第13話

「残念だけど、これで終わりだ」


 とシュワちゃんが眼鏡を直しながら告げた。


「えっ?」

「はっ?」


 何事かとバットを取り落とす二人。


「ちょっとぉ、いいところなのにぃ!」


 抗議する涼の肩に、シュワちゃんはそっと手を載せる。


「片桐さん、無理は禁物だよ。僕らシューターは、強力な破壊力を持つ代わりに体力を浪費しやすいんだ。自覚もあるだろう?」


 それを聞いて見てみると、確かに涼の額には、軽く汗が浮かんでいた。呼吸も僅かに乱れている。運動量の都合上、桃子の方が汗だくだったが。


「ま、まだ戦えるわよぅ、いつもと変わらずに……」

「ふん! 私だってまだまだ戦えるわ! 本気が出せなくて本っ当に残念!」

「挑発すんな!」


 俺は桃子を怒鳴りつけた。


「俺も初耳だったけど、シューターは長期戦では不利なんだろ? だったらこれ以上戦っても意味ねえじゃねえか。それに、これからこいつらと組んでやっていくなら、意地を張り合ってるわけにもいかねえぞ。チームワークをしっかりさせとかないと」

「う~……」

「嫌な思い出を作っておくことはないだろ?」

「そ、そうですね……」


 すると桃子はパチン、と指を鳴らしてフィールドを閉じ、


「ほら」


 涼の手からひったくるようにバットを奪うと、すたすた用具品入れの方へと二刀流で片づけに行った。殊勝なこった。


「これでお互い、深い意思疎通ができたようですな」


 とエンターテイナー。『深い』意思疎通か。『不快』でなきゃいいんだが。


「では、わたくしたちはおいとまいたしますかな。ごきげんよう」


 出会った時と同様、シルクハットを取って腰を折ってから、エンターテイナーは背を向けた。


「じゃあね、竜ちゃん! モモちゃんも!」

「いーーーだ! こんどこそボコボコにしてやるんだから!」


 涼は振り返ってちょこっと手を振った。


「むきーーー! 何なのよあの態度!」


 俺は肩を竦めながら北郎の方へ視線を遣った。振り返ることもなくのっそりと立ち去っていく。


 と、いうわけで、残ったのは俺と桃子、それにシュワちゃんだった。今さら学校に行くことは、三人とも考えていない。


「何だかなあ。ここで解散ってのも……」


 俺が首を捻っていると、桃子が案を出した。


「じゃあ、電子のところにでも行ってみますか? 彼女本人が気づいてないだけで、私たちに有益な情報が入ってるかも」

「それは一理あるね。新しいチームも現れたことだし、彼らの素性を調べてもらうにも、ちょうどいいかもしれない」


 とシュワちゃんも追随する。


「りょーかい。んじゃ、行ってみようぜ」


         ※


「むっ! 何奴!」

「そういうリアクションはもういらないから! 何か情報、入ってない?」


 桃子のツッコミに凹みかけた電子だが、


「ああ、今調べているところでござる」


 と言いながら機嫌を直し、席に戻った。


「私たちが今日会ってきた三人組……。あいつらの詳細、調べられない?」

「只今検索中でござる」


 とのこと。

 シュワちゃんはホルスターから拳銃を抜き、弾丸を取り外して動作チェックを始めた。桃子は壁に背中を預け、ぼんやりと電子の前の三つのスクリーンを見つめている。

 手持無沙汰になった俺は、桃子の前を横切ってスクリーンに近づいた。電子の椅子の背もたれを片手で握り、スクリーンを覗き込む。


「ああ、これはですな」


 と言って、電子が説明を始めた。それによると――。

一番右のスクリーンは、この街の航空写真。数秒ごとにゆっくりと動き、街全体を映している。

 中央のスクリーンは、この街の幹線道路や線路が張り巡らされた様子を投影中。怪物が現れたら、ここに表示されるのだろう。実際、今朝現れた熊の怪物を表したのであろうドットが、地図上に打たれている。

