鈴ルート16話 実体は
「はあ……」
放課後HRが終わったと同時に、俺は机に顔を突っ伏する。
「誠ちゃん、もう帰るよ?」
「うあ……」
俺は机にうなだれながら、言葉になっていない声を発する。
「午後の授業から、ずっとこの調子ですね」
「昼休みの呼び出し、なにか悪いことでもあったの?」
「うーん、まあ……」
「鈴さんのことですか?」
「うーん……」
「……こりゃダメだね。麻衣ちゃん、先に帰ろ?」
「え、しかし――」
「今の誠ちゃんになに言っても意味ないよ。放っておこ」
「あ、紗智さん! すみません、鷲宮さん……また明日」
教室から出て行った紗智を、三原は小走りで追いかける。
「悪いな、紗智」
気遣わせちまったな。
「いつまでもこんなことしてる場合じゃないな」
ひとまず、帰ろ。
まだ人の行き来が多い校門は、生徒たちの雑多な話し声で溢れていたが、そんな小煩いBGMは全く耳に入ってこなかった。
「…………」
なにをどう考えても良い方法が思い浮かばない。どうすれば鈴自身に前を向かせることが出来るんだ。
「あたっ!」
「おっと!」
俯きながら歩いていたせいで、人が立っていることに気づかずぶつかってしまう。
「す、すみません!」
「こちらこそ、申し訳ない。怪我はなかったかい?」
「はい……ん?」
ぶつかったのは中年の優しげな顔をした男性だった。この人……どこかで見たことあるような……。
「私がなにか?」
顔をまじまじと見てしまったせいで、その人は首をかしげながら、疑問を投げかけてくる。
「あ、いえ……。ぶつかってしまって、すみませんでした。あの、怪我とか――」
「心配は無用だよ。そうだ……少し聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「『鈴下鈴』という女生徒を知っているかな?」
「――っ!?」
鈴……!? この人、なんで鈴のことを――
「失礼ですが、あなたは一体――」
「名乗りもせず、申し訳ない。私は鈴下鈴の父親、『
鈴の……父親!? この人が?!
「大丈夫かい?」
イメージしていたのと大分違う。もっとガラの悪い人だと思っていたけど、なんというか紳士的だ。
「あの――」
「ごめんなさい、ぼーっとしてて……」
「質問のことなんだが――」
「えっと、鈴下鈴でしたっけ?」
「ああ」
「すみません、わかりません」
言えるわけがない……。
「そうか……。突然、こんなことを聞いてすまなかったね」
「あの……!」
「ん?」
去ろうとした鈴太郎さんをつい呼び止めてしまった。
「その……娘さん、どうかしたんですか?」
素知らぬ振りで聞いてみる。鈴から聞いたイメージと随分違うから、話をしてみたい。
「娘はこの学園に通っているんだが、3日も無断欠席をしているようなんだ」
「そうなんですか」
「家にも帰ってきてないみたいで……」
「みたいって……知らないんですか?」
「恥ずかしながら、一昨日から出張で家を空けていて、帰ってきたのは今朝なんだ。帰ってきたら、家の様子がなにも変わっていなかった。だから、家に帰ってきてないんじゃないかと思って」
そうか。だから、学園からの電話にも返事がなかったんだ。
「留守電に、学園から娘が無断欠席していると入っていたから、今朝折り返したんだよ」
「じゃあ、今日ここにいるのはその件で?」
「ああ。仕事を早退して――結局、夕方近くになってしまったがね。さきほど話が終わって、帰る途中だったんだ。先生方の都合もあるので、明日また来ることになったんだ」
「そう……ですか」
「アルバイト先にも連絡をしてみたが、最近は休んでいるようで手がかりもない」
「…………」
「やはり、あのとき……」
「……どうかしたんですか?」
「あっ、すまない。独り言だ」
「はあ……」
「娘は今どこにいるのだろうか……。悪いことに巻き込まれていなければよいのだが……」
「…………」
「……すまない、君にこんなことを言っても仕方ないな」
