いた目で見られる。
さらに、テレビカメラまでも僕を映す。
まるで針のむしろだ。恥ずかしさと緊張で気絶しそうになる。
「大丈夫ですか?雨牛君?」
波布さんの表情がニコニコしていたものから一転、心配そうな表情に変わる。
「だ、だ、ダイジョウブダヨ」
表情を引き攣りながら、僕は精一杯の虚勢を吐く……本当に吐きそうだ。
「お二人は、いつから付き合っているのですか?」
司会者がいきなり質問をする。
(ええ……なんて言えば………)
僕が何を言うべきか考えていると、波布さんが話し始めた。
「もう、数か月になります。私の告白を雨牛君が受け止めてくださって……」
(ちょ、ちょっと!)
ねつ造が過ぎる。ツッコミを入れようとたが、緊張で口が動かない。そうしている間にも話がどんどん進む。
「波布さんは、彼のどういう所がお好きなのですか?」
「そうですね。全てを語ると三日以上掛かるので簡潔に述べます」
司会者と他の生徒達はクスリと笑う。きっと、波布さんが冗談を言ったのだと思ったのだろう。でも、多分時間を与えれば、波布さんは本当に三日掛けて僕の好きな所を言い続けるだろう。
波布さんが、幸せそうに語り出す。
「雨牛君は、とても優しい人です。自分の不幸より、他人の不幸を悲しみ、自分の幸福より、他人の幸福を喜ぶ。雨牛君は、そんなお優しい方なのです。私は雨牛君のそんな所を一番愛しています」
愛してるという言葉に、「おお!」と体育館中が盛り上がる。
「いやぁ、いいですね。ごちそう様です」
「ははは……」
司会者の言葉に、僕の顔は、まるでトマトのように紅くなる。
(どうして、こうなった!)
今日の主役は、結城明と菅二春のはずだ。それなのにどうして、こうなる?
「では、次に雨牛さんにもお伺いしていいですか?」
「は、はい!」
「ズバリ、波布さんのどのような所を好きになったのですか?」
「えっ、あっと、ええっと……」
言葉に詰まる。波布さんの好きな所……。
「えっと……その……」
僕が何も言えずにいると、波布さんが助け舟を出す。
「どうやら、雨牛君は私の好きな所があり過ぎて答えられないようです」
体育館中がドッと湧いた。
複雑な気持ちだったが、波布さんの助け舟に僕は心の中で感謝する。でも、そんな波布さんへの感謝は、彼女自身が放った一言で霧散した。
「菅二さんと結城さんは、何か雨牛さんに聞きたいことはありますか?」
あろうことか波布さんは司会者を無視して、目の前にいる有名人二人に対し、僕に質問がないか尋ねたのだ。
(いや、逆でしょ!)
こういう時は、一般人の僕が有名人二人に質問するのが普通だ。それなのに、どうして、僕が有名人から質問を受けることになる?
(これじゃあ、まるで僕の方が二人より立場が上みたいじゃないか!)
僕は波布さんを見る。波布さんは機嫌よくニコニコしていた。僕は心の中でため息を吐く。
波布さんは誤解している。きっと波布さんは、全ての人間が僕に興味を持っているとでも思っているのだろう。
でも、全ての人間が僕に興味を持っているわけがないのだ。むしろ逆で、ほとんどの人間は僕になど興味はない。
僕なんかに興味を持つ波布さんの方が珍しいのだ。
僕が混乱していると、最初に結城が口を開いた。
「……いや、特にないっす」
不機嫌さを隠すこともなく、結城は吐き捨てる。
「そうですか?」
波布さんは意外そうにしながらも、今度は菅二春に振った。
「では、菅二さんは?」
「えっと、そうですね……」
菅二春は何かを考えている。きっと、何かこの場を盛り上げる質問を考えているのだろう。僕は心の中で「スミマセン!」を連呼した。
「えっと、今、おいくつですか?」
「あ、じゅ、十六です」
「……そうですか」
菅二春は、僕の顔をじっと見つめる。
「あの……としう……」
「え?」
「いえ、何でもないです」
菅二春は顔を紅くしながら質問を終えた。きっと、普通の質問をしてしまった自分を恥じているのだろう。本当に申し訳なく思う。
黙り込んでしまった二人の有名人。気まずい雰囲気が流れる。司会者はチラリと自分の腕時計を見た。
「えっと、それでは時間となりましたので。結城さんと菅二さんのお二人はここまでとなります!皆さん、どうか盛大な拍手をお願いします!」
二人の有名人は全校生徒の拍手に包まれながら、壇上を去った。
***
「お疲れ様でした。雨牛君」
「うん……お疲れ」
「とても素敵でしたよ」
「そう……ありがとう」
グッタリしながら、返事をする。なんだか、十年ぐらい一気に時間が経過したような気分だ。
「波布さんは、今日のこといつ聞かされたの?」
「今日、学校についてからです」
「そうなんだ」
今朝いきなり言われたのに、全校生徒の前で、有名人二人相手に、しかもテレビカメラの前で、あんな軽快なトークをしたのか。
「緊張しなかった?」
「緊張ですか?はい、特には」
「そう、凄いね。僕は緊張しっぱなしだったよ」
正直心臓が破裂しなかったのが、不思議に思う。
「僕も波布さんみたいに、緊張しない度胸が欲しいな」
「そんなことありません。私も緊張することはありますよ」
「へぇ」
波布さんでも緊張することがあるのか。ちょっと信じられない。
「どんな時、緊張するの?」
「今、まさに緊張してますよ?」
波布さんはニコリとほほ笑む。僕はしばらくポカンとしていたが、波布さんの言葉の意味を理解し、顔を真っ赤に染めた。
「あの……すみません」
そんな時、見知らぬ人間が話し掛けてきた。若い男性だ。
見知らぬ男性に、波布さんが尋ねる。
「何か御用ですか?」
「私は結城明のマネージャーをしております赤坂と言います。あの、波布さん」
「はい」
「結城が呼んでいるのですが……少しお時間よろしいでしょうか?」
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