筒六ルート3話 筒六心

「よお、待たせたな」

「お待ちしてました」

指定の場所へ出向くと、そこには紙切れの差出人である仲野が待っていた。

「なにもこんな手段使わなくても」

『校舎裏にて待ってます。by つつむ』と書かれた紙切れを見せながら、その当人に言う。

「昨日、集合場所を決めてなかったので」

「別に隠すことでもないだろうに」

「だって、その……恥ずかしいじゃないですか」

「恥ずかしい? なにが?」

「私が先輩と学園祭を回るって……」

「俺、そんなに見劣りするか?」

「あ、わわっ……そうじゃなくて! つまり、その――」

仲野が焦るなんて珍しいな。

「男女が2人で学園祭を回ってるって……そういう関係って思われそうで、その……」

「ああ、そういうことか」

「ごめんなさい……もしかして、気分を悪くしましたか?」

「そんなことねえよ。そうならそうって最初から素直に言えばいいのに」

「気をつけます」

「ほら」

少しうつむき加減な仲野に手を差し伸べる。

「なんですか?」

「学園祭、一緒に回るんだろ? 行こうぜ?」

「どさくさに紛れて、手を握ろうとしないでください」

「そういうつもりはないんだが……」

「でも……ありがとうございます」

「どういたしまして」

「行きましょう、先輩」

「ああ」

もちろん、手は握らずに中庭のほうへ向かった。


「うわあ……きぬ先輩の手伝いで知ってましたけど、実際にこうやってお店が並んでるの見るとすごいですね」

仲野は中庭に出揃っている模擬店を見渡しながら感嘆の声を上げる。

「学園祭って形をとってるけど、御守町の祭りって感じだな。この町、他にこういうイベントしてないし、御守学園規模の施設は他にないからな」

「私も子供の頃、ここの学園祭に来たことありますよ」

「そうなのか?」

「はい。1、2回ぐらいしか来たことないから、ほとんど覚えてませんけど」

「あんまり楽しくなかったのか?」

「なぜですか?」

「俺なんか、この学園に入学する前からほぼ毎年来てたからさ」

「鷲宮先輩にとって、この学園はもう庭みたいなものなんですね」

「庭ってほどでもないけど、馴染み深い場所ではあるな。ここの学園祭好きだしさ。1、2回しか来てないっていうから、仲野はあんまり楽しくなかったのかなって思って」

「いえ、そうではありません。下の兄妹たちがいるので、その面倒を見なくちゃいけなかったんです」

「下の兄妹ってことは、仲野が1番上なのか?」

「はい、お姉さんです」

「どこかしっかりしてる雰囲気があるのは、それでか」

「鷲宮先輩も私のこと、お姉ちゃんって呼んでいいですよ?」

「呼ばねーよ。つーか、年下の姉ちゃんってなんだ?」

「新境地かと思ったんですけど……無理あります?」

「知らん。それで下は何人いるんだ?」

「えーと、弟と妹が2人ずつです」

「5人姉弟!?」

「はい」

「大家族だな。そりゃ両親の手だけじゃ足りんな」

「いえ、うちはお父さんいません」

「あ……悪い」

「気にしてないので大丈夫です。父の顔も知りませんし」

「その……お父さんは――」

「鷲宮先輩……けっこうメンタル強いですね?」

「なんのことだ?」

「普通、こんな話に踏み込んでくる人いませんよ?」

「すまん、つい――」

「ま、別にいいですけどね。母が教えてくれないので、私も父がどうなったのか知りません」

「そっか」

「あの、そろそろこの話終わりにしませんか? せっかくの学園祭なのに」

「そうだな。俺が悪かった。模擬店見てまわろうぜ?」

「はい」

俺って無神経だな。もう少し、その辺り気を遣えるようにしないと……。

「あ、鷲宮先輩。これすごいですよ?」

俺がそんなことを考えていると、仲野は近くにあったアクセサリショップの商品に心を奪われていた。

「ん~?」

仲野の呼びかけに応えるように、俺もその店の商品を見てみる。イヤリングにネックレス、髪留めなんかが売ってるな。

「いらっしゃいませ」

売り子係らしき女生徒が挨拶を述べると、仲野は商品を手に取りながら話しかける。

「ここに置いてあるの、すごいですね?」

「これ、全部手作りなんですよ」

「とても手作りとは思えないクオリティです。ちっちゃいビーズなのにきちんと並んでるし、リボンの生地も可愛いです」

「ありがとうございます」

「あの、もしかしてこれ、おひとりで?」

「まさか。数人で作った物ですよ。うちは裁縫部ですから」

「それなら、この完成度も納得です」

「よかったら、どれかいかがですか?」

「え……そうだなあ……」

仲野は迷っているような声を出しているが、明らかにとあるリボンの髪留めばかりに注目している。

