第12話

 だがそんなことには頓着せず、涼は続ける。


「オチビさ~ん、ごめんなさいねぇ、てっきり私みたいな美しいプロポーションをお持ちかと思ったのでぇ~」


 全く反省の色を見せない。

 ううむ……。確かに今の俺は、右に桃子、左に涼で美少女に挟まれている。そういう意味では、いわゆる『両手に華』状態なのだろう。だが、こうも険悪になられるとな……。

 

 と、その時、また一つ疑問が浮かんできた。そうそう、これを尋ねたかったんだ。俺は熱を帯びた視線のぶつかり合いを背後に感じながら、身を乗り出した。


「エンターテイナー、もう一つ訊きたいことが」

「何ですかな?」


 本当に落ち着きを崩さないな、この爺さん。


「もし万が一、フィールドを展開した時、そこに民間人が入ってしまったらどうします? あ、フィールドの外にいる民間人が動けないのは分かります。俺が言いたいのは」

「フィールドの範囲内に民間人がいる状態で戦闘が始まったら、という意味ですな?」


 俺はこくりと、首を縦に振った。背後からは何かがぶつかり合う音がビリビリ聞こえてくる。睨み合いはまだ継続中らしい。

 そんなことは無視して、エンターテイナーは語りだした。


「稀にそういうケースは発生します。現に一昨日、市街地に出現した怪物を我々のチームで駆除しました。サル型で小型の、どうということもない相手です。しかし問題は、敵がフィールドを展開する際、民間人を取り込んでしまったということです」


 彼らにそれを意図して行うだけの知性はありませんが、とのこと。しかし、


「民間人が三人、フィールド内に取り残されました。夫婦と子供です」


 俺は話を促す代わりに、ゴクリと唾を飲んだ。


「戦闘に加わったのは、わたくしと片桐くん。北郎くんには、民間人三人の避難指示にあたってもらいました」

「でも、フィールド内にいたってことは、その親子も見たんでしょう? 戦闘を」


 軽く顎を沈めるエンターテイナー。


「まあ、見られたといっても三人ですからな。『あなた方は集団催眠にかかっていたのだ』と説明し、なかったことにしてもらいました。実際、わたくしの攻撃である電流をごく僅かに彼らの神経系に流し、その間に起こったことは全て幻覚だった、ということを話せばどうということもありません」


 なるほど。って、随分と荒療治だな。他人の神経に電流って。


「さて、わたくしから提供できる情報はざっとこんなところですが……。何か疑問の残る方はいらっしゃいますかな?」

「あっ、はーいはーい!」


 即座に桃子が食いついてきた。っていうか、お前はちゃんと話を聞いていたのか?


「模擬戦! 模擬戦やってください!」

「はぁ!? ちょっと、なんでそんな話になるわけぇ!?」

「あんた、私を『オチビさん』呼ばわりしたでしょ! この桜坂桃子を敵に回すとはいい度胸だわ、あんたを私が直々にボコボコにしてあげる!」


 テーブルをガタンと揺らしながら、立ち上がって宣言する桃子。


「おいおい、自信過剰もいい加減にしろ!」

「ふん、そこまで言われたら私も黙っていられないわねぇ……。いいわよオチビさん、かかってきなさい!」

「涼、お前もこんな話に乗るな!!」

「ふむ、お互いの能力を見極めておくのも悪くないですな。ブレイカー対シューターというのも異例ではありますが、それはそれで一興かと」

「あなたも止めないんですね、エンターテイナー……」


 俺は肩を上下させながらため息をついた。


「そうと決まったら、さっさとケリをつけさせてもらうわよん、モモちゃん」


 すると涼は、手元にあったアイスティー(1杯650円)の残り半分を一気飲みした。うわーもったいねえ、もっとゆっくり味わえばいいのに。

 対する桃子。


「ふっ、珍しく私とあんたの意見が合ったわね、片桐涼!!」


 と言いながらフレッシュオレンジジュース(1杯700円)をまるまる一気飲みした。


「ぷはー」

「馬鹿! 少しは味わえよ!」


 全く、どうなることやら……。


         ※


 と、いうわけで、俺たちは近所の公園にやってきた。平日の午前中ということもあってか、人気はほとんどないようだ。公園に隣接したグラウンドの、それもわざわざ中央に、桃子はフィールドを展開した。

