新種

第52話 ①


 人類は猿から進化した。


 人類の祖先は最初、森の中で暮らしていた。だが、その後の環境変化により、森は消え、辺りは草原となった。

 草原で暮らすようになった人類は、四足歩行から二足歩行となり、道具を使うことを覚え、言葉を話せるようになった。

 というのが一般的に考えられている人類の進化だ。


 人類の進化に関しては、よく五段階のイラストで説明されることが多い。


 最初は人類の祖先が四足歩行をしているイラスト。

 二番目は人類の祖先が前屈みの二足歩行となったイラスト。

 三番目は背が伸び、体毛も少なくなった人類の祖先が手に棍棒や石器を持っているイラスト。

 四番目は現代人とほとんど変わらない姿となった人類の祖先が狩猟用の槍を肩に乗せているイラスト。

 そして、最後は現代人のイラスト。


 しかし、実際の人類の進化はイラストのように起こったわけではない。

 実際の人類の進化はとても複雑だ。


 人類は猿人、原人、旧人、新人と進化を辿ってきた。

 その過程で人類は何種類にも枝分かれしたが、現代の人間に直接繋がる系統は、たった一つだけだ。


 枝分かれし、誕生した人類のほとんどは、その後、現代の人間に繋がることもなく絶滅した。


 約四十万年前に出現し、約四万年前~二万年前に絶滅したとされるネアンデルタール人もその一つだ。彼らは現代の人間とよく似た姿形をしていたため、最初は、現代人の直系の祖先だと思われていた。

 しかし、調査の結果、彼らは現代人の直系の祖先ではないことが明らかになっている。現代人の直系の祖先は、彼らと同時期に存在していたクロマニヨン人という人類だ。


 ネアンデルタール人は何故、絶滅したのか?


・現代人類の直系の祖先であるクロマニヨン人との競合に敗れ、絶滅した。

・寒冷化による食糧不足で絶滅した。

・病気による感染症で絶滅した。


 様々な仮説があるが、はっきりとした理由は分かっていない。


 だが、こんな仮説がある。

・ネアンデルタール人はクロマニヨン人との交雑により絶滅した。


 ネアンデルタール人は絶滅したが、その血は完全に途絶えたわけではない。

 研究の結果、現代人のDNAの中に僅かながら、ネアンデルタール人のDNAが混じっていることが分かっている。


 ネアンデルタール人とクロマニヨン人は別種の生物だ。


 当初、ネアンデルタール人とクロマニヨン人は交配していないと考えられた。

 しかし、現代人の中にネアンデルタール人のDNAが僅かに混じっていることから、二つの異なる種の間で交配が行われていたことが判明している。


 交配を重ねる内に、ネアンデルタール人のDNAはクロマニヨン人のDNAに吸収され、次第にネアンデルタール人という『種』は絶滅した。

 というのが、この仮説だ。


 進化というのは、何も遠い昔の話や遠い未来の話ではない。


 進化は、現在進行形で今も起きている現象なのだ。


                 ***


 宮川陽太は総合格闘家だ。

 爽やかなルックスと、格闘家とは思えない穏やかな性格。さらに高学歴で頭もよいこともあり多数のテレビに出演している。人気もとても高い。


「お疲れ様」

「お疲れ様です!」

 練習を終えた宮川は、後輩に声を掛けるとジムを出た。乗り物には乗らず、いつものようにランニングで家に帰る。

「ん?」

 宮川が何かに気付いた。進む道の先に一人の人間が立っている。。

 その人物は動くこともなく、じっと宮川のことを見ていた。

(なんだ?気味の悪い奴だな……)

 宮川は、じっとこちらを見ている人物を無視して、通り過ぎようとした。


 すると、今まで動かなかったその人物が、通せんぼをするように宮川の前に立った。宮川は横をすり抜けようとしたが、相手は宮川の動きに合わせて動き、行く手を阻む。

「すみません。ちょっと、通してください」

 宮川は相手を刺激しないように、丁寧な態度に出る。

「……」

 しかし、相手は何も答えないず、その場から動こうとしない。

「なんなんだよ。あんた!邪魔なんだよ。どけよ!」

 温厚な宮川も相手の失礼な態度に怒りを露わにする。

「……」

 相手は宮川の言葉を無視し、無言で両手を握る。そして、その拳を胸の高さに上げた。

 ファイティングポーズだ。

(はぁ……またか)

