トランスポーター(後)

     ◆


「そっちにも仲間が一人いるという話じゃなかったか? 今はどこにいるんだ?」


 スプーはこの場に来ていない。さらに言えば、彼らの前に一度も姿をさらしていない。彼らと協力関係を結ぶ交渉も、ネクロに一任いちにんしていた。


 スプーたちは『うつわ』を乗りかえる可能性があり、極力きょくりょく姿をさらさないようにしている。特に、能力が通用しない『最初の五人』が相手の場合、細心さいしんの注意が求められる。


「彼はひと足先にレイヴンズヒルへ潜入せんにゅうしております」


「どんな男なんだ? 名前すら聞いていないぞ」


「彼には『扮装ふんそう』する能力がございますから、見る人、時間によって様変さまがわりいたします。きっと、お二方ふたかたかげながら支えてくれると思いますよ」


「つまり、その何をしてくれているかもわからない男に、僕らは陰ながら感謝しなければならないわけか」


 トゲトゲしく言ったトランスポートが、反応を確かめるようにネクロを一瞥いちべつする。ネクロは深々ふかぶかとフードをかぶっている上に、ヒドく腰がまがっているので口元しかうかがえない。


(気に食わない男だ)


 ほのかな敵意を感じたネクロが、わずかに口元をゆがめた。ただ、トランスポーターが共同作戦に強硬きょうこうに反対した話を伝え聞いていたので、特段気にかけなかった。


 実際、トランスポーターはネクロに明確な敵意があった。そして、相手にある疑いをいだき、作戦が終わるまでにそれを確かめるつもりでいた。


「そちらも、もう一人いらっしゃるという話ではなかったですか? ほら、女性の」


「サイコは南部で反乱を起こした後、こちらと合流ごうりゅうする予定だったが、連絡が取れない。〈立法ローメイク〉が解除されていないから、生きているとは思うが、予定外のことが起きたのかもしれない」


「それは心配ですね」


「向こうに直接行ったのかもしれないな」


 トランスポーターが無関心そうに言った。ネクロに対して同様、サイコにも拒否感をいだいている。いなければいないほうがいいとすら思っていた。


 辺境伯マーグレイヴも元々はこの国の魔導士。破壊や殺戮さつりくをともなう作戦にどこまで本気なのか。始めから裏切る予定ではないかと疑っていた。


 こんな作戦に真剣に取り組むのもバカらしい。トランスポーターはその思いを強くしたが、そもそも彼は、始めから作戦の失敗を願っていた。


     ◆


 その一番の理由がこれだ。かつての彼は、〈侵入者〉に対して厳格げんかくなルールをしていた。


 食料は現地げんち調達ちょうたつする必要があり、盗みについては容認したが、その他の犯罪――特に殺人は言語ごんご道断どうだんだと厳命げんめいした。ただ、彼は平和主義者でも高潔こうけつな人間というわけでもない。


 悪事を働けば、相手の警戒がきびしくなるという現実的な判断からだ。事実、相手の〈侵入者〉に対する危機意識は、最近まで低く、活動は比較的自由に行えた。


 〈侵入者〉へ具体的な指示を出さなかったが、なるべく国家の中枢ちゅうすうに近い場所――レイヴンズヒルでの情報収集を求めた。


土木どぼく工事の作業員として、レイヴン城内に入ることに成功しました。ただ、巫女みこの情報は何一つ手に入りませんでした」


 そういった〈侵入者〉からの報告に一喜いっき一憂いちゆうした。彼はゲームを攻略するような感覚で〈侵入者〉を送り込んでいた。


 やがて、ルールは彼のポリシーとなった。『盟約めいやく』に加わる際は、ローメーカーにルールの厳守げんしゅという条件をつけた。そのかいあって、以後も穏健的おんけんてき手法しゅほう踏襲とうしゅうされた。


 だからこそ、彼は今回の作戦に猛反対した。ドワーフの反乱という国家の存亡そんぼうに関わる事態が発生したとはいえ、約束が反故ほごにされたことに怒りを感じた。


 正面きっての全面戦争。こんな野蛮やばん無粋ぶすいな作戦で何かが変わるのなら、自身の送り込んだ〈侵入者〉が、とっくに『転覆てんぷく巫女みこ』を見つけているはず。


 彼は作戦に深く足をつっ込む気はさらさらなく、失敗を織り込んだ上で、一歩引いて行動するつもりだった。


     ◆


「君は、何年か前に会った時とずいぶん印象が変わったな」


「そうですか? まあ、数年もすれば人は大きく変わるものですよ」


 その時もネクロは顔を隠していたが、当然、『器』は異なる。怪訝けげんなまなざしを向けられ、話をそらした。


「それより、トリックスターの相手はお一人で大丈夫ですか?」


「大丈夫さ。僕は『最初の五人』だから、彼の能力は通じない」


「それは早とちりです。トリックスターの力は空間に適用されますから、あなた自身に効果がなくとも、周囲にエーテルがなければ能力は発動できません」


 予想外の事実を知り、トランスポーターは黙りこくった。ただ、厄介やっかいな話と思いながらも、深刻にとらえなかった。なぜなら、トリックスターと戦う気は毛頭もうとうなかったからだ。


 トリックスター――ウォルターの情報は、出発の数日前に、サイコの部下から彼らにもたらされた。


 なぜか、胸が高鳴った。顔すらおぼえていないが、相手は『転覆の巫女』打倒のために立ち上がった同志。会いたいという気持ちが日に日に強まった。


(どんな人だろうか。何だか、彼とは気が合いそうな気がする)


 根拠こんきょのない思いが胸に芽ばえた。きれいさっぱり失われた『最初の五人』だった時の記憶。それがこんな気分にさせるのか。そんなことを考えながら、感慨かんがい深げに遠くを見つめた。


(『転覆の巫女』を追いつめたという彼の協力があれば、あの計画を実現できる。僕たち五人がもう一度力を合わせる日が来るかもしれない)


 作戦開始を目前もくぜんに控えながらも、トランスポーターはそのことで頭がいっぱいだった。

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