きぬルート2話 学園祭の始まりだ

「財布もあったことだし、帰るか」

「鷲宮君」

突如、背後からかけられた声に驚き、後ろを振り返る。

「うわっ!? か、会長……?」

「驚かせてすまない」

「いえ……それよりどうしたんですか?」

「君にお礼をと思ってな」

「お礼?」

「学園祭の準備を手伝ってくれたお礼だ。言葉だけでは、足りぬほど尽くしてもらったからな」

「お礼なんて気にしなくていいですよ。それに発端は紗智で、俺はそれに付き合っただけですから」

「そんなことはない。君の力は私にとって、とても大事なものだった。君以外の者を蔑ろにしているわけではないのだが……」

「お礼か……」

「突拍子のないものでなければ、君の願いを聞いてあげたい」

「そうですね……あ、いいのがありました」

「なんだ?」

「俺と一緒に学園祭を楽しんでください」

「私が君とか?」

「はい」

「だが、君はそれでいいのか?」

「なぜです?」

「他に付き合わねばならない者がいるのではないのか?」

「いえ、とくに約束してません」

「本当によいのか?」

「もちろんです。会長とデート出来る機会なんてそうそうありませんから」

「まったく君は調子の良いことばかり……。しかし、学園祭中は私にも仕事がある。だから――」

「わかってますよ。空いた時間だけでけっこうです」

「すまない。もう一度聞くが、本当にお礼はこれでいいのか?」

「大丈夫ですって」

「ありがとう。明日は12時から13時の間であれば、空いている」

「わかりました。12時に中庭でいいですか?」

「かまわんよ」

「じゃあ、それで。それにしても、よく俺がここにいるってわかりましたね?」

「先ほどの教室で君が出て行く前、ここに財布を忘れたと聞こえたのでな。間に合うか心配だったが、まだいてくれてよかった」

「なるほど」

「ともかく会えてよかったよ。明日、楽しみにしている」

「はい、俺も楽しみにしてます」

「ではな」

会長はスッと姿を消していった。わざわざそんなことを言うために来るなんて、律儀な人だ。そのおかげで明日は会長と学園祭を過ごせるんだから、感謝だ。1時間だけってのが寂しくはあるけど、贅沢は言えないな。

うーむ、会長とデートか……。自分で言っておいて、少し恥ずかしいぞ。

「っと、いけねえ。紗智が待ってるんだった」

あんまり遅いと紗智がうるさいからな。


急いで校門へ行くと、4人は俺を待っていてくれた。

「あ、誠ちゃん! お財布あった?」

「おう、バッチリだ――あれ、会長は?」

あのまま、校門に来てると思ったんだけど。

「きぬさんはまだやり残していることがあるからと、先ほどの教室に残っております」

「手伝おうかって言ったけど、すぐ済むって言って断られたわ」

「そうか」

まあ俺にだけ贔屓したとは思われたくないのだろうから、そう言ったんだろ。

「帰ろ、誠ちゃん?」

「ああ、みんな待たせてすまんかったな」

「本当ですよ、亀宮先輩。鷲に謝ってください」

「俺が遅かったことと、苗字は関係ない」

「でも、きぬさんの件、本当によかったです」

「うん、間に合ってよかったよね」

「あんなのを1人でやろうとしてたんだから、とんでもないわよ。ねえ、筒六?」

「うん。準備もだけど、明日も色々やることあるだろうし、大変そうだよね」

「あ、そっか……」

「どうしたの、誠ちゃん?」

「あ、いや……」

そうだよな。会長、明日もやることいっぱいあるのに、俺あんなこと言って……。無理なお願いしちゃったかな。やっぱり断ったほうがいいか?