 格闘家である宮川が、喧嘩を売られることは珍しくない。最近テレビに出始めて、その回数も多くなった。

「なぁ、あんた。俺は……」

 宮川が何か言う前に相手は、宮川の顔めがけて、拳を突き出した。その攻撃は宮川の頬をかすめる。


 フードから見える相手の口が「ニヤァ」と醜く歪んだ。


(こいつ!)

 今の攻撃、素人のものじゃない。油断していたとはいえ、今の攻撃に対し宮川は、全く反応できなかった。しかも、今の攻撃、相手はわざと外した。

 宮川から油断が消える。宮川も相手と同じく、ファイティングポーズを取った。格闘家としての戦闘本能に火が付く。

(ボコボコにして、警察に突き出してやる!)

 そう思うや否や、宮川は相手の頭部めがけて蹴りを繰り出した。

 ハイキック。宮川が一番得意とする攻撃だ。このハイキックで宮川は数多くのKOを奪ってきた。

 強烈なハイキックが相手の頭部に直撃する。

 だが……。

「ぐあああああああ!」

 ダメージを受けたのは、攻撃した宮川の方だった。

(な、何故だ?)

 頭に何か鉄でできた物でも付けているのか?深く被っているフードはそれを

隠すために……。

(くそっ、足が!)

 足が痛む。骨にヒビが入ったのかもしれない。

「……ニヤァ」

 フードから見える口元が満足そうに歪む。相手はフードを勢いよく取った。

「なっ!」

 相手の顔を見た時、宮川は足の痛みを忘れる程、驚愕した。


 相手は何も被ってはいなかった。完全な素顔。それなのに相手は宮川のハイキックを受けても平然としている。それどころか、宮川の方がダメージを受けてしまった。

 だが、宮川が驚いたのはそれだけではなかった。

「あ、あんた……!」

 宮川が何か言おうとした時、相手は足をゆっくりと足を動かした。経験から宮川は相手が何をしようとしているのか分かった。

(ハイキックが来る!)

 宮川は咄嗟に腕で頭部をガードした。相手は宮川の予想した通り、ハイキックを繰り出した。


 ボキッ、バキッ。


 骨が砕ける音が二回した。

 一回目の音はガードに使った腕の骨が砕ける音。

 二回目の音は宮川の頭蓋骨が砕ける音だった。


 衝撃で宮川の体が宙を舞う。まるで、トラックに轢かれたような衝撃だった。


(化け……物)

 宙を舞っていた宮川の体が地面に落ちる。十秒が経過しても宮川が起き上がることはなかった。


 宮川陽太、二十八歳。

 成績……六十試合、五十八勝、二敗。


 勝利した試合の内、五十五勝は、KO及びTKOによるもの。

 僅か二つの敗北は、どちらも判定負けによるもの。KOやTKOで負けたことは一度もない。


 宮川は、人生で初めてのKO負けを喫した。

 そして、そのKO負けは、宮川の格闘人生どころか、彼の人生そのものを終わらせた。


「……ニャァ」

 宮川を殺した相手は不気味に笑うと、彼の遺体にゆっくりと手を伸ばした。


                 ***


『格闘家の謎の失踪が相次いでいます』


 テレビのキャスターが深刻な表情でニュースの原稿を読み上げる。

『この数か月で、行方不明になった格闘家の人数は二十三人。いずれも、試合で好成績を残している人達ばかりです。そして、さらに昨日の晩から格闘家の宮川陽太さんとも連絡がつかなくなっています。山内さん、一体何が起きているのでしょうか?』