 そして一番左のスクリーンには、人物の写真が目まぐるしく切り替わっていた。エンターテイナーたちのデータが検索にかけられているようだ。


「もうじきあの三人の詳細情報が出るはず。しばしお待ちくだされ」


 そう言いながらも、電子の目は別なディスプレイに注がれている。キーボードはどこのディスプレイに対応しているのか、全く見当がつかない。いや、こいつの脳の造りがさっぱり分からない。


「はあ~」


 感嘆の声を上げていると、軽い機械音が左側のディスプレイから発せられた。


「おっと、三人の素性が明らかになったようですな」

「おお!」

「えっ、どれどれ!?」


 俺の前に割り込むようにして、桃子がディスプレイに見入る。


「あ、本当にこいつらだ」


 正面からの顔写真を見つめながら、憎々しげに眉間に皺を寄せる。シュワちゃんは遠目に見つめているようだが、見えているのだろうか?


「おっと、失礼いたした、シュワ殿」

「ああ、気にしなくていいよ」


 電子は椅子のキャスターで器用に移動し、場所を空けた。

 三人の写真は、ディスプレイを縦に三分割する形で表示されていた。写真の下には生年月日や履歴(と言っても出身学校が並べられているだけだったが)がある。


「あっ! 涼のやつ、私よりいい中学出てる! うぐう」


 と桃子。


「北郎くんは片桐さんとは同じ高校に通ってるんだね。いつ知り合ったんだろう?」


 とシュワちゃん。


「興味津々だな、お前ら……」


 と俺は呆れた。そんなに気になるかあ?

 だが、一人で怪訝な顔をしている者がいた。電子だ。


「うーむ……」

「どうしたんだ、電子?」


 と俺が声をかけると、


「皆さん、エンターテイナーの経歴をご覧くだされ」

「え、どれどれ?」

「一番右だろ!」


 桃子め、一体何のために顔写真が一緒に表示されていると思っているんだ。しかし、そんなツッコミは呆気なく封殺されてしまった。


「履歴が、ない?」


 生年月日、出生地、転居記録、その全てがクリアになっていた。何だ、これは?


「おそらく情報の流出を防ぐ措置でしょうな」


 と電子。後頭部に腕を伸ばして組みながら、彼女は


「エンターテイナーとやら、何らかの理由で身分を隠さねばならぬようでござるな。いわゆる悪徳魔術師に狙われているかのようでありまする」

「あの爺さんが狙われる? 何故だ?」


 電子は肩を竦めた。


「現在、彼が怪物駆除の先頭に立っている以上、敵も多いと思われるでござる」


 そういうものか。


「それともう一点」


 電子のすっと伸ばされた人差し指に、俺たちの視線がさっと集まる。電人はそれをディスプレイに突きつけた。片桐涼の履歴に。


「何だ? 何もおかしいところなんか――」

「あるんでござるよ、これが」


 電子はまた椅子を引き、ディスプレイから距離を取りながら俺たちに場所を空けた。


「これは拙者の勘に過ぎませぬ。が、この履歴、どうにもきな臭いというか……改竄されたように思われるのでござるよ」

「ふむ」


 この中で、最もハッキングや情報処理に長けている電子が、『勘』であるとはいえ違和感を覚えたというからには、何かしらあるに違いない。


「もっと探りを入れられないか?」

「無論、やってみる所存也」

「頼むぜ」


 そう言って、俺は軽く電子の肩を叩いた。

 と、その時だった。ふと、俺の脳裏にある疑問が浮かんできた。


「なあ、桃子」

「涼のスリーサイズとか載ってないの!? 私だって、私だって……」

「おい」


 俺は肘で軽く桃子を小突いた。


「ふみょ! 何するんですか先輩、いっつもいっつも……」

「桃子、お前のご両親は? どうしたんだ?」

「えっ?」

「ッ!!」


 ふと顔をこちらに向ける桃子。ポカンと間抜けな表情だ。だが問題は、その背後、電人の挙動だった。桃子に気づかれない範囲で、腕を振り回したり、ムンクの『叫び』みたいなポーズを取ったり、ベッドにばふっと頭から突っ込んだりしている。

 意味不明だが、要は大変なことが起こってしまったらしい。――否、起こしてしまったらしい。俺が。


 もしかして、俺はとんでもない地雷を踏んでしまったのか? それもメガトン級の?

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