第26話 幻覚
「まず引っ掛かったのは、鰐淵先輩の態度です」
呆然としている栗鼠山を無視して波布は話し始める。
「学校の屋上のような場所から元の場所に帰ってきた時、雨牛君は鰐淵先輩の元に駆け寄りました。そんな雨牛君に鰐淵先輩はこう言ったのです。『許して』と」
波布は『覚えていますか?』と問い掛けるような視線を栗鼠山に向ける。
「私は、あの時何故、鰐淵先輩は雨牛君を見て『許して』と言ったのか分かりませんでした。混乱していただけとも考えましたが、例え混乱していたのだとしても、まず雨牛君に助けを求めるはずです。怯え、許しを請うのは変です」
「……」
「次におかしいと思ったのは、防犯カメラに映っていた奏人さんです」
「奏人?」
「奏人さんは逃亡中にスマートフォンを捨てました。その理由について警察は、居場所を特定されないように捨てたと考えているようですが、私にはそうは思えませんでした」
「……」
「奏人さんは明らかに『何か』に驚いて、スマートフォン捨てていました。まるで、スマートフォンに『何か』付いていて、それに驚いていた様子でした」
「……ッ!」
「ですが、監視カメラの映像をよく見ても奏人さんのスマートフォンに『何か』が付いている様には見えませんでした。普通の人間には見えない『奇妙な生物』も、です。もちろん、雨牛君にも何も見ていないようでした。でも奏人さんにはスマートフォンに『何か』が付いている様に見えた。私達には何も見えなかったのに奏人さんにだけ、何かが見えた。ということは、奏人さんは何らかの『幻覚』を見ていた。いえ、見せられていた可能性が高いということになります」
「しかし……」と言って、波布は首を少し傾ける。
「これはあくまで、私の考えです。本当に奏人さんが『幻覚』見てスマートフォンを捨てたのかは分かりませんでした。ですので、先程、確認したのです」
栗鼠山が何かに気付いた様に、はっとなる。
「もしかして、さっきスマートフォンのことを聞いたのは……」
「はい、貴方は先程『奏人さんのスマートフォンを捨てさせたのは自分』だと言いました。それを聞いて、確信しました。貴方の中にいる『奇妙な生物』には幻覚を見せる力があると」
栗鼠山は歯を強く食いしばった。ギシリと歯が大きく鳴る。
「ここからは、私の想像ですが」と前置きして、波布は話し出す。
「貴方はまず、『屋上の鍵が壊れている建物』を探した。そして、奏人さんが警官に連れて行かれると、彼女……彼に『白い大蛇に追われる幻』を見せた。警察に連れて行かれた奏人さんが突然パニックになったのも、貴方の幻が原因でしょう。そうして、奏人さんが警官から逃げ出す様にしむけた。奏人さんは元陸上部、それもかなりの俊足の持ち主でした。警官からも逃げられると貴方は踏んだ。そして、貴方の予想通り、逃げ出した奏人さんは警官を振り切った」
栗鼠山は何も答えず、黙って波布の話を聞く
「貴方には次に奏人さんがとる行動も読めていました。『白い大蛇の幻』を見た奏人さんは、直ぐに貴方が犯人だと気付く。そして、貴方に連絡しようとスマートフォンを取り出した。そこで、貴方は奏人さんにスマートフォンに『何か』が付いている幻を見せた。驚いた奏人さんはスマートフォンを捨てて、その場から逃げます。貴方は捨てられたスマートフォンを防犯カメラに映らないように注意しながら、回収した。まぁ、映ったとしても大丈夫なように、変装していたと思いますが」
「……」
「スマートフォンを回収した貴方は、奏人さんを『屋上の鍵が壊れている建物』まで追い込んだ。そして、屋上まで追い詰めると何らかの幻を見せて、奏人さんを屋上から落とした。これで、警察には『追い詰められた末の自殺』に見えます」
「……」
「鰐淵先輩が何故、雨牛君に『許して』と言ったのか?その理由も分かりました」
「……」
「私は最初、鰐淵先輩を襲った犯人の中にいる『奇妙な生物』は人間の精神を別の空間に移動させる能力があると考えていました。ですが、そうではなかった。私と雨牛君、鰐淵先輩が見た光景は『幻覚』だった。貴方は『私と雨牛君』の二人に同じ幻覚を見せました。ですが『鰐淵先輩には別の幻覚』を見せたのです。それはおそらく『雨牛君に危害を加えられている』幻覚」
「……」
「何故、鰐淵先輩は雨牛君に『許して』と言ったのか?それは、雨牛君に痛めつける『幻覚』を見せられたからです。だから、雨牛君に怯え、許しを請い、逃げ出した。少なくとも『鰐淵先輩の中』では、そうなっているはずです」
「……」
