18.死と盟約

「……まだここのホール使って、馬鹿なことをしてるの」

「お兄様はそれに夢中ですよ。彼なりの、強い想いがあるそうです」

 時は戻り、セリカとヴィンセント。彼らはこの館の主である、セリカの兄に会うためミュレの案内を受けている。彼の元に、ノアがいることを信じ……

「良い年して引きこもりなんて感心しないわ。あなたたちは何も言わないわけ?」

「私たち、召使が口出すことは許されていませんから。」

「……本当にお堅いのね。だからこの家にはいたくなかったのよ」

 そのやりとりをヴィンセントは静かに聞いていた。部屋にたどり着くまで一切口を開かず、ミュレの動きを探っていた。

「これが普通ですよ。お嬢様の考えが変わってるんです。……さて、着きました。」

 そう言ってミュレは階段の前で立ち止まり、静かに自身の手を伸ばした。そして数秒後、行きましょう、とセリカとヴィンセントの方を見る。二人は静かに目を閉じ同意を示した。

「お忙しい中失礼します。妹様と護衛のヴィンセントさんをお連れしました」

「……あぁ。ごくろうさま」

 返事の声を聞いた途端、セリカはピクッと肩を震わせた。そしていつもの落ち着いた少女の目は、あからさまに不機嫌な目に変化していた。

「……久しぶりだね、セリ。元気にしてた?」

「元気にしてた? じゃないわよ、最初の挨拶がそれなの? 一応客なんだからちゃんと出迎えなさいよ」

「変わりなくて安心した。その田舎お嬢様のオーラ……兄として僕はとっても安心した」

 ホールに三人が足を踏み入れる。そこにいるのはセリカと同じ金髪を持つ少年。一人には明らかに広すぎる部屋にあったのは、大量の書物と赤や青、緑などの怪しげな色をした液体の入ったフラスコや試験管。ロープや手錠など、物騒な物も落ちていた。そんな部屋に、一人の少年が正座をして座っていた。ここに座れと言わんばかりに、きっちり二人分の座布団が用意されていた。

「あんたも……全然変わって無いのね。ここに引きこもって変な儀式の勉強、馬鹿馬鹿しいわ。アストイルの名が汚れてしまうわ」

「まぁそれはお互いさまだろう? 僕もセリも変わろうとしない、だから今のアストイルはこんな状態なんじゃないか。そして、それに満足している僕らがいる……とりあえず座りなよ、ゆっくり話をしよう?」

「私の用件は一つだけ。ノアを返して、黒髪のメイドを返してちょうだい」

 セリカは座布団に座ることも無く、そう兄へ言い放つ。へぇ……、セリカの言葉に少し意外そうな顔を少年は浮かべた。そして立ち上がり、紫と緑の瞳で妹を見降ろした。

「そんなメイドいたっけ? 君についていったメイドはリリアナだけだったと思うけど」

「うちの新米メイドよ。ミュレ姉さんに彼女はあんたの元にいるって聞いたわ!!」

「彼女から? そうなんだ」

「さっさと返して、アレス!! ノアを人質にして何をするの!」

「……何もしないよ。今年も、ちゃんとセリは贄をくれた」

「その言い回しだと、セリカちゃんがアレス様に贄を捧げたということに聞こえるんですが……」

 思わず、今まで黙っていたヴィンセントが口を挟んだ。その動揺したヴィンセントの姿を見て、少年アレスは動揺することなく小さく笑って答えた。

「そうだよ、セリは僕の元へ毎年贄を送ってくれるんだ。そしてこの儀式に、微力ながら援助をもらっている」

「ど、どういうことですかセリカちゃん……あの発言はただの比喩ではなかったのですか? 本当にルナさんを……」

「…………」

 セリカは喪服の裾を掴みながら、その質問に答えようとしなかった。その反応を見て、アレスはふぅん……と楽しそうに見ていた。そして困惑するヴィンセントの元へと近づいた。

