第56話

楽になった、と言えば嘘ではないが今までこうして誰かに自分を語ったこと経験など当然のようにあるはずもなく、だからか少しばかりむず痒さを感じた。きっと他の誰でもない、相手がオレだったからこうしてつまびらかに自分自身を語ることができた。多分相手が誰であろうと、例えば千草藍、紅珊瑚、千草瑠璃、会長、桃染紅葉、ルカ、誰であろうと頼まれたところで、況してや自分から話すことなどなかっただろうとそれこそ自分自身のことだからよく分かった。

誰しもが自分を語ることに羞恥心を感じるように、御多分に洩れず俺だって自分を誰かに語ることに強大な抵抗感を感じる訳で。

ただ、相手が『自分』だったから話せたというのは往々にしてあるがオレが存外話せるタイプだったという要因も大きいと思う。

どうやら俺とは真反対、鏡の向こう側だけあって、コミュニケーション能力は高いのかスラスラと俺らしくもなく吐き出すように話してしまった。会話中に適度な相槌を入れ、反応も良く教室に一人いたら教師からしてみたらありがたい生徒のようなタイプだった。

「………まず、変わるってのは何だ?何を変えたい?環境か?性格か?境遇か?………人生か?」

「…………」

「まァ、何でもいいんだ。…………ただその悩みは今すぐ解決できるぜ?」

オレの、耳を疑うような言葉に思わず唖然とした。俺が抱えていた問題を今すぐ解決できるだと?そんな都合のいいことがあるわけない。第一、すぐに解決できる程度の問題ならわざわざオレを生み出す必要性がない。それにオレはあくまでも俺が抱えるストレス発散の一時しのぎの応急処置に過ぎない。間に合わせの姑息療法のはずだ。

「違ぇよ」

「………は?」

「誰が一時しのぎの姑息療法だ。人のことをホスピスにみたいに言いやがって」

「いや、ホスピスみたいには言ってないんだが………、じゃあホステスみたいに言えば良かったか?」

「オレは女じゃねぇ!」

「じゃあ、カルピス?」

「乳酸菌飲料でもねえ!ってこんな話をしようと思ったわけじゃねえんだけど。全っ然、話が進まねぇよ!脇道ばっか逸れやがって!」

「先に話を振ったのはそっちだろ。あー、まぁ俺が悪かったな。続けてどうぞ」

「御座成りだなぁ。言う気失せたわ」

「いいから早く言えよ。ぶっ飛ばすぞ」

「逆ギレかよ!………はぁ〜、宿主がこんな性格とかやんなるわ。まぁ主人様のために手早く済ませるとしようか」

「ああ、頼む」

「じゃあ、まず一つ。解決云々の話をする前にお前の勘違いから正そう。確かにオレはお前のストレスを分担して担ってるって言ったがそれは間違ってない」

「ああ、それは理解した」

「でも、誰もそれだけがオレの存在理由とは言ってねえよな」

「………………確かに」

「そう。根本的にオレはお前の抱えた問題を、この場合の問題っつーのはクエスチョンではなくプロブレムの方な、でそれを解決すべく生まれたわけだ。つまりオレが解法を知っているのは当然のことで驚く話じゃねえんだ。ストレスを分散しているのは副産物的なものであって主となる目的じゃない。

ここまではオーケー?」

「ああ」

「んじゃ、二つ目。その解法についてだが、

これも簡単だ。あまりに簡単過ぎて答えを言うのも馬鹿らしくなるから、問題形式にしようか。………では問題。マザーテレサは『思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから』ていう名言を言ったわけだが、こんなまどろっこしいことをしなくてもお前なら一発で運命を、人生を変えられます。さてなぜでしょう?制限時間は十秒で」

一発で人生を変えられる?俺なら?どういうことだ。

「十」

人間はそう簡単には変わらない。それは十数年生きてきてわかったことだろう。

「九」

ただ変えられるというならどこかで俺は見落としてきたのか?

「八」

いや、何度も言うようだが簡単に変えられるならオレを創造していない。ただコイツは俺には出来ると言った。

「七」

ん?俺ならって言ったか?

「六」

つまり俺だけにあって他の人間にはないことだ。

「五」

俺だけが持つアドバンテージ。それは何だ?

