あの御方

     ◆


 何度も『転送てんそう』をくり返したすえ、コートニーは森の中へ連れ込まれた。


 そこは静寂せいじゃく暗闇くらやみにつつまれ、時おり鳥の鳴き声が不気味ぶきみにひびくのみ。木々きぎのすき間から、わずかに月の光がさし込んでいるが、普通に歩くのも困難なほどだ。


 ウォルターの推測通り、サイコは死体の場所へ向かっていた。歩くことはせず、慎重に足場あしばを選びながら、まめに『転送』をくり返した。


 相手の目的も、どこへ連れて行かれるのかも、コートニーは知らない。ただではすまないと覚悟していたが、望みがないわけではない。彼女には心強い命綱いのちづながあった。


『ウォルターがすぐにそっちへ行くから、時間をかせいでほしいって』


『わかった』


 そうスージーに返答したが、力で反抗すればサイコの逆鱗げきりんにふれ、かえって事態が悪化しかねない。ふと相手の顔をうかがった。


 すると、〈分析〉アナライズが使えることに気づいた。


 相手と接触していたため、しくも詳細情報の参照さんしょうが可能だ。奇妙な情報がズラリとならび、コートニーは目を疑った。


 最も不可解ふかかいなのは性別と年齢が『不明』と表示されていること。さらに、能力の多さも目を引いた。時間かせぎのため、情報を読み上げることを思いついた。


種族しゅぞく……エーテリアル? 身長9センチ、体重0.2キロ……」


 見知らぬ種族名にデタラメな身長と体重。コートニーは困惑したが、それはサイコも同様だ。この人間はなぜ自分の正体を知っているのか。おたがいに眉をひそめながら、顔を見合わせた。


「あなた、何を言っているの……?」


「……あなたのこと」


 ひるんだ様子もない、まっすぐとした受け答えに、サイコのほうがうろたえた。動揺のあまり、口をポカンと開けてかたまった。効果があるとふみ、コートニーは読み進めることに決めた。


「〈念動力サイコキネシス〉、〈立法ローメイク〉、〈交換〉エクスチェンジ、〈一極集中コンセントレート〉、〈千里眼〉リモートビューイング、〈不可視インビジブル〉、〈転送〉トランスポート


 いかなる理由で、七つも能力を持っているのか。コートニーは読み上げるだけで恐ろしくなった。相手が敵として目の前にいることを考えると、その感情がいっそう強まった。


 コートニーは下の表示へ目を移した。現在かけられている能力が三つ表示されていた。


『能力:〈交換〉エクスチェンジ 術者:サイコ』

『能力:〈立法ローメイク〉 術者:ローメーカー』


 三つ目の表示は『アクセス権限けんげんがありません』となっていた。同様の表示がウォルターとパトリックに複数見られたことを、コートニーは思いだした。


 サイコが七つの能力を持つことは〈外の世界〉でも有名な話。知っていても、当てずっぽうでもおかしくない。


 しかし、『エーテルの怪物』であることや、現在かけられた能力を、偶然言い当てるのは奇跡きせきひとしい。


 サイコは確信した。この人間は能力を持っている。しかし、それを受け入れるには越えなければならない壁があった。


「あなた、どうして能力を……。まさか、『あの御方おかた』から……」


 サイコの生みの親である『あの御方』は、数多あまたの能力を生みだした。それができるのも、それを他者たしゃさずけられるのも『あの御方』しかいない。


 ただ一人、巫女みこという例外はいるが、能力を持つ者は、全て『あの御方』の手足てあしとなって働く下僕しもべであるはず。サイコはそうかたく信じていた。


     ◆


 サイコが唐突にコートニーの手を放した。禁忌きんきをおかしたような、あるいはあるじにたてついたような気分にさらされたからだ。


(もし、『あの御方』が能力をお授けになったのなら、何か深いお考えがあってのこと。この子を『うつわ』にしていいわけがない)


 サイコは『あの御方』の〈使い魔デーモン〉だが、具体的な命令は受けていない。今は自発的じはつてきかつ自己判断で主のために動き続けている。


 『あの御方』は徹底的てっていてきな秘密主義だ。そして、人を影からあやつるのを好んだ。


 インビジブル――その能力を手に入れた辺境伯マーグレイヴが、〈外の世界〉にやって来た時、『あの御方』がサイコのもとに現れた。


「インビジブルは使える男だ。ローメーカーとの間を取り持つように」


「これからどこへ?」


「ある男をさがしに行ってくる。しばらく戻らない」


 そう言い残したきり、またどこかへ行ってしまった。それ自体じたいが数年ぶりの再会だったにも関わらず、それから一度も姿を見ていない。今、どこで何をしているかも知らなかった。


 十年来、サイコはローメーカー――『最初の五人』の一人を中心とした陣営じんえいにもぐり込んでいる。同じ主をいただくスプーやネクロとは、基本的に別行動をとっていた。


 先日、〈外の世界〉に来たネクロとは顔を合わせる機会があったが、スプーとはへだたれた別々の国を拠点きょてんとしていることもあり、長らく顔を合わせていない。


     ◆


 コートニーが徐々に後ずさった。うわの空のサイコは何も行動を起こさない。


 その時、骨のずいまで油断していたサイコの脇腹に、強烈な『かまいたち』が直撃した。ものの見事に吹き飛ばされ、無様ぶざまに地面をころがった。


「ウォルター!」


 足もとに注意をはらいながら、コートニーがかけ寄っていく。ウォルターも敵を警戒しながら、少しずつ近づいていき、段差だんさの上から目いっぱいに手を差しのべた。


 コートニーを引き上げ、しっかりと抱きとめた。二人は手を取り合ったまま、安堵の表情を見せた。


「大丈夫でした?」


「うん」


 二人を黙って見つめていたサイコの頭は、ある疑念ぎねんで埋めつくされていた。


(まさか、あの男の中にいらっしゃるのでは……)


 ありえない話ではない。『あの御方』がサイコたちを生みだす前、巫女打倒のため、能力を与えて手先にしたのが『最初の五人』。その中でも、トリックスターは一番の功労者こうろうしゃだった。


 そして、二十年近く行方知れずだった男が、突如として姿を現した。その上、周囲に未知みちの能力者をともなっている。十分すぎる説得力があった。


 だが、に落ちない点があった。現在のウォルターは、明らかに自分たちの敵として立ちはだかっている。『あの御方』が敵を利するような失態しったいをおかすだろうか。


 しかし、サイコはその考えを飲み下した。きっと遠大えんだいな計画があってのこと。疑心ぎしんをいだくだけでも恐れ多い――と。


 ウォルターにますます手が出しづらくなった上に、ことごとく予定が狂った。サイコが最も危惧きぐするのは、本体がおさまる『器』ごと確保される事態だ。


 これ以上の抵抗は自分の首をしめるだけ。サイコはやむなく〈交換〉エクスチェンジを解いた。ほどなく、自身の体へ戻ったことに気づいたマイケルが、うろたえた様子で両手を上げた。


「待ってくれ! 俺は違う、俺は違うんだ! 金で雇われただけなんだ!」


 一方のサイコは、用を足せなくなった『器』――女の体から脱出して、夜の森へ消えた。


 その後、非力ひりきでひよわ実体じったいでは、新たな『器』を得ることができず、一ヶ月以上、この国をさまよい歩くこととなった。

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