第25話 初恋

 私は雨牛君を愛している。

 彼は私のもの。私は彼のもの。ずっと、ずっとそうだった。


 栗鼠山が三歳の頃、彼女は車に跳ねられ、大怪我を負った。

 幸いにも一命を取り留めた栗鼠山だったが、怪我が治ると、彼女の目には『怪物』が映る様になっていた。『怪物』が見えることは両親には言ったが、全く信じてくれなかった。

 特にショックは受けなかった。「じゃあ、もう誰にも言わないようにしよう」そう思っただけだった。

『怪物』が見える様になり、危ない目に遭うこともあったけど、特に問題はなかった。

 栗鼠山の中には既にある『怪物』入っており、それで身を守ることが出来たからだ。


 栗鼠山が雨牛と出会ったのは六歳の頃だった。


  雨牛を見た瞬間、栗鼠山の体に雷が落ちたような衝撃が走った。

  一目ぼれだった。そして、初恋だった。

  初めて見る男の子なのに、一目見ただけで栗鼠山は雨牛に恋をした。


  ありったけの勇気を振り絞って栗鼠山は雨牛に「友達になって」と言った。

  雨牛は直ぐに「うん、いいよ」と笑顔で返した。

 

 栗鼠山と雨牛はよく一緒に遊ぶようになった。しかし、小学校で男女が仲良くしていれば、からかいの対象になる。

 案の定、栗鼠山と雨牛も直ぐに、クラスメイトにからかわれ始めた。

 暫くすると、徐々に雨牛は栗鼠山を避ける様になった。からかわれるのが恥ずかしかったし、自分と一緒にいることで栗鼠山も嫌な思いをすると思ったのだ。

 だが、栗鼠山はそうは思わなかった。

「雨牛君に嫌われた」

 クラスメイトにからかわれたせいで、雨牛は自分のことを嫌いになった。そう思ったのだ。


 ある日の放課後、雨牛と栗鼠山の仲をよくからかっていた男の子三人が学校の階段から落ちた。


 男の子達は、救急車で運ばれたが、全員そのまま息を引き取った。

 階段の上で、ふざけて遊んでいた時、誤って落ちてしまったのだろうとされ、事故として処理された。

 その後、また暫くして雨牛と栗鼠山は一緒に遊ぶようになった。

階段から落ちた男の子達は雨牛と栗鼠山と率先してからかっていた。その子達がいなくなったことにより、雨牛と栗鼠山をからかう者がいなくなったからだ。


 小学校二年生になると、雨牛に栗鼠山以外の女の子の友達ができた。その女の子は明らかに雨牛に好意を抱いていた。

 その女の子は、ある雨の強い日、増水した川に落ちて亡くなった。目撃者によると、女の子は自分で川に飛び込んだという。

 女の子は原因不明の自殺とされた。


 小学三年生になった時、栗鼠山は雨牛とは別のクラスとなった。雨牛のクラスは若い女性の教師が担任となる。

 担任の女性は生徒全員に優しく、雨牛も彼女のことが好きだった。

 ある蒸し暑い日、担任の女性が住んでいる家が火事となった。家は全焼、担任の女性とその夫、さらには子供二人が火事により、死亡した。

 火元はライターによるものと分かり、火を点けたのは担任の女性であると断定された。

 幸せだった担任の女性が何故、自宅に火を点けたのか?はっきりとした理由は分からなかったが、結局、ノイローゼによる無理心中とされた。


 その後も栗鼠山の周囲では、不審死が多発することになる。

 栗鼠山が高校生になるまでの間に、彼女の周りで死亡した人間の数は優に二十人を超えていた。


「大変だったよ。『化物』の力があるとはいえ、雨牛君に気付かれないように害虫を始末するのは」

 全く、それもこれも、彼が素敵過ぎるのが悪いんだよ。と栗鼠山は溜息を付く。

「どんなに駆除してもまるでゴキブリみたいに色んな女が彼に寄って来るんだもの。そのせいで、定期的に害虫を駆除しなければならないんだから。嫌になっちゃう。でも、仕方ないよね」

 栗鼠山はニヤリと笑う。

「あんなに素敵な人が私のものなんだもん。害虫駆除は雨牛君と一緒にいられる対価として、私に課せられた義務で、使命なんだよ。きっと」

 栗鼠山は、うっとりした表情を浮かべる。

「私は、彼が好き」

 栗鼠山はポツリと呟くと、洪水の様に言葉を吐きだし始めた。


「彼の目が好き。鼻が好き。耳が好き。口が好き。歯が好き。舌が好き。髪が好き。爪が好き。手が好き。足が好き。肌が好き。骨が好き。胃が好き。横隔膜が好き。肝臓が好き。膵臓が好き。腸が好き。胆嚢が好き。膵臓が好き。肺が好き。心臓が好き。脳が好き。心が好き……彼の頭のてっぺんからつま先まで全部好き。『好きだ』『好きです』『恋している』『愛している』『懸想している』どんな言葉でも表せないくらい好き。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!」