 ニュースキャスターは山内という初老の人物に話を振る。

 山内重富。元刑事で、今は犯罪心理学を研究している。

『さぁ、分かりませんね。何しろ今までにない事件ですから。ただ、二つ可能性があります』

『二つ……なんでしょう?』

『一つ目は、行方不明になった格闘家の人達が全員、自分の意思で失踪した可能性です』

『全員が示し合わせて、失踪したと?』

『全員が偶然、同じ時期に失踪するということは考えづらいので、恐らくそうでしょうね』

『もう一つの可能性は?』

『誘拐です』

『誘拐……ですか』

『そうです』

『しかし、格闘家……それも試合で好成績を残している強豪を二十人以上も誘拐できるものでしょうか?』

『一人の犯行ではないでしょうね。かなりの人数が動いているのは間違いないです。さらに、犯行が誰にも目撃されていないことから、犯人達はかなり鍛えられたプロである可能性が高い……まぁ、これが誘拐なのだとしたら……ですが』

『仮に誘拐だとすると、その動機はなんでしょう?』

『それは、分かりません。格闘家ばかりを誘拐する理由……見当もつきませんね』

『菅二さんはどう思いますか?』

『そうですね』

 菅二春。最近頭角を現してきた十九歳の若手人気女優だ。今日は新しく始まる番組の宣伝のために、この番組に出演していた。

 菅二春は背筋をピンと伸ばす。そのしっかりとした態度は、まるで大ベテランの女優のようだった。

『一刻も早く、失踪された方々が見つかることを願っています』

『ありがとうございます。結城さんはいかがですか?』

『そうっすね』

 結城明。新しく始まる番組で菅二春と共演する二十二歳の人気若手俳優だ。

『なんだか、ワクワクしますね!』

『ワクワク……ですか?』

『格闘家が何人も行方不明。なんだか途方もない陰謀の匂いがしてワクワクするっす!』

『あ、あの……人がいなくなっているのでそういった発言は……』

『いなくなった宮川さんとは、俺も一度会ったことがあるんすよ。俺、あの人のことあんまり好きじゃなかったっすけど、強さだけは本物でした。強さだけは』

 スタジオ中の空気が凍る。空気が読めないのか、はたまた気にしていないのか、結城明はさらに続ける。

『もし、宮川さんが誘拐されたのだとしたら、攫った相手はあの人より強いってことになりますよね?俺、強い人好きなんですよ。憧れるなぁ!』

『あ、あのまだ、誘拐されたとは決まっていませんし、誘拐だとしても、先程山内さんがおっしゃったように複数犯の可能性が高……』

『んなこと分かってますよ。だから、『もし』って言ったんじゃないですか。人の話聞いてました?』

『そ、そうですか。わ、分かりました。で、では次のニュースです』

 キャスターは表情を引き攣らせながら、強引に次の話題に移った。


 テレビを見ていた僕は思わず顔を顰める。

「とんでもないこと言うよね。結城明って。苦情とかないのかな?」

 僕がそう言うと母は「そうねえ」と返した。

「父親は色んなテレビ局の株をたくさん持ってる結城グループの会長だし、母親は大女優の山郷茂子だからね。誰も文句言えないんでしょ。でもこの子、意外と人気あるのよ?イケメンで、ズバズバ臆せずものを言うから。それがカッコいいって」

「……ふうん」

「ほら、そんなことより早く食べなさい。あの子が待ってるわよ」

「……分かった」

 僕は、朝食を口の中に詰め込み家を出る。

 玄関を出ると、いつものように女の子が立っていた。


「おはようございます。雨牛君」

「おはよう、波布さん」

 