「またしても、想像になりますが、貴方が鰐淵先輩に見せた幻覚は『雨牛君が“白い大蛇”を操って、鰐淵先輩を襲わせている幻覚』ではありませんか?」
「……ッ!」
驚いた栗鼠山がゆっくりと二歩、後ろに下がった。
「なるほど、やはりそうでしたか」
栗鼠山の様子を見て、波布は小さく頷く。
「あの屋上で雨牛君は『白い大蛇』に襲われる鰐淵先輩を見たそうです。鰐淵先輩も恐らく、『白い大蛇』に襲われる幻覚を見ていた。しかし、鰐淵先輩には本当の雨牛君の姿は見えていなかった。代わりに、別の雨牛君を見せられていた。『白い大蛇』を操り、自分を痛めつける雨牛君の姿です」
波布の話を聞いていた栗鼠山が。また一歩下がった。
「屋上で雨牛君は鰐淵先輩が自分に途切れ途切れに『少年、助けて』と助けを求めたとおっしゃっていました。しかし、それは違います。鰐淵先輩はおそらくこんなことを言ったのでしょう。『少年、もうやめて、ごめんなさい、許して、助けて』」
「……」
「元の場所に返ってきた時、鰐淵先輩は雨牛君が『蛇』という単語を出した途端、走り出しました。また『白い大蛇』に食べられると思ったのでしょう。私には見えませんでしたが、もしかするとその時、鰐淵先輩の目には雨牛君の後ろに『白い大蛇』の幻覚が見えていたのかもしれません。そして、逃げようとして鰐淵先輩は事故に遭った。全て貴方の計算した通りに。さて……」
波布の目がスゥと僅かに細くなる。
「私が今言った通りだとします。すると、雨牛君が見たという『白い大蛇』すらも幻覚であった可能性が浮上します。そして、もし『白い大蛇』も幻覚であった場合、貴方の中にいる『奇妙な生物』は別の姿をしている可能性が高い」
波布は栗鼠山に手を伸ばす。
「よろしければ、貴方の中にいる本当の『奇妙な生物』を見せてくれませんか?」
「シュウウウウウウ!」
波布が『白い大蛇』の呪縛から解放されたことにより、動けるようになった『シロちゃん』がジリジリと栗鼠山に近づいてゆく。
波布は自身も『シロちゃん』と同じように一歩一歩距離を詰めていった。
「!!」
栗鼠山は波布から奪った彫刻刀をかざす。しかし『シロちゃん』も波布も歩みを止めることはない。
「いいのですか?貴方の中にいる『奇妙な生物』を出さなくて」
波布と『シロちゃん』はさらに栗鼠山に近づく。
「チィィ!」
栗鼠山は大きな舌打ちをした後、ギシリと潰れんばかりに歯を食いしばった。
「出て来い!」
栗鼠山は部屋中に響くほどの大声で叫んだ。
波布と『シロちゃん』はピタリと止まる。栗鼠山の大声に驚いたからではない。栗鼠山の体から、何かが出てくるのが見えたからだ。
ズズズズズと栗鼠山の体から、彼女の倍はあろうかという『化物』が飛び出してきた。
栗鼠山から出てきた『奇妙な生物』は体つきと尾は栗鼠だが、手には、まるで虎の様に鋭い爪が生えていた。目つきは鋭く、口には鋭い牙が上下に二本、計『四本』生えている。
体色は虎の様に、黄と黒の縞模様となっていた。
その『化物』はまるで、『栗鼠』と『虎』を掛け合わせたような体をしていた。
栗鼠は突如凶暴化することがある。そして、凶暴化した状態の栗鼠は、こう呼ばれている。
『タイガー』と。
「それが貴方の中にいる本当の『奇妙な生物』ですか」
波布は栗鼠山の中から出てきた『奇妙な生物』を観察するようにじっと見つめる。栗鼠山は怨嗟のこもる声で呟いた。
「……殺す!」
栗鼠山の体の中にいる栗鼠と虎を掛け合わせたような『化物』は波布が言う通り、相手に幻覚を見せる能力がある。そして、『化物』が作り出す幻覚を見せられた脳は、それが現実のものだと思い込む。その結果、肉体にまで強い影響が現れる。
『化物』が火の幻覚を作り出したとする。その火の触れた者は実際に熱さを感じ、火傷の痕が体にできる。水の幻覚の中に沈められた者は呼吸が出来なくなる。
そして、『白い大蛇』に締め付けられる幻覚を見せられた場合は、体を動かすことが出来なくなってしまい、さらに強く締め付けられれば、思い込みによって骨も砕けてしまう。
奏人は栗鼠山の中にいる『化物』の能力を知っていた。だから、奏人は『白い大蛇』の幻覚から必死に逃げたのだ。
奏人が屋上に追い詰められた時、『白い大蛇』が雨牛の姿に変わったのも栗鼠山が『白い大蛇』の幻覚を雨牛の幻覚に変えたからだ。
幻覚を相手に見せるためには、一度、栗鼠山が対象者に触れる必要があるが、一度触れさえすれば、好きな時に相手に幻覚を見せることが出来る。
しかし、この力には二つの弱点がある。