 まるで、世界中に叫ぶかのように「好き」と連呼し続ける。

「でも、まだ足りない。もっと彼が欲しい。欲しい!欲しい!!欲しい!!!欲しい!!!!欲しい!!!!!欲しいい!!!!!!だから!!!!!!」

 栗鼠山の周りの空気が一変した。先程まで熱かった空気が一気に氷点下まで下がる。栗鼠山は波布に向けて、ゆっくりと手を伸ばした。


「邪魔する者は……全員殺す!」


 波布に巻き付いていた『白い大蛇』の締め付けが急激に強くなった。

「シャガアガ!」

 波布の中から出ている『シロちゃん』が苦しみだした。どうやら波布の痛みが伝わっているようだ。

 波布は締め付けられながらも言葉を絞り出す。

「ここで……私を……殺せば……貴方に……疑いが、掛かると思い……ますけど?」

「そんなこと言っても無駄だよ?」

 栗鼠山の口の端がニイイイと上がる。

「さっきも言ったけど、私はこの辺の防犯カメラの位置は全部調べてる。この近くに防犯カメラはない。学校からここまで来る間にも、防犯カメラはなかった。それに、私と貴方が一緒に歩いている所も誰にも見られてない!」

 栗鼠山はこの建物に来るまでの間、常に周囲を警戒していた。しかし、不思議なことに道中、誰にも会うことはなかった。

 まさに、幸運。高額の宝くじに当選するかのような千載一遇のチャンス。栗鼠山はこの幸運を天からの啓示だと解釈した。

 雨牛君を横取りしようとする者は殺せ。と天が命じているのだ。

「貴方を殺した後、誰にも見られないように私は此処から出る。貴方の死体を調べても、私が殺した証拠は出ない!だから、私が疑われることもない!!」

 目撃者もおらず、死体からは証拠も出ない。

何故、こんな場所で波布が死んでいるのか警察は疑問に思うかもしれない。しかし、疑問に思いながらも警察は最終的に事故、または病死として事件を処理するだろう。今までの様に。

「色々と話してくれてありがとう、波布さん。でも、もう用済みだから死んでいいよ!」

『白い大蛇』の締め付けはさらに強くなり、波布の全身の骨がきしむ音も大きくなる。


 だが、

「……」

 波布の表情はいつもと変わらない。全身に激痛が走っているにも拘わらず、波布は表情一つ変えなかったのだ。


(……なんで?)

 変わらない波布の表情に栗鼠山はほんの少しだけ、動揺した。

栗鼠山は『白い大蛇』の締め付けをさらに強くする。それでも、波布は表情を変えない。

(なら……これならどう!?)

『白い大蛇』の頭を波布の真上に移動する。

ガパッと『白い大蛇』は口を大きく開けた。その口の中には四本の長い牙がある。

後は、栗鼠山が命令すれば、『白い大蛇』は波布に四本の牙を突き刺す。波布は心の中で強く念じた。

(コロ……)

「一つだけ、貴方に大事なことをお教えします」

 栗鼠山が心の中で命じるよりも早く、波布が口を開いた。栗鼠山からの命令が途中で止まったため、『白い大蛇』は口を開けたままの状態で動きを停止する。

(何だ……命乞いか?それとも時間稼ぎか?どうする?話を聞くか?それとも、聞かない方がいいのか?)

 話を聞くか聞かないか栗鼠山は一瞬、迷う。その間に、波布が言葉を発した。


「蛇に牙は四本もありませんよ?」


 一瞬、場が静寂に包まれた。

「今……なんて言ったの?」

「『蛇に牙は四本もない』と言いました」

 目を見開く栗鼠山に、波布は淡々と語る。

「たしかに蛇にも『歯』はあります。しかし、『牙』は『上顎に二本』しか生えていないのです」


 獲物を丸呑みにする蛇だが、実は歯はある。

 その歯は『肉を噛み切る』ためでも『肉をすり潰す』ためでもなく『捕えた獲物を逃がさない』ために存在している。

 蛇の歯は上顎と下顎、それぞれに内側に向いて並んで生えている。この歯が『返し』となり、飲み込んでいる獲物が逃げるのを防いでいる。

 