                   ***


「ねぇ、波布さん。結城明って知ってる?」

「名前だけなら。確か俳優だったと記憶しています。結城明がどうかしましたか?」

「今朝のニュースに結城明が出てたんだけどね。『格闘家連続失踪事件』についてコメントしてたんだ」

「強豪の格闘家達が集団失踪している事件ですね」

「その事件について結城明は『ワクワクする』って言ったんだ」

「ワクワク……ですか」

「うん。波布さんはどう思う?」

「そうですね……」

 波布さんは少し考えてから、口を開く。

「特に何も思いません。考え方は人それぞれですから」

「そう……」

「ですが、雨牛君は不快に思ったのですね?」

「うん、まぁ……ね」

 失踪した格闘家の中に知り合いはいないし、特にファンと言うわけでもない。

 でも、何故だか結城明の『ワクワクする』という発言は、僕の胸がモヤモヤさせた。

「雨牛君は、優しいですね」

 突然、波布さんは僕の腕に自分の腕を絡ませてきた。大きくて柔らかいものが腕に当たる。

「ちょ、ちょと……波布さん!」

 僕は波布さんから逃れようとしたが、波布さんは離してくれない。それどころか、さらにギューと僕の腕を自分の胸に押し付ける。

「な、波布さん!」

「フフッ」

 波布さんは嬉しそうにほほ笑む。そんなことをやっている内に遅刻ギリギリの時間となってしまった。

「もう!走るよ!」

「はい」

 僕は波布さんと一緒に全力で走る。いつの間にか、胸のモヤモヤは消えていた。


                ***


 本来なら、六時限目は数学のはずだった。でも、何故か今日は、全ての学年の六時限目の授業は中止となった。

 そして、全校生徒は理由も分からず体育館に集合させられた。


「皆さんにお集まりいただいたのは、他でもありません。実は今日、この学校の卒業生が来ています!」

 壇上から校長が マイクで全校生徒に向けて話し始める。

「卒業生?」

「誰?」

 生徒達がザワザワと騒ぐ。

「では、紹介しましょう。今日来てくれたのはこの人たちです。どうぞ!」

 校長が勢いよく叫ぶと、壇上の袖から二人の人間が出てきた。


「こんにちは、結城明でーす」

「こんにちは、菅二春です!」


 今を時めく有名人二人が壇上から手を振る。その二人を見て、全校生徒達は、一気に沸いた。

「キャー」

「嘘!」

「マジで!?」

 生徒達のテンションは既に最高潮に近い。

 結城明と菅二春はしばらくの間、笑顔で壇上から全校生徒に手を振り続けた。


 二人が今日来たのは、テレビ局の企画のためだった。

 今度始まる二人が共演するドラマが教師ものであること。さらに、うちの高校が二人の母校であるため、番組宣伝を兼ねたサプライズ登場となったのだ。


 壇上に椅子が用意され、二人はそれに座る。

 それから、体育館は二人のトークショー会場となった。二人は、この高校で過ごした思い出を語ったり、生徒からの質問に答えたりしていく。

「お二人の好きな動物はなんですか?」

「私は、動物なら大体好きです。小鳥とかハムスターとか、猫とか……でも一番好きなのは人間ですね」

 菅二の冗談に笑いが起きる。

「結城さんは?」

「俺っすか……動物はあまり好きじゃないっすね」

「……そうですか」

 次の生徒が質問する。

「スポーツは何かやられてましたか?」

「私は特にやってなかったですね。高校の頃の部活は文学部でした」

「俺は空手やってました。七段っす!」

「七段!凄いですね!」

「いやぁ、まぁ、それほどでも?周り弱過ぎてすぐ止めましたけどね。はっはっはっ!」

「そ、そうですか……」

 壇上で司会をするテレビ関係者の表情が強張る場面も多々あったが、特に問題もなくトークショは進んでいく。

 有名人二人のサプライズは、このまま何事もなく終わる……はずだった。


「ところで、菅二さんはこの高校でお会いしたい人物がいるそうですね」

「はい、是非、お会いしたいと思っていました」

 菅二春が会いたい人物?誰だ?

 再び、体育館中がざわつき始める。

「それでは、ご紹介します。菅二さんがお会いしたい人物。それは、この人です!」

 司会者が大げさに手を伸ばす。すると壇上の袖から一人の女子生徒が出てきた。

「あっ!」

 僕は思わず叫ぶ。他の生徒達も驚いている様子だ。


「兄円高校一年、波布光さんです!」


 司会者が紹介すると波布さんは全校生徒に向かって、丁寧にお辞儀をした。

 



 

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