ダイアンの決意(後)

     ◆


 ダイアンは荷物を取りに東棟ひがしとうの一室へ戻った。


 建物内の人たちはほぼ避難を済ませたが、上層階じょうそうかいに取り残されて、部屋に立てこもっているのが若干名じゃっかんめいいる。


 屋内おくないはゾンビがさまよい歩いてばかりだが、活動的なゾンビが外へくりだしたため、残っているのは比較的おだやかだ。


 避難生活の疲労から、トーマス夫妻はかすかに体をゆらしているだけで、その場から動かない。ポールだけは室内をフラフラと歩いていた。


 彼らの視界に入らないよう、慎重しんちょうに荷物の置き場所へ向かう。助けてあげたい。強烈な思いにかられたが、今の彼女にできることは何もない。


 部屋を後にしたダイアンは、東棟を出てから宮殿きゅうでんの裏手へ向かった。


 布でくるんだだけの簡素かんそ梱包こんぽうをとく。姿を現したのは、『転覆てんぷく』前に宮殿から持ちだした巫女みこ時代の所持品しょじひんだ。


 十数年間、ただの一度もそでを通すことのなかったドレスと、銀製のティアラ。巫女と呼ばれていた当時、式典しきてんの際に、必ず着用ちゃくようしていたお気に入りだ。


 あと一つは、普段はルーを呼び寄せるのに用いていた、先端せんたんに鈴のついた『王笏セプター』だ。かつては常に手にたずさえ、巫女の象徴しょうちょうとも言える代物しろもので、神器じんぎの一つにも数えられる。


 ダイアンは意を決してドレスへ着替えた。自身が巫女であると証明するには、これしか思い当たらなかった。


 元々着ていたワンピースをしまう時、ウォルターからプレゼントされたブローチが目にとまった。しばらく目を投じた後、それをドレスへ付けかえた。


 ちょうど彼女が着替え終えた時、上空じょうくうからルーが飛来ひらいした。


「おじょうちゃん、そんな格好をしてどこへ行くつもりだ?」


「だいたいわかるでしょ」


「まさか、正体をバラすんじゃないだろうな?」


「そのまさかよ」


「どういう風の吹き回しだ? 十数年間、あのせま苦しい部屋でガマンしてきた苦労が、全部水のあわになるじゃないか」


「わかってる。でも、ウォルターが戦っているのよ。ウォルターだけじゃない。みんな戦っているの。私だけ、いつまでも隠れ続けているわけにいかないじゃない」


 ルーがわざとらしくため息をついた。


「いつから、そんな物分ものわかりの悪い子供みたいになった。いっときの感情に流されちゃいけない。今のお嬢ちゃんは無力だ。結局、誰かに守ってもらわなければならない。いったい、誰に守ってもらうと言うんだ」


 それがダイアンにとって唯一の心配の種だ。


「あの小僧こぞうに守ってもらうか? お嬢ちゃん。前にも言ったが、あいつはクセェ。あいつはクセェんだよ。お嬢ちゃんなら、俺の言っている意味がわかるだろ?」


 ルーの言う『クサい』がどういった意味か、ダイアンは理解している。


 ウォルターが身に宿す存在がどういったもので、それが自身の追い求めていた敵であることもわかっていた。ただし、姿形すがたかたちや能力については『誓約せいやく』の影響で記憶から失われている。


「でも、〈転覆〉エックスオアーについて知っているのはわたしだけなのよ。それに一部の力をあの子にたくしてあるの。たぶん、あの子はおぼえていないだろうから、それを伝えなきゃいけないし」


「わかったわかった。じゃあ、俺が一緒に行ってやるから、勝手にどこかへ行かないようにな」


     ◆


 ダイアンは大会堂だいかいどうをかけぬけ、議場ぎじょうのある宮殿二階へ直行ちょっこうした。扉の両脇には見張りの魔導士が二人ひかえていた。


「ご苦労様」


 ダイアンはサラッと声をかけて、議場へ足をふみ入れた。あまりに堂々とした振る舞いに、見張りの二人は何の疑問もいだかず、背筋をのばして素通すどおりさせてしまった。


「あ、あの……」


 しばしの間を置いて、おかしさに気づいた見張りの二人が、後を追って議場へ入る。中にいた議員たちもダイアンの存在に気づいた。


 議員たちはいつでも逃げられるようテーブルを離れていたが、大会堂でいっせいにゾンビ化が始まったとの一報いっぽうを受け、全員この場にとどまった。


 ジェネラルは意識を失っていたが息はあり、控えの間に運び込まれた。


「……何だね、君は?」


「状況を説明して」


 議員たちは面食めんくらって、議場は沈黙につつまれた。ダイアンには彼らが圧倒されるだけの威厳いげん風格ふうかくがあった。


「巫女……」


 ほどなく、議員の一人が口走くちばしった。


 ダイアンは白いドレスを身にまとい、頭頂部とうちょうぶにティアラを輝かす。そして、『王笏セプター』――神器の一つを手にたずさえている。


 現存げんぞんする数点の絵画かいがにおいて、巫女は決まってこの服装でえがかれていたため、この姿が目に焼きついている者は多かった。


「もしかして、巫女でしょうか……?」


「そうよ」


 議員たちがいっせいにざわついた。


「今までどこにいらっしゃったのですか」


「ごめんなさい、深い事情があったの。それは後で説明するわ」


「巫女が来てくださった」


「これでひと安心だ」


 議員たちが口々に歓喜かんきの声を上げたが、彼らの期待に応えることができないため、ダイアンは後ろめたい気持ちになった。


「敵の手により、『転覆の魔法』が解除されてしまったようです。我々がふがいないばかりに、このような事態に……」


 ダイアンはまゆをひそめた。『転覆の魔法』――〈転覆〉エックスオアーは簡単に解除できるものではない。どういった手段を用いたのか、予想がつかなかった。


 また、『転覆』前に、この国に対して〈転覆〉エックスオアーを使ったことはおぼろげにおぼえていたが、くわしい経緯けいいは思いだせなかった。


「誰の仕業しわざかわかっているの?」


 ダイアンは答えようとした議員に顔を向け、〈読心〉マインドリーディングで心を先読みした。


辺境伯マーグレイヴなのね?」


「は、はい……。よくご存じで」


「あとは学長がくちょうも一緒に……、学長はご存じですか?」


「パトリックのことね」


「それもご存じでしたか」


 ダイアンが巫女であることを、今や誰一人として疑っていない。何もかも見通みとおすような瞳に、畏怖いふの念ををいだく者も多かった。


「二人はまだ上にいるのね」


「はい。先ほど〈とま〉にのぼってから、まだ下りてきておりません」


 辺境伯は信頼を置いていた部下だが、その身に何かがあったのは想像にかたくない。力を失った現状においては危険な敵だ。


 ダイアンは頭上ずじょうを見つめた。自身の無力さを思い知り、しばらく迷っていたが、〈止り木〉へ向かうことに決めた。


「お前たち、おともをしないか!」


「は、はい!」


 議場の奥へ向かったダイアンを、見張りの二人が追いかける。扉の近くで待機していたルーも、議員たちの頭上を飛び越え、ダイアンの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る