和泉楓-Episode5-

「しゃがめ」


どこからともなく聞こえた声に私の体は瞬発的に反応し、身を屈めた。


すると、上空から銃声が聞こえた。


「くそっ……仲間か…」


ゆっくり体を起こすと、そこには1人の女性が立っていた。


黒い制服に赤いネクタイ。


「お前は私たちが追っている吸血鬼だな」


片手に銃、もう片手に刀を持ったその女性は雨に濡れながらも凛と立っていた。


腕を撃たれた男は片膝をつき、女性を睨んだ。


「もう時期他の奴らもやって来る。大人しく捕まれ」


「俺はこんな所で捕まるわけにはいかない!」


立ち上がった男は腕を庇いながら反対方向へと逃げていった。


「笠、標的がそちらに逃げた。後は任せる。私は和泉を救護班の元へ運ぶ」


私は立ち上がり、助けてくれた女性の元へ歩み寄った。


「社せんぱぁい……」


大和撫子をそのまま再現したような容姿の女性。


妃社(キサキ・ヤシロ)。

四束ノ一吸血鬼ハンター第一戦闘班の班長。

吸血鬼で、私の班の中で最も強い。

とにかく霧ちゃん以上に無表情で、笑った顔を見たことがある者は私の班の中でも1人しかいない。


「無事か?」


「なんとか……」


社先輩は銃をホルスターに仕舞うと刀を鞘に納め、その刀は消えてしまった。


先輩の能力は「瞬間移動」。


物や人を思いのまま瞬時に移動させることができるのだ。


「首を絞められただけで、他に外傷は無いようだな」


近くに寄った先輩は、私の体をくまなく触り痛いところが無いか確認した。


左手の袖口から先輩がいつも身につけている銀の輪を沢山繋げたような変わったデザインのブレスレットが見えた。


「大丈夫です」


「鏡たちが来たら、ここを任せてお前を救護班の元へ運ぶ。だからもう少し待て」


「はい」


私を安心させると、先輩は男の死体の方へ目を向けた。


「これは……お前がやったのか?」


「………」


聞かれて、私は自分の身に起こったことを思い出した。


「首を絞められた後、体が急に思い通りに動かなくなって……自分の意思に反して体が勝手に動き出したかと思ったら、自分でも訳分からないぐらい能力を使ってその男を……だから体が動くようになった時にはもう……」


先輩は黙って私の話を聞いてくれた。


「そうか……」


私の話に対して驚きもせず、どこか冷静そうだった。


「和泉、そのことは周りに他言するな。また同じような状態になったら必ず私に伝えろ」


「はい」


その後、暫く2人とも黙ったままだった。




「楓ちゃん‼︎」


社先輩と他のメンバーを待っていると大きな声で名前を呼ばれた。


振り向くと、藍沙ちゃんたちがこちらに向かって走ってきていた。


後ろには羅菜ちゃんや衣、静華ちゃんに霧ちゃんがいた。


みんなびしょびしょに濡れている。


「大丈夫?」


私を見るなり一目散に駆け寄ってきた藍沙ちゃんが、心配そうに私の顔を見た。


「大丈夫だよ。少し首を絞められたぐらいだから」


後から走ってきたメンバーもとても心配そうな顔をしていた。


「楓さんの首の跡……とても痛そうですわ」


静華ちゃんが泣きそうな目で私を見る。


「そんなに痛くないから大丈夫だよ!」


私は少しでもみんなを安心させようと笑顔で何度も「大丈夫」と言った。


「これから私が和泉を救護班まで運ぶ。が、その前にお前たちに聞くべきことがある」


社先輩が私の横に立ち、みんなを見た。


「和泉を1人にしたのは誰だ?もしくは、単独行動を命じたり提案したのは誰だ?」


場の空気が冷たくなったのを感じた。


「いつも言っているが、私は単独行動を認めていない。必ず2人以上で組んで行動しろと言ったはずだ。にも関わらず和泉を1人にした奴は誰だ」


社先輩は仲間の命を第一に考える人だ。


だから、この班で単独行動は認められていない。


どんなに強くても必ず2人以上。


そう決まっていた。


「っ……俺」


衣が名乗り出ようとした。


しかし、


「先輩、私が階段下りるの遅いから先に行ってって頼んだんです」


私がそれを遮った。


「和泉、お前は黙っていろ。普段から規則を守るお前が単独行動をしないことは分かっている」


社先輩の声が少し低くなった気がした。


先輩は衣の方を見た。


「佐屋、お前か。和泉を1人にしたのは」


「……はい」


「いいか、お前のその行動の所為で命を落とす者が出るということをよく覚えておけ。今回は無事で済んだかもしれないが、次は無い」


厳しい言葉に衣は俯く。


「すみませんでした」


「佐屋だけでなく、お前たちも同じだ。自分1人の身勝手な判断で周りの者の命が危険に晒される。そういう所で自分たちが戦っているということを自覚しろ。私は班長としてこの班全員の命を預かる責任がある。私の方針に従えないのならば班を抜けてもらう」


みんな口を結び下を向いてしまった。


「今回の件に関しての佐屋の処罰は私と笠で考える。話は以上だ。処理班が来るまでここの見張りを頼む」


そう言うと、社先輩は私の肩を掴み、能力を使って救護班の元へと私を運んだ。

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怪物物語 九十九 @thskumo

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