※注 本文に長歌とそれに係ることを載す

 ふゆぎて はるさりくれば

 久方ひさかたの くも群咲むらさ

 白妙しろたへの ゆきとしるを

 わがしは ゆめにやあると

 現身うつしみの 世人よひとまど

 そらみつ 大和やまとくに

 かくしこそ さくらはな

 うつくしきしま

 

〔語釈〕

「さりくれば」は(時・季節などが)近づく。巡ってくる。

久方ひさかたの」は「天」「空」「雨」「月」「月夜」「日」「昼」「雲」「雪」「あられ」「都」「柱」「岩戸」などにかかるという枕詞。

群咲むらさき」は、群がって咲き。

白妙しろたへの」は 「衣」「袖」「たすき」「領布ひれ」「紐」「」などの布で作ったものや、「雪」「雲」「月」「波路」「砂」「卯の花」「鶴」「浜のまさご(まさごは細かい砂)」などの白いもの、また「ふぢ」「ゆふ」にかかるという枕詞。

「雪とし」は、雪と。雪のように。「し」は強調。

「夢にやある」は、夢であるのか。「や」は疑問。

現身うつしみの」は「世」「むなし」「わびし」などにかかる枕詞、

「そらみつ」は「大和」にかかる枕詞。

「かくしこそ」は、このように。「し」「こそ」はいずれも意を強める。「こそ」は通常已然形いぜんけいで結ぶが上代(主として奈良時代)では連体形で結ぶことがあるようだ。

「美しき島」の「」は「美しき」と「磯城島しきしま(大和、日本の異称)」とをかける。


〔訳例〕

 冬が過ぎて春が巡ってくると

 雲のように群がって咲き

 雪のように散ってしまうのを

 わたしが見たのは夢であったかと

 世の人々は戸惑う。

 大和の国は

 このように桜の花の

 美しい島である。


 長くなったが(長歌なので長いのは当然か)、最後の「美しき島」を言いたいがために作った。「長歌」は五・七・五・七……五・七・七の形式を取る和歌。


群咲むらさき」は「紫」に通じ、雲とそれにたとえられる花の色をほのめかしている(「紫雲しうん」という熟語がある)。


 今日本に植わっている桜の木の多くがソメイヨシノという品種と聞く。その花は淡いピンクであって「白妙の」という枕詞がさほど効いていないかもしれない。それでも、語の原義はしだいに失われ、語法は広がり移って散漫になってゆくものだからと開き直りたいと思う。


〔参考歌〕

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平

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