約束

学院に行く前に、私はボナパルト様の家に立ち寄った。


……ボナパルト様の死後、私は殆どこの家に来ていない。

学院への入学手続きやお母様の葬儀があったから……なんていうのは、ただの言い訳。

単に会わせる顔がなかったのだ。


ボナパルト様を、助けられなかったこと。

そもそもの原因が、私にあるかもしれないということ。

それらの罪悪感が私に重くのしかかって、足を遠のけていた。


彼らから、彼らの大切なものを奪っておいて……今更どの面さげて会えるというのか。

だから、会うのが怖かった。


目の前の家から踵を返そうとする弱い自分を叱咤し、私はそっと扉を開ける。


「……久しぶりね、クラール」


すぐに私に気がついたテレイアさんが、一瞬驚いたように目を丸め……柔らかく笑って私を迎え入れてくれた。


「……お久しぶりです」


戸惑いつつ、そう言って頭を下げる。


「子どもたちは、裏手で遊んでいるわ。まあ、とにかく座って」


「……いいえ、良いです。今日は、お別れに来ましたので……」


「お別れだなんて……」


私の言葉に、テレイアさんは怪訝そうな顔を浮かべる。


「魔法学院の入学が決まりました。同時に、実家とは絶縁しました。なので、もう……」


「まあ……入学、おめでとう。でも、何故それで今生の別れのような言い方を……?」


実際テレイアさんが疑問に思うように、魔法学院に入学しようが、ロレーヌ家と絶縁しようが、ここに来ることはできるはずなのだ。

……私に、その意思がある限り。


「まさか、ボナパルトのことを気に病んで……?」


鋭い視線と共に、そんな的を射た質問が飛んできた。

私はそれに、思わず顔を伏せる。


「貴女がどう思おうが、貴女のせいではないわ。ボナパルトも、そう言うでしょう」


「……実際、師匠はそう言ってくださいました。ですが、私は……自分で自分が許せないのです。だから、子どもたちにも……貴女にも会わせる顔がない、と」


そう返せば、テレイアさんは重い息を吐いた。

静かなこの空間に、それはよく響く。


「……貴女は、間違っているわ」


テレイアさんの言葉に、ついカッとなりつつ口を開く。


「……っ!テレイアさんに、何が分かるのですか?私は、間に合わなかった。少し考えれば分かることだったというのに。それにそもそも、師匠は私と出会わなければ、この地に留まらず、今回の依頼も受けていなかったかもしれない。原因も課程もその責は全て私にあるのですよ」


私の反論に、テレイアさんは困ったような、悲しそうな色をその目に浮かべていた。


「……私の方が、今回の依頼の情報は多く持っていたと思うわ。だから、貴女よりも、それで気づかなかった間抜けな私の方が責められるべきね」


「それは……」


「それに、貴女と出会わなければボナパルトはここに留まらなかった?……確かに、それはそうね。でも、貴女と出会わずここに留まらなければ……あの子たちも、ボナパルトと出会うことはなかったでしょうね」


……ハッとなって、私は顔を上げる。

確かに、そうかもしれない……と。


「それでも、自分を許さないと言うのなら……聞きなさい。そもそも、私が貴女に間違っていると言っているのは、貴女のその罪悪感ではないわ。……貴女は、あの子たちに父親だけでなく、大切な“お姉ちゃん”も失わせるの?」


そう問われて、私は内心首を傾げる。


「ボナパルトは、あの子たちにとって大切な里親でしょう。そして、貴女は……あの子たちにとって大切なお姉ちゃん。里親を亡くし、更に貴女が別れを告げれば、あの子たちは親だけでなく姉まで失くすことになるのよ?」


「ですが、私は……っ」


「ですがも何もないわ。綺麗事を言うつもりも、ない。この際だから言わせてもらうけど……貴女は罪悪感から逃れたくて、その現実を直視したくなくて、逃げようとしているのよ。本当に責任を感じていて、それが故に辛いというのなら……そしてあの子たちのことを少しでも大切に思っているのなら、貴女のその責任の取り方は、間違っているわ」


それは、酷く私の心に響く言葉だった。

私は、逃げていただけ……?

そう、なのかもしれない。

いや、そうなのだろう。


あの子たちやテレイアさんに会うことで、非難の目を向けられることを恐れ、だからケジメをつけるだなんて大義名分を掲げて、それから逃げようとしていただけ。

残される子どもたちのことを考えずに……自分の気持ちを優先させていただけなのだ。


「貴女は、それでも現実から目を背ける?あの子たちから、逃げるの?」


ポタリと、涙が溢れる。

テレイアさんの言葉が一言一言私の心に突き刺さっていた。


そんな私の涙を、テレイアさんが優しく拭う。


「もう一度、言うわね。貴女がどう思おうが、そもそも今回の件は貴女のせいではない。ボナパルトが選んだ選択肢が、結果こうかっただけのことなの。だから、貴女は貴女を責める必要はないわ」


そして彼女は、柔らかな笑みを浮かべた。


「でも……私がいくらそう言ったとしても、貴女の心の中で罪悪感の棘は簡単に取れないでしょう。貴女が貴女を許さない限り、突き刺さり続ける。……もしくは時を経て、その棘が柔らかなものになるその時まで」


まるで、経験しているかのような物言いだ。

現に口元は柔らかな笑みを浮かべているけれども、彼女の目は遠くを見ているようだった。

遠く、自身の過去を振り返っているような。


「……けれどもね、いえ、だからこそ……その棘から逃げてはいけないのよ。その棘が、今を生きている大切な人と繋がっているのならば」


ちょうどその時、子どもたちが家に帰ってきた。


「ただいま……あれ、お姉ちゃん!!」


ルルがそう言って、飛びついてきた。

私はそれを受け止める。


「……クラールお姉ちゃん、どっか痛い?泣いてるよ」


遠慮しがちに言ったのは、ダージュ。


「あ!本当だ!……もしかして、テレイアさんに叱られた?テレイアさん、怒ると怖いもんなー」


ハノイが同情するように、そう言う。


「……そうね。テレイアさんに、怒られちゃった。でもそれは私が、間違っていたからなの。だから、大丈夫よ。……テレイアさん、申し訳ありませんでした」



そう言えば、テレイアさんは柔らかな笑みを深めていた。



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