「四」

………駄目だ。同じ体を共有していてもコイツの考えが読めない。思考回路がまるで違うようだ。

「三」

コイツとは性格も考えも思想も違っている。

まるで自分であって自分じゃないようだ。いっそ赤の他人と言ってしまってもいい。

「二」

いくら思考に言動に習慣に性格に気を付けていたって完全な別人になるわけじゃないんだ。どこかで『自分』が顔を出す。逆に言ってしまえば別人にならなければ変わったとは言えない。

「一」

別人?…………ああ、そういうことか。

「零」

何だ、最初から答えを言っていたじゃないか。

「さて、答え合わせをしようか?」

「ああ」

「ふーん。その顔は気づいたって感じか」

「まぁな。お前は最初から答えを言ってたんだな。おかしいとは思ってたんだ。俺の中に居るはずなのに俺とは真逆のタイプって時点でどういう意味か気づくべきだった。

俺の『変わりたい』つー願いを叶えるためには俺は別人になる必要があったってことに。つまり、お前が俺に成り変わればいいんだ」

「まぁ御名答と言っておこうか。

けどよォ、いくらお前がオレになったところで、変わったところで人生は変わるかも知れねぇけど他人は理解できねえよ?それだけは絶対だ。太鼓判を押してやる。他人を理解したいなんて悪魔にでも願わなくちゃ叶えられねえよ。それを理解した上で変わりたいって願うんなら、まあ代わってやってもいいが。それに最初に言ったろ、あまりオレに甘えるなって。オレは誰かに寄っかかれるのは嫌なんだよ。信頼なんてクソ食らえだ」

「代わって変わっても分からない、か」

「ああ。んでどーすんだ?代わんのか?変わらねーのか?」

「決める前に一つだけいいか?」

「あんだよ。こっちは焦らされまくってイライラし始めたってのによ」

「どうしてここまで手を貸してくれるんだ?」

「ああ?さっきも言ったろ、お前は宿主であり主人様だからな。従うのは当然だ。オレは寄生虫みたいなもんだから、依り代がいなきゃ生きていけない。宿主を守るのは自分のためだ」

「………そっか。その、ありがとな」

「あ〜、素直に感謝されるとは思わなかったが、自分のためにやったんだ。感謝される謂れはねぇよ」

「それでも、だ。言っとかなくちゃ気が済まねえんだよ」

「そうかい。じゃあ、もういいか?」

「ああ、決めたよ」

「まぁどっちを選ぶかは明白だけどな。

じゃあ、最後に二つだけ。オレは別にいつもお前の味方じゃねえよ。寄生虫って言った意味をちゃんと理解しとけ。

もう一つ。………あの会長には気をつけろ。

お前は苦手なタイプだろうけど、オレは絶対に相容れないからな。全て見透かされているようで不快だ」

「会長の考えが見えないっていう意見には賛成だが、不快まで言うか?」

「マジでやべぇんだって。多分オレのことも気づいているぞ」

「マジか、まぁそれについては追い追い考えるさ」

「せいぜいうまく立ち回れよ。何されるか分からねえから」

「へいへい、分かりましたよ。まぁお前のおかげで助かったよ、 ……………じゃあな」

「………………おぅ」

別れの言葉を告げ、瞬きをした次の瞬間には

この空間には俺一人、取り残されていた。

まるで初めから居なかったかのように。

別れを告げた早々に女々しいことに次会うときを楽しみにしている自分がいた。

アイツに、彼にまた会うことができるのだろうか。彼の問い、その答えは俺が俺としてこうしていることが物語っている。散々、質問し答えを委ねていた立場からすると申し訳ないがこの結果になったのは全面的に俺に非がある。が、その過程が無駄だったとは一ミリとして思わない。むしろこの問答をしていた過程にこそ真価があるとさえ思えた。

結果よりも過程を重んじる主義を持つ人間のことは常々理解できないと思っていたが、今この時だけはその主義を否定する気にはなれなかった。

さて、明日から休日だ。生憎、課題もないため時間だけは有り余るほど残されている。たまには思索をして一日潰すしてもバチは当たるまい。ならば解が出るまで問い続けよう。

そして願わくば正しくとも間違っていても自分が納得できる結論が出ることを心から祈ろう。

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