「いえ……」
「もし君さえよければ、娘のことでなにかわかったら教えてはくれないか?」
「はい……」
「ありがとう。それでは失礼するよ」
鈴太郎さんが立ち去ったとき、1枚の紙切れが落ちた。
「あ……」
拾って見ると古い写真で家族らしき3人が写っていた。これって、もしかして……。
「あの!」
「ん、なにかな?」
「これ、落としましたよ」
「これはすまない。ありがとう」
「あの、それは……」
「ああ、これかい? 私の家族写真だよ。もう随分前のものだけど」
「じゃあ、そこに写っている小さい女の子は――」
「娘の鈴だ。両隣にいるのが私と妻だよ」
やっぱりそうだったんだ。ここに写っている鈴、すごく笑顔だ。
「こんな風に笑っているところを、もう一度見てみたいのだが……」
「なにかあったのですか?」
「娘が私のことをひどく嫌っていてね。家で一緒にいるときも、口をきいてくれないどころか、目も合わせてくれないんだ」
その原因は鈴から聞いている。それに気づいてないんだろうか。
「奥さんは……?」
「私の妻はもう他界している」
「すみません……」
「昔のことだから、大丈夫だよ」
知っている上で聞くのは、さすがに心苦しいな。
「色んな方法で鈴に歩み寄ろうとしているんだが、どれも拒絶されてしまって……。私もどうすればいいのか……」
「…………」
俺はその原因を知っている。それを今この人に言えないのはすごくもどかしい。その前に、俺はこの人にそんなこと言えないかもしれない。鈴太郎さんの顔は自分の娘のことを心配している父親の顔だ。それなのに図々しく、お前が鈴を悲しませているんだ、なんて言えるわけがない。
「……申し訳ない。娘のことになると、つい話が長くなってしまう」
「いえ……」
「では、今度こそ失礼するよ。写真ありがとう」
俺の前では少し明るく振舞っていたが、帰る後ろ姿はどこか寂しげだった。鈴太郎さんは話せば話すほど、聞いたときのイメージとは違っている。すごく穏やかで、本当に鈴のことを考えている。鈴は自分や母親のことを捨てたって言ってたけど、とてもそうは見えない。むしろ、第一に考えているんじゃないかって思えるほどだ。なのになんで他の女性と……。
「俺は……」
どうすればいいんだ……。
「ねえ」
「…………」
「ねえってば!」
「うわっ! なんだ?」
「帰ってきてからずっとその調子じゃない。紗智も心配してたわよ?」
「悪い」
放課後、鈴太郎さんと話してから、俺の頭はそのことでいっぱいだ。
「なにかあった?」
どうすりゃいい。鈴に家へ帰るように言うか? でも、それじゃ鈴は……。だからって、このままってわけにもいかないし、鈴太郎さんのことも……。
「わたしでよければ聞くよ?」
昼休みの会長の言葉が胸に突き刺さってくる。簡単に言うんじゃねえよ。俺の選択次第でまずいことが起きたらどうするんだよ。ごめんなさいで済むようなことなら、いくらでもそうする。でも、それじゃ済まないことが起きたら……。軽々しく選択出来ない。
「誠……」
「鈴……?」
鈴はそっと俺の胸に抱きついた。
「わたしは誠のすることなら、信じれるよ」
「…………」
「誠がなにに悩んでいるか、わからないけど。でも、誠が下した決断だったら、わたしは――」
「鈴……話があるんだ」
「なに?」
もう限界だった。俺の中の淀みは飽和状態になり、鈴の一言が無責任にも俺の口を無意識に動かした。
「家に帰らないか?」
「え……」
「…………」
「待ってよ、誠。それってどういうこと? わたし、ここにいちゃダメなの?」
「そうじゃない。俺だって、出来れば鈴にいてほしいって思ってるよ」
「なら、なんでそんなこと言うの?」
「このままじゃダメなんだよ。ずっとここにいることなんて出来ない」
「なんで? わたし、誠と一緒にいたいだけなのに……」
「それは違うだろ」
「違うって、なに?」
