感情的な麗奈…赤に染まりゆく天使達


お互いに服を着て噴水の前のベンチを後にする頃、空から舞い降りてきた白い妖精達が周りの木や歩道をゆっくりと白色に変えていく。

俺と麗奈は校舎に向かって歩いていた。


「そうだ先生、今日は何で学園にいたの?」


「まさか、私の事最初から狙ってたとか?それならそうと最初から言ってくれればいいのに」


「いや、断じて違うから」


噴水前で先程あった時とはあきらかに違う彼女の表情に俺は安心したが、それと同時に明日からの学園生活でもこの態度で迫られるのではと心配していた。さすがに周りの生徒の目もあるので麗奈も考えていると思うが、

…そう思いたい。


「なんだ、つまんないの」


「つまんないって、悪かったなつまんなくて。大友」


「今日やったテストの答案用紙を忘れて取りに来たんだよ。」


「先生、二人の時は麗奈でいいですよ。せっかくなんだから…?

えー今日、抜き打ちでテストしたの?」


「そうだよ。麗奈は明日な」


「明日は、夕方から風香と約束が…。」


「明日は夕方の会議もなくて。時間も余裕だから、他の生徒が帰ったあとで補習な教室で」


「えー、嫌だ。…でも、先生もいきなり私と教室で二人きりになるなんて…夕方から夜中まで、変態」


「誰が夜中までだ違うからな、じゃあ職員室にするか、麗奈一人だけだしな」


俺が職員室と言うと麗奈は顔色を変えた。


「ごめんなさい。職員室だけは許してください」


「麗奈でも職員室は嫌なのか?」


「だって私、冷酷な魔女のあだ名でどれだけ他の教師に恨まれてるか、それに一人だけものすごく変態な目で私を見る先生もいるから絶対嫌です」


俺は笑った。職員室に入ってくるときの麗奈は凄く礼節でクールに見えたのに内心は怯えてたのか。


「何で笑うんですか?私が真剣に悩んでるのに」


「大丈夫だ、麗奈が思っているほど他の先生方は気にしてない。むしろ褒めてくれる先生がいるくらいだぞ」


「本当ですかー?」


「本当だよ。そんなに気にしなくていいぞ、ただ栗本先生に関してはどうしようもないけどな、まあ、あまりにも麗奈が嫌なら俺が栗本先生を注意しておくから」


「俺の麗奈を汚れた目で見るなって、そんな事言ってくれるんですか。嬉しいです先生。」


「俺は一言もそんな事言ってないぞ麗奈。ただ注意はしっかりしてやるから明日は職員室だぞ」


「はーい」


俺と麗奈は職員用入り口についた。俺は疑問に思っていた事を口にする。


「麗奈ところで学園にどうやって入った?」


「え、普通に入学試験に受かって入りましたけど?先生、もしかして私がいけない手を使って入学したと思ってますか?その考えはひどいです。あんまりです」


「そこはボケなくてもいいから」


麗奈は俺の冷たい返しにふくれっ面をしてポケットから何かを取り出し俺に渡した。


「これって理事長のマスターカードキー」


俺が驚いていると、麗奈が付け加えた。


「の、合鍵です」


「麗奈はこれを使って正門の入り口から入ったのか」


「いいえ、違いますよ。裏口ですそこにある」

職員用入り口は校舎裏にある。麗奈の使った裏口とは職員用入り口から真っ直ぐ3メートルほど離れた位置にひっそりとあるドア。学園を取り囲む高い塀がぐるっと一周している為、学園の敷地内に入るのには正門か職員用駐車場、もしくはこの裏口のドアしかなかった。


「裏口って、使用している人始めて見たぞ俺」


…あ、思い出した。

この裏口、教頭が必要ないから使用禁止にしましょうと言ったのを理事長が認めなかったな。確か、俺も何でとは思ってたけど今納得した。まさか麗奈が使ってたとは。


「麗奈の家ってこのドア出てすぐだったか?」


「はい、そうですよ先生。金曜日に私の家に来たばかりじゃないですか」


「あの時は暗くてよく見えなかったし、麗奈の事ばかり見てたからな」


「さらっと恥ずかしい事言いますね先生。やっぱり私の事好きなんじゃないですか?このまま私の家に泊まっていきます?」


「違うから、心配で見てただけだから」


「あーそうですか。それじゃそう言う事にしておきますね。私の家は裏口のドアあけて道路を挟んだ目の前にありますから、つまりこの場所から私の家見えてますけどね」


この学園は閑静な高級住宅街の一画にある。昌幸の目の前にかなり立派な住宅が塀を挟んだ向かいに建っていた。見覚えのある建物、麗奈の家だ。


「いつもこの鍵使ってたのか?」


「使ってないですよ。ごく稀です使用したの、本当なら毎日使いたかったけど。それだったら朝の登校も楽だったのに。この長くて高い塀のせいで自宅から校舎まで行くのに15分ぐらいかかるのよねー。もし、私が男だったらこの塀乗り越えられたかな…」