まず、幻覚は複数の人間に同時に見せることは出来ない。
もし、複数の人間に同時に幻覚を見せようする場合には、他人のイメージの力を借りる必要がある。
雨牛と波布と鰐淵に同時に幻覚を見せた際には、奏人のイメージの力を借りた。
鰐淵が襲われた場所が学校の屋上だったのは、奏人が雨牛と出会った屋上を強くイメージしたからだ。
しかし、栗鼠山は奏人と雨牛が通っていた中学の屋上を知らなかったため、栗鼠山と奏人のイメージが混じり雨牛と奏人がいた中学の屋上ではなく、『高校の屋上で白い大蛇がいる』幻覚になった。
二つ目の弱点は、栗鼠山が見せたい幻覚を上手くイメージ出来なければ、その幻覚を見せられないということだ。また、上手く幻覚をイメージできたとしても、何らかの理由で栗鼠山がその幻覚をイメージ出来なくなったり、その存在を否定した場合にも、その幻覚は消滅してしまう。
先程、波布の言葉によって『白い大蛇』の幻覚が消滅してしまったように。
栗鼠山は最初、波布が鰐淵を傷付けたように雨牛に見せつけようとした。しかし、それならば、雨牛には『波布が鰐淵を襲う幻覚』見せればいい。『白い大蛇が鰐淵を襲う所を雨牛君に見せる』という回りくどい幻覚を見せる必要はない。
だが、栗鼠山にはそれが出来なかった。
栗鼠山が相手に幻覚を見せるには、見せたい幻覚を上手くイメージしなければならない。
雨牛の姿は目を瞑っていてもイメージ出来る。『白い大蛇』も外見だけなら、イメージすることはそう難しくはない。
しかし、ほんの少しか会ったことのない波布を上手くイメージすることが出来なかった。だから、栗鼠山は波布の姿をした幻覚を作らず、『白い大蛇』の幻覚を用いて、雨牛が波布を疑うように仕向けた。
ただ、『白い大蛇』について再現できたのは外見だけで、口の中までは再現できなかった。栗鼠山は雨牛君ほど、動物に詳しくない。
栗鼠山は奏人から波布の『白い大蛇』について聞いた。だが、奏人も波布の『白い大蛇』の口の中に牙があったかどうかまでは見えなかった。波布の『白い大蛇』が奏人の『カナヘビ』に襲い掛かったのは一瞬の出来事だったので、そこまで見えていなかったのだ。
だから、栗鼠山にも波布の『白い大蛇』に牙があるのかどうかまでは分からなかった。外見だけはイメージ出来ても、栗鼠山は波布の『白い大蛇』の牙の有無や、それが何本あるのかということだけは、想像に頼るしかなかった。
そこで、栗鼠山は自分の中にいる『化物』の牙を参考にして、『白い大蛇』をイメージした。栗鼠山の『化物』には四本の牙ある。だから、『白い大蛇』の幻覚にも四本の牙をつけてしまった。
(どうする?)
近づいて来る波布を見ながら、栗鼠山は考える。
イメージを崩されてしまった『白い大蛇』の幻覚はもう使えない。それに、波布はもう既に、幻覚は栗鼠山が上手くイメージ出来なければ使えないという弱点を見抜いている。
どんな幻覚を使っても波布の『言葉』によって否定されてしまえば、その瞬間、幻覚は消えてしまう。
栗鼠山が考えている間にも波布は栗鼠山との距離を縮める。
「シャアアアア!」
波布と栗鼠山の距離がある程度まで近づいた時、波布の隣いた『シロちゃん』が大きく口を開け、襲い掛かってきた。
(くそ!まだ、考えがまとまってないのに!)
栗鼠山は咄嗟に炎の幻覚を作り、『シロちゃん』に浴びせた。
「シャアアアア!」
しかし、『シロちゃん』は炎の幻覚をものともせずに、栗鼠山の『化物』に襲い掛かる。栗鼠山の『化物』は大きく跳び上がると、『シロちゃん』の攻撃を躱し、逆に『シロちゃん』に噛みついた。『シロちゃん』から青い血が飛び散る。
「シャアアア!」
噛みつかれた『シロちゃん』は体を大きく動かし、栗鼠山の『奇妙な生物』を振りほどく。しかし、振りほどかれても栗鼠山の『奇妙な生物』は『シロちゃん』の攻撃を躱しながら、またしても噛みつく。
「はっははははは!」
常人には見えない二匹の『化物』の死闘を見ていた栗鼠山の口から笑い声が漏れる。
どうやら、栗鼠山の『化物』が作り出す幻覚は人間には効いても『化物』には効かないようだ。
(でも、例え幻覚は効かなくても、私の『化物』の方が強い!)
波布に幻覚を破られた時は驚いたが、状況は再び自分の方が有利になった。栗鼠山はニヤリと口を歪め、戦う二匹の『化物』から波布に視線を移した。
その瞬間、何かが栗鼠山の顔に直撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます