第14話

「待ていっっっっ!」


 それは、食事をしているゼウスの卓上から響き渡った、男の声だ。誰もがその声に注目する。

 柱の上に、一つの影がある。それは人間の形をしていない。球体・オブ・球体。角の一切ない、丸みのみしか帯びていない男が、そこに仁王立ちするかのように浮かんでいた。


「美少女とは等しく美しく、尊いものだ。彼女らが見せる怒りも笑顔も見下した顔も球体キモイと罵声を浴びせる顔も、等しく愛せる。だがたった一つ、俺の嫌いな顔がある。それは、何かに怯えて仮面を被ってしまった顔だ。見目は美しくとも作り物たる笑顔に価値は無い。ならばと仮面を被る理由を除かんとする勇気の徒……。人それを、漢と呼ぶ……!」

「何者だ。名を名乗れ」

「貴様に名乗る名前など無い!」


 どう見ても一種族しか存在していない姿のまま、覚醒の宝玉(R以下)は飛び降りた。


「ロリある所に熟女あり……! 美少女と共に俺はあり! 運営よりのプレゼント、覚醒の宝玉(R以下)見参っっ!」

「名乗った! 普通に名乗ったよ兄ちゃん!」

「兄さん! 何をやってんのあの人―――!?」

「タイキューーー・フォーーーウメイション!」


 覚醒の宝玉(R以下)の周りに、4つの札が集まっていく。それは「¥100000」、「ペンキ塗りたて」、「売約済み」、「お手を触れないで下さい」の札達。いずれも心理的に、触れるのを躊躇わせる効果がある文言達だ。


「ロリよ熟女よ巨よ貧よ! 俺に力を与えたまえェ!」


 そしてゼウスに突撃していく、球体。


「愚かな」


 だがゼウスは、即座に腕を動かす。瞬間、周りに居た全員が地面に伏せた。


「まずい! Lの構えだ! 兄ちゃんが強烈な劣等感に苛まされてしまうーー!」

「アイ・アム・レジェンドレア!」


 Lの文字を見せつけた。圧倒的なまでの力の差を感じ取り、己の身を恥じ、自ずから膝を屈するこの技を、しかし。


「ぬ?」


 覚醒の宝玉(R以下)は無視する。

 ぐんぐんとゼウスへの距離が縮まっていく。


「な!? 兄ちゃん、効かねえのか!?」

「そうか! 兄さんは最初から、戦うことを想定していない、覚醒用の素材! 用途がまるで違うから、その心の中にはレアリティに対する劣等感なんて、欠片も持っていないんだ!」

「チェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 月のように銀に輝く球は吠える。暴君を討たんと、その儚い命を燃やす。

 そして、ゼウスの額に一矢を報いた。


「やった!」

「やったぜ兄ちゃん!」

「いや……!」


 ピシ。体に入ったヒビを、SR子は見逃しはしなかった。

 ボロボロとそのまま崩れ行く体を、ゼウスは無機質な眼で見送っていた。


「に……兄ちゃん!?」

「反動で……! 反動で割れてしまったのよ!」

「どんだけ脆いんだよ兄さん!」


 パリーーン。覚醒の宝玉(R以下)は、儚く砕け散った。

 その舞う雪のような破片を、ゼウスは見送ることすらしない。


「そのゴミは片づけておけ。あと、さっさと別の料理を持ってこい。もたつくな」

「……」

「貴様ら?」


 誰一人、ゼウスの命令に従う者はいなかった。ただ砕け散った球体の破片を見下ろすだけで。さりとて、従いはしない。

 その様を快く思わないゼウスは眉をひそめる。


「どうした、グズ共。早く動け。そいつのようになりたいか?」

「ああ。「なりたい」んだろうよ……アタシがそうだからなァ!」


 背後。

 立ち向かう者の勇ましい怒声に、ゼウスは怯む素振りすら見せずに振り返る。

 そして――


「オルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ベチーーーーーーン!

 N子全力の顔面パンチがゼウスを打った。

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