第9話

 この村の中央広場は、100人を収容できるだけの面積がある。それぞれの住宅に繋がる道が八本、放射状に伸びる中の合流地点にある広場には、ほぼ全ての住人が集っていた。

 それは言わずもがな。今回のガチャ結果を知るためである。

 ガチャは殆どの場合はバッドな結果ばかりをもたらすのだが、時たま良い結果も残してくれる。

 自分自身を引いてくれて、もしかすると自分を限界突破させてくれるかも知れない。はたまた善き相棒に巡り合い、自分がデッキに投入されるかも知れないという、薄くて、儚くて、しかし淡く、熱い渇望。

 それはプレイヤーにとってのSSRへの願望と同種のものだ。だからこそキャラクター達は心のどこかでは期待しつつ、ガチャ結果を見守りに来る、というわけだ。

 もっとも、中には後で新人に挨拶に行くのが面倒である、というドライな考えでこの広場に来るものもいるわけだが、とにかくガチャというのは一大イベントなのである。


「よう、玉藻前! 一日天下の玉藻前じゃないか!」

「よく私の前に顔出せたな! どんな神経をしている!」


 まだ顔にガーゼを張っている玉藻前の激昂であった。それを抑えるのは、先日全抜きを果たしたばかりのジャンヌ・ダルクである。


「落ち着いて下さいな! 元々こんな奴に神経などありませんわ!」

「うっせー! またボコってやろうか! 剣を抜けよ!」

「剣はこないだ壊したではありませんの! おかげで私、今は代用の段ボール製の剣を使ってますのよ!?」

「あ、すまん、ごめん」

「何で謝りますの!?」


 余りの涙ぐましさに頭を下げたN子に、かえって何かを刺激されてしまったジャンヌだった。


「私、完全に蚊帳の外なんだけど、何かあったの? この、えっと。チャンヌ・タルクだっけ?」


 R子は両手で覚醒の宝玉(R以下)を抱きかかえていた。彼には今、「御神体」の張り紙がされていて、心理的な防御力アップの効果を期待されている。


「R子! 何だその中国製みたいな名前!? ジャンヌさんだよ、ほら! お隣のSSRの人だよ!」

「隣の人とかどうでもいいし、ろくに覚えてないよ。そっちの狐の人もよく知らない。えーっと、なんだっけ。藻の人ってのは覚えてるんだけど」

「何で真ん中を抜き出したのよ!? 藻女とでも言いたいの!? たまもっちよ、たまもっち!」

「たまもっちでもないぞ、オーディン! あと何で一番嫌なところを抜き出したんだ愛姫ええええ!」

「玉の人だとお兄ちゃん一族と被るし、前の人って言うと前任者みたいじゃない」

「覚えてるだろ! 玉藻前、完成してるぞ!? せめて「たまもまえ」でもいいから!」

「あ、思い出した。ゴリアテちゃんだ」

「藻が消えたーーー! 何でそっちを思い出した!?」

「もういいじゃん、貴女は今日から藻でいいよ。似たようなもんだし」

「葉緑体無いぞ!? 私のどこに植物を見出したの!?」

「あっても無くてもどうでもいいって意味で」

「R子おおおおおお! 貴様も今日から私の丑の刻参りに加えてやるわーーーー!」

「丑の刻参り? ……ふーん」


 絶対に今夜、その現場を抑えてやろう。そして呪いを返してやろう。そんな邪悪な意志をこの場にいる全員が感じ取り、R子の底知れぬ悪に魂を冷やすのだった。


「ほっほっほ。相変わらず元気がいいのー、SSR子達の周りは」


 と。そんな彼女らの前に、一人の女性が現れた。その姿を認めるや否や、N子でさえ姿勢を正し、覚醒の宝玉(R以下)もその野暮ったいきらめきを控えめにする。


「ナビゲーターさん! お疲れ様です!」

「村長! お疲れ様っす!」


 それは、この村を治める村長・ナビゲーター。チュートリアルなどをエスコートしてくれることでお馴染みのキャラクターで、このゲームの場合は貫禄のある羽織を纏った有角の美女がそれを務めている。

 この村に住む以上、彼女の手ほどきを受けなかった者は絶無である。必ず彼女がこの村のことやゲームシステムなどを説明し、新しいキャラクターが村に順応できるようにするのである。その甲斐がいしさ、管理能力から人望は非常に篤く、誰もが敬意を払う存在である。


「うむ、うむ。まあお疲れ様とは確かにそうじゃの。何せ今日もまた、一人増えるのじゃからのう」


 そう言って、ガチャ画面が映る空を見上げた。既にガチャは始まっているようで、後は画面をタップするだけ、という所まで来ている。使用するのはただのレアガチャチケットのようだ。


「村長も大変ですね、また一から説明するのでしょう? 毎回毎回、頭が下がります」

「ん? 皮肉か? SR子。年寄りの暇つぶしと?」

「! い、いえいえ! 決してそんなことは!」

「ほっほっほ、冗談じゃよ。ま、心配することないよ、SR子よ」

 そう言って、村長はメノウのような複雑な柄をした扇子を広げる。

「ゲームスタート時からこの村に居る儂にとっては、みんな可愛い子供のようなものじゃ。売却村や強化村に居る者も含めての。子供の世話は何よりの愉しみじゃからな」

「売却村も管理してんの? 村長が?」

「しておるよ。最近ではあっちでのカウンセリングが大変じゃわい。ほっほっほ」


 その顔には疲れは見えないが、悪名高き怨嗟と嫉妬の渦巻くあの村をも管理しているという剛腕さを感じ取り、全員が震えあがった。

 そこで、ピカッと空が光る。


「お、始まるの!」

「始まるのね!」


 ガチャ画面に映し出されるのは、雲だ。そこから差し込んできた光の中から現れる者こそ、今回の加入者だ。

 全員が固唾を飲んで見守る。果たして、誰が出てくるのk――

 ブツン。


「!?」

「何!?」

「アレは!?」


 画面が、ブラックアウトした。

 スマートフォンに表示されていた分の全て。即ち、他のメニュー画面までもが一切が凍り付いたように黒一色を映し出す。

 ざわめく村人。一体何が起こった? 接続不良か?

 だが、その暗転も一瞬。直後、闇を切り裂くのは一筋の雷。

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