学院
学院は、資格を取るための場所。
……私にとっては、それ以上でもそれ以下でもない。
授業は淡々と必要最低限をこなす。
あまり、派手なことをして注目を集めないように。
……というか授業で行う内容は、ほぼほぼボナパルト様に既に教えていただいたものばかりだった。
特に、実技が。
座学についてはボナパルト様から教わったことはあまりないけれども、それ以前に独学で学んでいた時に、かなり本を読み込んでいたからねえ……。
とはいえ、全くの無駄ではない。
知らなかったことや、新しい解釈を学ぶということについては有意義だろう。
「……おい、貴様。俺の前に立つな」
……これさえ、なければ。
振り返らず私は道を開けるように、隅に寄る。
後ろから、貴族らしき男子生徒が何人かで通り過ぎた。
いくら学院が身分を問わず、素質がある者は入学できるといっても、学院内の話は別。
貴族と平民の身分差によるヒエラルキーは存在していて、さっきの男子生徒の言ったことなんて可愛いモノ。
言いがかりやら理不尽なことなんて、常にあるのだ。
私も前の時、ああだったんだな……と思う度に、穴があったら入りたいと思うほどいたたまれなくなる。
そう思いながら食堂に行けば、ガシャーンという音ともにガヤガヤと騒がしくなった。
一体なんなんだ……まあ、だいたい予想はつくけれどもと思いつつそちらを見れば、案の定、貴族の男子生徒が平民の男子生徒につっかかっていた。
「……全く、なんでこんなノロマがこの学院にいるのだか」
「そもそもで平民と共にいなければならないこの環境が、屈辱的だな」
そんなことを言いながら笑いあっている男子生徒。彼らは席についていて、その近くで蹲るようにしている平民の男の子が標的になっているのか。
近くにいる子たちの会話を聞くに、どうやら蹲っている男子生徒がゲラゲラ笑っている男たちに席を譲るよう強要され、その男子生徒は逆らわずに即席を譲ったらしい。
そのまま席を離れようと歩き出したところで、引っかけるようにあいつらの内の一人が足を出したようだ。
で、その男子生徒は見事にご飯をぶちまけつつ転んだ……というのが、全容だ。
……全く、くだらない。
貴族の矜持云々を普段言っているのに、全くあれがその矜持なのかと鼻で笑いたくなる。
こうして、あの忌まわしいイエルガーみたいな奴ができるのだと思うと、苛々を越えて憎しみさえ感じる。
というわけで、魔法でも嗾けて少し痛めつけようと、まずは魔法が誰から放たれたか分からないように魔法を行使した瞬間。
「……大丈夫か?」
サーロスが颯爽と現れて、その男子生徒を庇う。
「……サーロス君」
男子生徒は、救世主を見るかのように縋るような視線でサーロスを見上げていた。
「先輩がた、これはどういうことですか?」
サーロスの凄みに、若干そいつらは怯んだ。
荒事ではサーロスには勝てないからなあ……。
サーロスは一年ながら、ほぼほぼ実技に関しては全ての授業の単位をテストで既に習得している。
彼がまだ学園にいるのは、期間が定められた授業を受けるためと、一般教養等の資格取得に特に関係ない授業を取っている為だ。
内包する魔力やテストでの動きぶりを見る限り、少なくとも彼に敵う生徒は上級生には見当たらない。
「……ふん、平民風情が」
虚勢を張るようなその言いぐさに、私は思わず笑った。
「貴族の我々に対して、その言い方は何だ!家に言えば、お前などこの国にいれなくすることもできるのだぞ!」
見事な虎の威を借る狐の図だ。……まあ、確かにサーロス個人がいくら強くとも、身分差はあるからねえ。
「……この学院では、身分による差をつけず等しく学ぶようにと王命によって定められています。今の貴方がたの所業はそれに反することです。それとも、貴方がたは王命などその程度のことだと言うのですか?」
淡々と、サーロスが問いかける。
「ちなみに、ここには大勢の証人がいる。騒がしくなって、学院の監視魔法も発動されているので、貴方がたの発言は記録されています。それでも、貴方がたはそうしますか?」
意外な冷静な対応に、私は彼を見直した。
……私以外にも、監視魔法が発動されたことに気がついた人がいたんだ。
監視魔法は、学院による問題ごとが起きた時に密かに発動される魔法。
あらゆる場所で、その魔法が発動できるように整えられていたのに気がついたのは入学したその日だった。
一応国も身分差によるこうした軋轢を危惧していたということだ。
尤も、ある程度のことについては知らんぷりを突き通す辺り、本当にお情け程度のそれだと思うけど。
今回騒ぎの元になっているサーロスは国としても流出させることができない人材で、後ろ盾も同じ。
というわけで、彼が出た時点で学院も慌ててそれを発動させた……というのが実態だろう。
多分、彼以外だったらそのまま放っておいただろうな。
貴族の坊ちゃん達は何も言い返せず、そのまま食堂から出て行った。
その瞬間、僅かに平民の生徒たちが湧く。
諸手を挙げて喜ばない辺り、周りの貴族の目を慮ってだろう。
……本当に、面倒なところだ。
そう思いつつ、私は食事を取りに歩き始めた。
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