「ヴィンセント、もしかして本当にセリは良い子だって思ってた? 彼女は正義感が強い女の子を装ってただけ、自分の願望を満たすためだけにね」

「装い……? そ、そんなことありません……セリカちゃんは……」

「どうしてそう言い切れるの?」

 そう言いながらアレスは、優しく妹の頭を撫でた。冷静なヴィンセントが戸惑っているのを彼は完全に楽しんでいた。青い瞳で、挑発的に紫の瞳を覗きこんでいた。

「……どんな弱みを握っているのですか。」

「なるほど、そういう風に考える? でも……残念だけど、何も弱みなんて握っていないよ。セリは心から……」

 その言葉を遮り、ヴィンセントは静かに持参していたライフル銃の銃口をアレスの頭につきつけた。その震える銃口を素早く、セリカは降ろさせた。今にもその顔は泣き出しそうで、目は既に充血していた。

「っ……」

「ヴィン……今まで黙っていたことは悪かったと思うわ。でも、アレスは恨まないで……私が悪いんだから」

「……何も説明になっていません。このことは、ギルやリアさんも知っていることなんですか?」

「……誰にも言ってない。こんなこと、言えないわ」

 そう言う彼女の唇は、小さく震えていた。そんなセリカを見て、ヴィンは静かに銃を降ろす。一番悩んでいたのは彼女だと……そう悟ったから、彼は両手を上げ戦意が無いことを示す。

「まぁ、その話はお家でしてよ。せっかく来てくれたんだ、贄を捧げるところでも見て行きなよ」

「……は?」

「君たちが待ち望んだ……メイドさんの登場さ」

 そう言うと、アレスは紺色のコートをなびかせ静かにはけた。すると、その先には紫髪の料理長と黒髪のメイドがいる。メイドは、両手両足を拘束され動けなくされていた。

「ノアッ……!!!」

「今日の贄は彼女。セリが送ってくれた赤髪の子は、実験材料になってもらったから。大丈夫でしょ、セリ? 彼女は君の加護を受けていない、赤の他人なんだから」

「違う!! 彼女は私の家族! 大切な……」

「……何が家族だよ、セリカ」

 その瞬間、ノアは顔を上げセリカの真っ赤な顔を見た。その目は憎悪に溢れた恐ろしい力を持っていた。手元の汚れ、服の乱れなどから彼女が暴れた形跡が窺える……そして感情の薄い彼女は、今「怒り」という感情をむき出していた。

「お前が……ルナを騙したのか。そして、それを私に隠した。ようやく出会えた私の幼馴染を……自分の幸せの為に売った!!」

「違うの……の、ノアがそんなに思い入れのある人だとは思わなくて……」

「……人の事を考えて生活をしろって教えたのはお前だろう。なのに、なのに……お前は……」

……私を、裏切ったのか?

 その言葉を聞いて、セリカは今まで我慢していた涙が一気に溢れだした。違う……そう言いたかった、でも何を言っても言い訳になってしまう。彼女はごめんなさい……小さくそう呟き始めた。

「やっぱり……自分以外を信じるべきじゃなかった、そう思えた。セリカ……教えてくれてありがとう、私はお前の望み通り贄になる。そして今の生活を守り続ければいい……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

「エレノア!! あなたはこんな馬鹿な貴族のために死ぬというのですか!? 死ぬ理由なんて何でもいいって言うのですか!」

「……なんだよ、ヴィンセント。お前だって私が死んでくれた方がいいだろう? 人一倍、私を毛嫌いしていたじゃないか。私は嬉しかったよ、嫌ってもらえて……うぐぁっ……!!」

 その時、ノアは突如咳き込んだ。そんな彼女の口からは血液が溢れだしていた。それに続き、目からも血涙を流していた……

「ようやく、術式の効果が出てきたかな」

「時期に衰弱死します。ヴィンセントさん、どうしますか? 選択肢は二つ。お嬢様を連れて元の生活に戻るか、エレノアさんの死を目に焼き付けて彼女の存在を残すか」

「…………」

 喀血しながら生死を彷徨うノア……狂ったように「ごめんなさい……」とただひたすら繰り返すセリカ。二人を交互に見つめながらヴィンセントは、一度しまったライフル銃を再び手に取り、アレスの脳天に撃ち込もうとした時……

「っ……!?」

「ない……ふ?」

「そう簡単に、ノアちゃんを殺させはしませんよ!!」

「……お前らに日常を壊されてたまるか!」

 入口から、突如シルバーナイフがミュレを襲った。そのナイフは、ヴィンセントとセリカの横を静かに通り過ぎていた。その先にいたのは、銀髪の執事と桃色の髪のメイド……ギルバートとリリアナだった。

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