男だったらか、確かに、俺でも登れない事はないなこの塀。


「でも、もう必要ないから先生に渡しとくね」


麗奈は鍵を俺から返して貰おうとはしなかった。


「それじゃあ先生、私も家に帰るね。先生の鍵で裏口のドアを開けてもらえますか。」


「分かったよ」


麗奈と一緒に裏口のドアまで行き鍵を解除する昌幸。別れ際に麗奈が口を開いた。


「先生、明日からはまた教師と生徒の関係になりますね」


「一応、麗奈が必要に迫ってこなかったらな」


「理性は保ちますよ私も、ただべったりとくっつくかもしれませんけどね」


「あのな、」


昌幸が話しを終える前に麗奈がキスをした。


「そういう事なんで。おやすみなさい先生」


「おやすみ麗奈」



麗奈はドアの扉をゆっくりしめた。裏口を出れば道幅の広い道路をはさんで目の前に自分の家がある。誰もいないはずの家の前に誰かがいた。その手にはナイフが握られていたが彼女は気づかない。

麗奈の存在に気づいた人物は彼女に気付かれるより先に行動に移していた。彼女に足早に近づく人物、麗奈は道路を渡ろうとしてその異変に気がついた。気づいたときにはすでに遅く間に合わないと判断した彼女は今出てききたばかりのドアをおもいっきり叩く。

そして次の瞬間、麗奈のお腹のあたりには激痛がはしった。彼女を刺した人物はナイフを一度引き抜きもう一度彼女に襲いかかろうとしていた。



「ドン、ドン、ドン」


急に叩かれたドアに昌幸は不思議に思い、ドアロックを解除しドアノブを回した。

開けて最初に目に入ったのは全身をレインコートのようなもので覆いサングラスをした人間だった。黒い革手袋をした先には先端が綺麗な赤色に染められたナイフが握られていた。


「おい、何してんだ!」


突然、横から声をかけられ驚いたのかそいつは慌てて逃げていく。昌幸はそいつを追いかけようとはしなかった。麗奈がうずくまって塀にもたれかかっていたからだ。


「麗奈、麗奈、大丈夫かしっかりしろ」


激痛の為か声が出せない彼女に大声で呼びかけた。そしてポケットからスマホを取り出し119の数字を押した。


「生徒が刺されました。早く来てください。早く救急車を呼んでください。桜川学園の裏口です。お願いします。早く」


一方的に用件だけ伝えた昌幸は、相手がまだ何か喋っていたのでスマホを通話状態にして麗奈に呼びかける。


「麗奈、麗奈、聞こえてるか。麗奈」


学園の塀にしゃがみこみ寄りかかっている彼女からは何の返事もない。代わりに激しい息遣いだけが聞こえる。彼女の羽織っている白のコートはお腹のあたりから真っ赤に染まり始めていた。


…どうして?麗奈が襲われた?

…出血がひどいこのままだと…。


「はぁ、はぁ、先生……いますか」


麗奈から返事が返ってきた。苦痛に悶える彼女だが意識はかろうじて残っていた。


「今、救急車呼んだから安心しろ」


「…そうですか。」


「私、刺され…たんですね」


「麗奈、あまり喋らなくていいから」


激しい痛みに耐えていた麗奈は昌幸を見上げる。


「まさゆき。私を…だきしめて…うしろから。お願い!」


麗奈の悲痛な叫びが深々と舞降り始めた白い妖精達に響き渡る。

昌幸は彼女を後ろから抱きしめ傷口を自分の着ていた服で押さえる。


「ごめんね…まさゆき、服汚しちゃって…」


「そんな心配はいらないから、大丈夫かお腹?」


「抱いてくれてるから…痛くないよ…」


「痛くない事はないだろ。こんなに血がでてるんだ」


「本当だ…よ」


…救急車はまだだろうか?雪で遅れているのか?通報してから何分たったのだろう?

…麗奈は今は意識がはっきりとしているが

こんなに血が出ていて痛くないのはおかしい


昌幸は焦っていた。さっきまで白かった地面は麗奈の周りだけ赤く染まり始める。

さらに荒かった麗奈の呼吸も徐々に浅くなってきていた。


「麗奈、」


「それにね……さっきは、恥ずかしくて……言えなかったけど………」


やはり麗奈の様子が…。


「まさゆき…………………私と結婚して」


「麗奈、麗奈、お願いだから」


時間が経つにつれ彼女からの会話は弱々しくなり今すぐにでも消えてしまいそうな声になっていく。


昌幸の目から涙が溢れだす。


「なかない…で……まさゆき…ねェ…今の返事…は」

「…分かった結婚しよう。…だから、お願いだから」


彼女の傷口を押さえている右手は綺麗な赤色に色を変え、押さえていた服は元の色が分からないほど染まっている…。


「嬉しい、ありがと………まさゆき」


麗奈は昌幸の体にもたれ空を見上げる。


「ねェ雪……って…眩しい………よね。大好き…な人に………私は幸せ」


「まさ………、わた…し……もう……寝るね」


「おい寝るな!麗奈!寝るなよ、麗奈!俺と結婚するんだろ。だったら寝るなよ麗奈!」


昌幸は何度も何度も彼女の名前を呼んだ…、

しかし、彼の涙の混じった叫びは今の麗奈にはもう届くことはなかった…。


静寂な住宅街に、近くまで迫っていた救急車のサイレンだけがうるさく、そして虚しく響いていた。



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