紗智との夕食を終え、風呂から上がった俺はさっぱりした状態で自室へ戻った。

「ふい~」

会長のこと、断ろうかと思ったけど、こっちからお願いしといて、当日にドタキャンは失礼な気がする。キャンセルはなしで明日、会ったら謝っとこう。

「やっほ、誠ちゃん」

窓の向かい側から、紗智が顔を出す。

「おお」

「どしたの? なんか悩み事?」

「うー、どうしようもないことに悩んでる」

「なーに、それ?」

「なんでもねえよ」

「変な誠ちゃん。それよりさ、明日の学園祭、一緒に回ろうよ?」

「あー、それは無理だ」

「えー! どしてさ?」

「先約がある」

「先約って……誰?」

「それは企業秘密だ」

「えー、なにそれー?」

「ともかく明日は無理だ。他を当たれ」

「せっかく誠ちゃんと回ろうと思ったのにー……」

「すまんな」

「いいよ。麻衣ちゃん誘うから」

「おう、そうしてくれ」

「それじゃ、誠ちゃん。明日も起こしに行くから、寝坊したらダメだよ?」

「ああ、頼むぞ」

「うん、おやすみー」

「おやすみ」

俺と紗智は同時に窓を閉めた。

「うう、この時期に外の空気を入れると凍え死んじまう」

明日に備えて、寝よ。


「誠ちゃーん、モーニングだよ! 起きて!」

翌朝、紗智は元気よく俺を起こしに来た。

「うう……さぶいよー……」

「グッドモーニングだよ! 学園祭だよ! は・や・く!」

「はいはい……」

「着替えるの待ってるから、早く起きてよ?」

「りょーかい、しましたー」

ふああ……さっさと着替えて、寒さから身を守ろう。


「お待たせ」

支度を終えて、先に玄関先で待っている紗智と合流した。

「行こ、誠ちゃん!」

「ああ」

「今日はいよいよ学園祭だね」

「って、昨晩も今朝も言ってるだろ」

「そうだけど、改めて今日が学園祭なんだなあって思っちゃって」

「学園祭の準備を手伝っていたのに、1番身近に感じねえな」

「あー、それわかるわかる。なんか逆に自分とは関係のないことだと思っちゃうよ」

「後は会長がどうにかするだろうし、俺たちは俺たちで学園祭に勤しむとしようぜ」

「あたしたちがやれることはやったしね」

「そういうことだ」

「あ、麻衣ちゃんだ。おーい!」

紗智の声に三原も気づいたようだ。

「おはよう、麻衣ちゃん」

「よお」

「おはようございます、紗智さん、鷲宮さん」

「今日はいよいよ、学園祭だよ!」

「はい、そうで――ふわあ……」

三原は手で抑えながら、大きなあくびをする。

「なんだ三原、寝不足か?」

「はい、少々そのようです」

「なにかあったの?」

「いえ、そういうわけでは――」

「夜更かしでもしてたのか?」

「故意ではないのですが……」

「なにか急用でも?」

「あ、あの、その――」

「ん?」

「わ、笑わないで聞いてくださいね?」

「うん」

「実は今日の学園祭が楽しみで、眠れなかったのです」

「へ?」

おいおい、子供じゃないんだから、そんなのってあるのか。

「ぷっ、ふふ……」

「わ、鷲宮さん、笑わないって……」

「いや、すま、ぷふ、そうくるとは思わなくて」

「だ、だから、あまり言いたくなかったんです……」

「ちょっと誠ちゃん! 笑いすぎだよ! 麻衣ちゃん、かわいそうでしょ」

「す、すまん、三原。もう笑わないから」

「絶対ですよ?」

「ああ、了解だ」

三原って意外性に溢れてるよな。どんな爆弾しょってるかわからん。


「わあ、昨日も見ましたが学園祭の雰囲気が溢れてますね」

校舎内は昨日とは一変して、いつもの光景から様変わりしていた。

「昨日より、装飾増えてない?」

「それは今朝、取り付けたものなのだよ」

俺たちの背後から、知らぬ間に会長が近づいていた。

「あ、会長、おはようございます」

「おはよう、君たち」

「おはようございます、きぬさん」

「おはようございます、きぬさん」

「あ、あんたたち――」

「おはようございます、先輩方」

と思っていたら、階段から鈴下と仲野も下りてきていた。

「とオプション先輩」

「俺の方を見ながら、さらりと言うな」

「それできぬさん、今朝取り付けたっていうのは?」

みんな集まったのを確認して、紗智が本題に戻す。

「ああ、今朝早くに生徒会役員と教員で飾り付けを増やしたのだ」

「きぬ、なんで昨日のうちにしなかったのよ?」

「別に隠していたわけでも、遠慮したわけでもないんだが、当初からの予定だよ」

「きぬ先輩、予定というのは?」

「今朝、取り付けたものは学園祭当日に行うと当初から決まっていたものだ。校門に設置してある入場門のようにね」

「きぬさんの言う通り、それは昨日の時点ではまだ設置されていませんでしたね」