「うーん……」

なにを悩んで――あ、そっか。下の兄妹がいるから、あんまりお小遣い持ってないのかな。うーん、さっき失礼なことしちゃったし、買ってやるか。

「これください」

「え……」

「ありがとうございます」

俺は売り子の女子生徒にお金を払い、商品を受け取る。

「ほれ」

そして、そのまま隣にいる仲野へパス。

「な、なんですか?」

「やる」

「なぜ私に――」

「欲しかったんだろ? いいから、受け取れって」

仲野は商品を見たあと、もう一度、俺の顔を見てから、それを受け取った。

「……ありがとうございます」

「行こうぜ? 俺、腹減っちまったよ」

「……はい」

「ありがとうございましたー」

アクセサリショップを後にした俺たちは、周辺の模擬店で昼食を購入し、いつものベンチに座る。

「さ、食おうぜ?」

「あの、鷲宮先輩……さすがに買いすぎでは?」

「そうか? イカ焼きと焼きそばしか買ってないけど?」

「いえ、種類ではなくイカ焼きです。5本は多くないですか?」

「好きだから、つい買っちまうんだよな。それにこういうときでしか、食べる機会ないしさ」

「はあ……」

仲野は理解しがたい表情をしているが、そんなことは好きなものを目の前にしている俺からすればどうでもよかった。

「いただきまーす」

「いただきます」

イカ焼きはうめえな。タレの味付けも悪くないんだけど、俺は断然塩コショウだな。イカはシンプルな味付けで良いのだ。

「あの……鷲宮先輩?」

「なんだ?」

俺が心の中でどうでもいいレビューをしていると、仲野が話しかけてきた。口の周り、焼きそばのソースだらけだぞ。

「リボン、よかったんですか?」

「ん、ああ。遠慮せず、受け取れ」

「でも……」

「もしかして、欲しくなかったか?」

「いえ、1番欲しかったです」

だろうな。

「さっき仲野に失礼なこと聞いちゃったし、そのお詫び――って理由じゃダメか?」

「……わかりました。そういうことなら、いただきます」

「ありがとう」

「付けてみてもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

「では――」

「待て、仲野」

「なんでしょう?」

「その前に口の周りをこれで拭け。ソースだらけだぞ?」

「!?」

仲野は俺が差し出した、焼きそばを買ったときに一緒に付いてきた濡れティッシュを素早く奪い、俺に背を向け拭う。いやー、あの焼きそば屋、気が利くなあ。

「……お待たせしました」

「おー、ちゃんと拭けてるぞ」

「うるさいです。あれはわざとです」

「なぜ故意にやる必要がある?」

「……ドジっ娘を演出して、鷲宮先輩が指摘してくるか試したんです。まんまと策にハマりましたね?」

うそつけ。

「あーはいはい、もうそれでいいよ」

「なんだかスルーされた気分です」

「いいからそれ寄こせ? リボン付けるんだろ?」

「そこまで言うのなら、仕方ありません」

仲野は口を拭った濡れティッシュを俺に渡し、いそいそとリボンを髪に装着し始める。

「私がリボンで夢中になっている間、口を拭いたティッシュで『はあはあ……』しないでください」

「してねーよ! もうゴミ用の袋に入れたわ!」

「それなら安心です。鷲宮先輩は油断も隙もないですから」

俺のセリフだ。

「完了です」

仲野はリボンを付けた状態で、クルッと回って見せた。

「お……おお」

すげえ似合ってる……。普段こういう女の子らしいアクセントがないせいか、よけいにそう見えるのかもしれない。

「なんですか、そのうめき声は?」

「うめき声じゃねえよ」

「それでどうですか?」

仲野は疑問符を浮かべた表情で俺に問う。

「なにがだよ?」

「……鷲宮先輩もドジっ子の演出ですか? 別に可愛くないですよ?」

「そんな演出してないし、余計なお世話じゃ」

「はあ……なら言わせたいんですか?」

「だから、なんのことだよ?」

「もう仕方ないですねえ。女心に鈍感な鷲宮先輩のために言ってあげますよ」

「なにをって――」

「これ……私に似合ってますか?」

「あ、そういうこと……」

「むっ……なんですか、その反応」

「あ、いや……」

「完全に『どうでもいい』って顔でした」

「そんな顔してないって」

「……じゃあ、どうなんですか?」

「ああ、すげえ似合ってるよ」

「本当ですか?」

「本当だって。仲野に合ってるっていうのはもちろんなんだけど、なんていうかすごく女の子らしいし、仲野の女の子の部分を最大限に発揮するためのマストアイテム。もしくは仲野の中に秘められた内なる魅力を引き出してくれるベストポイント」

