物語の終わり

 正気と狂気は紙一重だ。

 その境はまるで薄氷のようで、ふとした切欠で人は、踏み抜いてしまう。


 一度ちてしまえばもはや脱け出す術はなく、ただ身を切るようなそこでただ藻掻くだけ。


 俺も――ずっと藻掻いて来たのだろう。


 何十回と繰り返される、強制的な想起によって。

 否、本来ならばそれは有り得なかったことだ。

 語部が語る、その言葉を、間近で聞く者がいたからこそ。

 俺は語り続けた。

 物語を。

 分かたれた少女の存在を。


 つるりとした表紙の、ハードカバーを捲る。


 少女は望んでいた。

 死を、生を、愛を。

 自らでない自らを。


 繰り返されるそれに狂い始めた俺は、いつからか分からなくなった。

 その手が、その存在が。


 けれども俺は、だから。

 一路に、求めた。


 内容を読み飛ばし、巻末へ。

 落書きをされた、遊び紙に触れる。


 こんいんとどけ。

 かたりべいちろ。

 くくりとうこ。


 眠る少女――いや、もうあれから五年がたったのだ、女性と表現すべきだろう。

 その女性の耳元へ、唇を寄せる。


「そろそろお目覚めの時間だ――なぁ、ドク」


 ああ、声にならない悲鳴すら――

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くくり 相良あざみ @AZM-sgr

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