 さらに『歯』とは別に長い『牙』を持っている蛇もいる。『毒蛇』だ。


『毒蛇』は長い牙を相手に突き刺し、毒を注入する。

 ただし、この『長い牙』は『飲み込んでいる獲物を逃がさないための歯』とは違い『上顎に二本』しか生えていない。

 蛇の『牙』は下顎には生えていないのだ。


「ですから、長い牙が上下に『四本』あるこの『白い大蛇』は間違っています」

 波布は自分に巻き付いている『白い大蛇』の口の中を見る。『白い大蛇』の口の中の牙は上顎だけではなく『下顎』にまで二本生えていた。


「……そ、それがどうしたの?この『怪物』は本当の蛇じゃない。牙が四本あったって、何もおかしくは……」

「雨牛君もおかしいと言っていました」

「えっ?」

「雨牛君も『蛇に牙が四本あるのはおかしい』とおっしゃったのです」

 栗鼠山の体がビクリと大きく跳ねた。


「そういえば、私が『鰐淵先輩を襲った犯人』ではないと、どのように雨牛君に証明したのか、まだ言っていませんでしたよね」

 波布は栗鼠山の困惑を無視して、話し始める。

「実は、以前、雨牛君も此処にお招きしたことがあるのです」

 雨牛に鰐淵を襲った犯人ではないかと疑われた後、波布は雨牛を此処に連れてきた。

「この部屋で私は『彼』を威嚇する『シロちゃん』を雨牛君に見せました」

波布の言う『彼』とは、先程まで、この部屋の中にいた六本の足と三本の尾、牛の角と猫のような顔を持つ『奇妙な生物』のことだ。

「『シロちゃん』は私が『彼』を見ると、いつも私の中から出てきて『彼』を威嚇します。口を大きく開けて」

 栗鼠山はつい数十分前のこと思い出す。

 この部屋に入ってきた時、確かに『シロちゃん』は波布の中から飛び出し、大きく口を開けて、あの『怪物』を威嚇していた。

 栗鼠山は「はっ」となり、波布の隣にいる『シロちゃん』を見る。『シロちゃん』はあの怪物にしていたのと同じように、口を大きく開け、栗鼠山を威嚇していた。


 大きく開いている『シロちゃん』の口の中に牙はない。


「雨牛君が私を『鰐淵先輩を襲った犯人』ではないと信じてくださったのは、鰐淵先輩を襲っていた『白い大蛇』には牙があったのに対して、私の『シロちゃん』には牙がないことを確認したからなのです」


 奏人が『カナヘビ』を操ることが出来たのに対して、波布は『シロちゃん』を操ることは出来ない。『シロちゃん』が波布の中から出てくるのは、獲物を捕らえる時と、外敵を威嚇する時だけだ。

 だから、波布は雨牛を此処まで連れてくる必要があった。雨牛に『シロちゃん』の口の中を見せて、牙の有無を確認させるために。


「雨牛君は、鰐淵先輩を襲った『白い大蛇』には長い牙が四本あったと言っていました。ですから、直ぐに鰐淵先輩が襲った『白い大蛇』と『シロちゃん』が別のものだと理解してくださったのです。『蛇に牙が四本もあるのはおかしいと思ったからよく覚えている』と雨牛君はおっしゃっていました」

「……ッ!」

「さて、栗鼠山さん」

 波布は、真っ直ぐ栗鼠山の目を見る。

「雨牛君が『おかしい』と言ったこの『白い大蛇』の存在を貴方は認めますか?」

 栗鼠山は頭を抱えて混乱する。

「雨牛君が、そんなことを?でも、私のは……あれ?蛇は違うの?あれ?」

 その時、グニャリと『白い大蛇』が大きく歪んだ。

「あ!」

 栗鼠山が『白い大蛇』の異変に気付く。栗鼠山は慌てて「その女を殺せ!」と叫んだ。

 だが、『白い大蛇』は動かない。栗鼠山は「殺せ!」「殺せ!」と何度も叫ぶ。

「無駄です」

 波布がポツリと呟いた。

「雨牛君が『おかしい』と言ったこの『白い大蛇』を貴方は心の中で否定しました。貴方は、もうこの『白い大蛇』を正しくイメージすることは出来ません」

「……ッ!」

『白い大蛇』の歪みは、ますます酷くなっていく。そして、ひときわ大きくグニャとその存在が歪んだ。


『白い大蛇』は、まるで息を吹きかけられたロウソクの火のように、フッと消えてしまった。

「ああ!」

 栗鼠山は困惑した様子で両手を顔にやる。


「さっきまで、私を縛っていた『白い大蛇』、あれは貴方が作り出していた幻覚ですね?」


『白い大蛇』が消えたことにより、呪縛から解かれた波布は腕や首を動かし、骨折などがないかを調べる。

 どこにも異常がないことを確認すると、波布は再び栗鼠山に向かって話し始めた。

「貴方の中にいるのは『白い大蛇』ではない。別の『奇妙な生物』がいるはずです。その『奇妙な生物』が『白い大蛇』の幻覚を見せていた。鰐淵先輩を襲い、奏人さんを自殺に追い込んだ『白い大蛇』も同じく貴方が見せた幻覚です」


「違いますか?」と波布は首を傾けた。

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