「…………」

「ともかく! そのリボンは仲野にすごく似合ってるし、それを付けた仲野はめちゃくちゃ可愛いってことだ!」

「鷲宮先輩……」

仲野は困惑しつつも、頬を赤らめている。

「なんだ?」

「さすがに、それはちょっと言い過ぎな気も……」

「う……」

しまった……勢いに乗りすぎて、過剰に表現してしまった。

「いやでも、似合ってるのは本当だからな?」

「そうですか」

「もしかして、怒ったか?」

「いえ……ただ――」

「ただ?」

「鷲宮先輩も少しは女心を掴めるんだなって、思っただけです」

「そ、それってどういう……」

「さあ、どういう意味でしょうね?」

「教えてくれないのか?」

「なんでも欲しがりさんはNGです」

「欲しがりって……」

仲野はいつの間にか、いつもの表情に戻っていた。

「そんな顔しないでくださいよ、鷲宮先輩」

「だってなあ……はぐらかされた感じだ」

「そうですね……では、1つだけ」

「ん?」

「私の今の気持ちは嬉しい、それだけは教えてあげます」

「そっか」

その気持ちがあるんなら、買ってあげて良かったよ。

「ふふーん、ふーん、ふふふっ」

「そんなに嬉しかったのか?」

「嬉しいは嬉しいですけど、これは鷲宮先輩の気持ちを代弁しているんですよ、ふふふ」

「そうですか」

俺、どんだけ嬉しがってるんだ。いや、否定はしないけど。

「鷲宮先輩?」

「なんだ?」

「ありがとうございます」

仲野は微笑みながら、礼を述べる。それから、とくにどこへ行くでもなく、ここで仲野と戯れてただけ……いや、弄ばれたと言うべきか。時間は気づくと、学園祭終了間近になっていた。

「はあ……」

「どうしたんだ、ため息なんかついて」

「学園祭もそろそろ終わりだなと思いまして」

「そうだな」

「鷲宮先輩は……私といて楽しかったですか?」

「うーん、楽しさ半分、不安半分といったところかな」

「不安って、なんですか?」

「仲野からどんないじめに遭うかのだ」

「人聞きの悪いこと言わないでください」

「うそうそ。不安っていうのは、仲野が言ったことと同じだ」

「私の言ったこと?」

「仲野は俺と一緒で楽しかったのかなって」

「鷲宮先輩……」

「自覚はないけど、それでリボンを買ったのかもしれないんだ。仲野がせっかく、学園祭で俺を誘ってくれたんだから、少しでも楽しんでもらえたらってさ」

「…………」

「はは、それだったら、そのリボンを買ってあげたときの理由と食い違うんだけどな」

「本当ですよ。その理由もさっきの理由も撤回してください」

「別にさっきのは撤回する必要ないだろ?」

「いいえ、ダメです」

「なんで?」

「もっと単純な理由にしてほしいです」

「単純な理由?」

「鈍感ですね」

「すまん……」

「……いいですか? 1回しか言わないから、後学のために覚えておいてください」

「わかった」

「コホン……私に似合うだろうなとか、私にプレゼントしたかったからとか、そういうのでいいんです」

「…………」

「そっちのほうが嬉しいです」

「ぷふっ……」

俺は思わず吹き出してしまう。仲野がそんなことを言うなんて思ってなかったからだ。俺の態度を見た仲野は少しムッとした表情で赤面する。

「な、なんですか? 笑ってないで、ちゃんと覚えました……か!?」

「あでっ!」

仲野は俺の両頬を挟み込むように、両手で軽くビンタし、そのままギュッと力を込める。そのせいで俺は見事なおちょぼ口になっていた。

「いふぁい! なにふんだよ?!」

「……うるさいです。そんなに力入れてないから痛くないはずです」

確かに痛くはないが、これじゃ喋りづらい。

「それに……笑った罰です」

「すまん、すまんて。だから、離してくれよ」

「……仕方ないですね」

「ふう……助かった」

力は抜かれたが、仲野の両手は俺の頬に添えられたままだった。

「さっきの……」

「え?」

「さっきの質問に答えます」

「さっきの質問?」

「鷲宮先輩、自分といて楽しいかって言いましたよね?」

「ああ……そのことか」

「私は一緒にいて楽な人としか過ごしません」

「…………」

「つまりそういうことです」

仲野の手が俺から離れると同時に、学園祭終了のチャイムが響き渡る。

「時間ですね。私、教室に戻りますので失礼します」

仲野はベンチから立ち上がる。

「おう」

「先輩?」

「なんだ?」

「今日はありがとうございました」

「俺のほうこそ、ありがとうな」

「それじゃ」

仲野が校舎に入っていくのを見送ってから、俺も腰を上げる。

「一緒にいて楽な人か……」

全く、仲野らしい答えだ。

「素直じゃねえんだな」

楽と楽しいは同じ漢字ってことだろ? それぐらい俺も気づくよ。

「そう思ってくれてるんなら、よかった」

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