「鈴が俺といたいのは、嘘じゃないってわかってる。でも、それはこじつけで、鈴は現実と向き合うのが嫌なだけだろ」
「――っ!?」
「嫌なことがあったから、もうそんな目に遭いたくない。だから、逃げようって……そういうことだろ」
「……やめてよ。そんなこと言わないでよ」
「このまま逃げてどうする? 逃げていれば、幸せになれるのか?」
「やだやだ! 誠までそんなこと言わないで!」
「頼むから……」
「いやだ……いやだ……」
「聞いてくれ、鈴」
「やだよ……わたし、もう――」
「鈴!」
「!?」
つい大声を上げてしまったが、俺の口は止まらなかった。
「俺だってこんなこと言いたくねえよ。鈴を責めるようなこと言いたくない」
「…………」
「……もう無理なんだ。俺1人が、鈴を庇うことが出来なくなってきてるんだ」
「……どういうこと?」
「今日、昼休みに鈴のことで教師から呼び出しがあった」
「え……」
「鈴のことはしらばくれたから、安心しろ」
「なんで、わたしのことで誠が――」
「俺の家の近辺で目撃情報があったとさ。外へ出ていたのか?」
「気分転換で少しだけ……」
「今日はやり過ごせたけど、いずれ大事になる可能性がある」
「…………」
「だから、そうなる前に家へ戻れば――」
「どうして家なの? 学園に通えば済む話でしょ?」
「……鈴のことで俺が呼び出されたのは、父親から連絡が入ったからだ」
「――っ!?」
「学園は鈴の実家と連絡が取れなかったからお手上げ状態だったけど、今朝父親から連絡が入ったらしい。鈴が家に戻っていないということで、学園も本格的に鈴の行方を探し始めたようだ」
「あいつが……なんでよ……」
「…………」
「今さらになって……どうしてよ……! なんで放っておいてくれないの!」
「鈴……気持ちはわかるけど、これ以上大事になるのは避けたほうがいい。自分から家に帰って、父親に話をすれば学園側からの注意も少しは――」
「あいつと話すことなんてなにもない。あいつに話したところでどうにも――」
「鈴」
「なに?」
「俺、鈴のお父さんに会ったんだ」
「え……!?」
「…………」
「あいつに会ったの?」
「ああ、今日学園に来てたみたいで偶然な」
「なにを話したの?」
「俺は鈴のことを一切話していない。ただ……」
「ただ?」
「お父さん、鈴のこと心配してたぞ」
「……うそよ。あいつがわたしのこと、心配するわけない」
「でも……」
「そう振舞ってるだけよ。わたしと母さんを捨てたのよ? それなのに、心配してるわけないでしょ」
「そうかもしれないけど……」
「誠は騙されてるだけよ」
「なら、どうするんだよ?」
「……学園には通う。でも、家に帰るのはいや」
「ここから通うっていうのか?」
「うん」
「それじゃ、結局なにも解決してない」
「あいつのことはもういいでしょ……」
「鈴には悪いけど、俺にはあの人がそんな悪い人には見えない」
「だからそれは――」
「話だけでもしてみないか」
「なんでそんなことしなくちゃいけないのよ」
「放っておけないんだ」
「……誠はあいつの味方なの?」
「違う。俺が放っておけないのは、鈴も鈴のお父さんもだ」
「…………」
「鈴のお父さんと話して感じた。この人は本当に鈴のこと考えてるんだって」
「…………」
「そうじゃなきゃ、昔の写真を持ち歩かないだろ」
「なにそれ?」
「鈴の両親と鈴が写ってる家族写真を持ち歩いてたんだ」
「…………」
「その写真を見ながら、鈴の笑顔をまた見たいって言ってたぞ」
「…………」
「鈴の言い分も理解している。でもさ、俺にはどうしても、あの人が鈴の言うようなひどい人とは思えないんだ」
「わたしにどうしろって言うの?」
「お父さんと話をしてくれ」
「…………」
「話してみないと、わからないことだってあるかもしれないだろ」
「……条件がある」
「なんだ?」
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