「まあ、学園側にも色々と都合があるんだよ」

「でも、大変ですね、会長」

「ぼやいても、やらねばならないことはやらねばやらない。口を動かしてる暇なんてないさ」

「なんだか、きぬさんらしいですね」

「そうかな?」

「はい、あたしはそう思います」

「ともあれ、君たちのおかげで無事、当日を迎えることが出来た。本当に感謝しているよ。今日は存分に楽しでくれ」

会長は誰にも気づかれない程度に俺に目配せする。

「はい、ありがとうございます」

俺も会長に合わせて、目で返答する。

「私はまだやることがある。それではな」

「頑張ってください」

会長は足早にだが、余裕のある立ち振る舞いで去っていった。

「さ、わたしたちも行きましょ、筒六」

「そうだね。それでは、先輩方、もしよろしかったら、うちのクラスでやるお化け屋敷にいらしてください」

「おう、暇があれば立ち寄ってみるわ」

「そ、そうだね、た、楽しみだな~」

「どんなものか、わくわくです」

「わたしはいないと思うけど、よろしくね~」

「ペコリ」

鈴下と仲野も自分のクラスに向かって行った。仲野よ、お辞儀してないくせに言葉だけ発するのはどうかと思うぞ。

「あたしたちも教室行こうよ」

「はい」

「ああ」


「えー、みんなも知ってると思うが今日は御守学園祭だ。楽しむのはけっこうだが、ハメを外しすぎて問題を起こさないように。後は臨時担当役員やクラスの出し物の当番を忘れずに、自分の役割はきちんとこなしつつ、楽しむように。いいか、ただのイベント事と思わず、これも社会勉強の一環だということを忘れないこと。時間まで教室で待機。以上」

築島先生は言うべきことを終え、教室から出て行った。

「9時になったら、学園祭の始まりだよ」

「後、20分程度。ワクワクとドキドキです」

「開始とともに外部の人も来るからな。今年も戦争が始まるぞ」

「な、なにか争いごとが起きるのですか!?」

「当たってるような、外れてるような」

「パンフレットにフリーマーケットゾーンって、あったろ?」

「はい、それは見ました」

「ここは生徒から集めたものや、保護者から集めたもの、御守町の人から集めたものなんかを安くで売ってるんだよ」

「そうそう。このエリアだけ町内会に貸し切っていて、毎年フリーマーケットを開いてるんだ」

「それと戦争と何の関係が?」

「この町のおばちゃんたちがこぞって、なにかないかと集結するんだ。なにせ、値段が値段だから、来客数も半端じゃない」

「去年もすごかったよね」

「これ目当てで来る人もいるぐらいだからな」

「なんだか、この学園祭は色々とすごそうです」

「食堂もおばちゃんたちが食べ物をいつもより、さらに安くで売ってるから、それ目当てで来る人なんかもいるよ」

「なんか言葉にすると、この学園祭って大々的にやってるんだな」

「前いた学園とは大違いです」

「じゃあ、今日は目一杯楽しまないとな」

「麻衣ちゃん、今日はあたしと一緒に回ろうよ」

「え、ですが、よろしいのですか?」

「なにが?」

「その、鷲宮さんと楽しむのでは?」

「もう誰かと約束しちゃったんだってえ。白状でしょー? ぶー」

「俺の勝手だろ」

「そういうわけだから、どうかな?」

「はい、私はかまいません」

「やったー」

「!?」

学園中に校内放送の合図が鳴り響く。

「みなさん、おはようございます。生徒会長の小谷きぬです」

開始5分前。会長の放送が校内中に流れる。

「今日は御守学園祭です。身に余る行動を起こさず、しかし、精一杯楽しんでください。今日この日を無事に迎えられたのも、みなさんの力あってのことと思います」

「会長……」

「このような大きなことを成すには、1人の力では限界があります。今、私はこうして話していますが、私が行ったことは小さなことに過ぎません。この学園生全員の力あったからこそ、この学園祭は出来上がったと理解してます。今日の主役はここで喋っている私ではなく、みなさんです。なので、今日は大いに楽しみ、盛大に盛り上げて行きましょう。これより、御守学園祭の開催を宣言いたします。以上、生徒会代表の小谷きぬでした。ありがとうございました」

時間はジャスト9時。御守学園祭の始まりだ。

「よーし、麻衣ちゃん! いっくよー」

「はい、それでは鷲宮さん、また後ほど」

「じゃあね、誠ちゃん」

「あんまり、三原に迷惑かけんなよー。って、もういねえし」

約束とはいえ、12時から1時間だけだし、それまでとその後をどうするか。

「テキトーに暇つぶししておくか」

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