 ちなみに、桃子も涼も、今回の模擬戦については普通の木製のバットを使うことにした。実際、彼女たちが自分の力を発揮できるのは自分の愛用武器(桃子なら釘バット、涼ならテニスラケット)なのだが、流石にお互いに大怪我をされては大変だからだ。


 二人とも、何度か素振りをしていたが、


「あら、少しは私の能力も使えるみたいねぇ」


 と涼。やはり彼女も、ラケット使用時には何らかの特性のある攻撃ができる、ということらしい。


「え? 私は分かんないんだけど!」


 と桃子。それはお前の攻撃が単純極まりないからだろ。釘が刺さってようがなかろうが、単なる『近接打撃用』であることに変わりはない。弘法筆を選ばず、なんて言葉があるが、果たしてどうなるのだろうか。


「まあ、モモちゃんは身体能力高いって聞いてるしぃ、ハンデとしてはちょうどいいんじゃなぁい?」

「言ってくれるわね涼……」


 いや、涼も一応お前の先輩なんだが。


「ふん、そんな余裕、私がギタンギタンにしてやるんだから!!」

「あらあら、随分と好戦的ですこと。さあ、お好きなタイミングで攻撃――」

「どりゃあああああああ!!」

「っておい!」


 相手の台詞の途中で駆け出すなよ、フライングじゃねえか!

 しかし涼はと言えば、余裕の体勢だ。


「おやおや」


 腰を軽く折って、いかにもテニスプレイヤーといったポーズを決めている。

 桃子が選んだのは、下から斜め上方に振り上げる攻撃だ。互いのバットの接触時に、涼はバックステップでの回避をチョイス。大ぶりをスカした桃子の腹部を狙うが、そこは桃子、素早い一回転の後、自分のバットで涼の攻撃を弾いた。


「やるじゃない、オチビさん」

「あっ、また言ったわね! 今度こそ!」


 あーあ。心理戦にのせられてしまった。桃子と涼、どちらが冷静であるか、すなわちどちらが心理的に有利であるかは、誰の目にも明らかだった(北郎は前髪が長くてどこを見ているか分からなかったが)。

 しかし、戦いはそう長くは続かなかった。心理戦でジワジワと桃子を追い詰める、という考えは、涼にはなかったようだ。

 横薙ぎに振りかぶられた桃子のバットを、正眼の構えで受け止める。


「ふっ!」


 かと思いきや、


「ん?」

「あれ?」


 俺と桃子は同時に疑問符を発した。


「ふっふ~ん」


 涼だけが、名前の通り涼しい顔をしている。

 どういう状況に陥ったか。まず、桃子はバットを、涼の左から横薙ぎに振るったはずだ。それが何故か、特に弾き返されたわけでもないのに、いつの間にか右向きに振るったような姿勢になっている。桃子の上半身が思いっきり振りかぶられて逆向きに、しかし勢いはそのままで、捻じれているような状態だ。


「ゲームセット」


 と言いながら、涼はポカン、と桃子の頭に軽くバットを下ろした。


「あ」


 間抜けな声を上げる桃子に対し、涼は


「これが私の、ラストシューターとしての特殊能力、『反射』。今のはあんたのバットを振るベクトルを『反射』して逆向きにしたわけ」

「そんな特殊能力使うなんて、卑怯だわ!!」


 桃子が厳重抗議したが、俺はそんな桃子が無事であることに安堵していた。

 もし涼が本気で、愛用のテニスラケットで反射を行ったとしたら、今頃桃子の上半身は捻じり斬られていたかもしれないのだ。下半身の踏み込みと上半身の回転(反射による逆回転)のせいで。


「どう? 少しは私の実力を認識してくれたかしらん?」

「まっ、まだまだ! 誰も一本勝負だなんて言ってない! ねえ、シュワちゃん!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る