6.妖魔の裏取引
「はい?」
そう返したのは痛みから復活した玲一路だった。
青也はそれに返答はせずに続ける。
「お前らの妖魔として、全く違う妖魔が存在することになる」
「意味わからない。ちゃんと説明してよ」
「妖魔じゃなくて妖魔のデータが売られたってことだ。私物狙いじゃなくて妖魔のデータを狙っていたのかもしれない」
「……それってもしかしてー、違法妖魔?」
玲一路が漸く青也の言葉の意図に気付いた。
「そう」
青也はテーブルの隅にある、紙ナプキンを入れたホルダーに手を伸ばした。
再生紙で作っています、というエコをアピールしたそれは、あまり手触りがよくない。
だが紙に細やかな起伏があるのは決して悪いことではない。こと、このような店では何かがこぼれることなど日常茶飯事で、それらをふき取るのには滑らかな紙では向いていない。
「このナプキンが妖魔だとするだろ? 俺たちはこのままじゃ妖魔を使うことは出来ない。なぜなら、この妖魔には名前も属性も所属もないからだ」
「なんか物凄い面倒くさい申請があるんだよね?」
清人が眉を寄せながら尋ねると、それに玲一路が答えた。
「まずこの妖魔が誰の所属でもないこと、犯罪に使用されたことがないかを確認する。そして持ち込んだ者の前歴等も照会した後でー、初めてその妖魔の能力が調べられる。全ての結果が出てから、妖魔は名前を与えられて、その人の妖魔になるんだよー」
まるで教科書が手元にあるかのように、その語り口は滑らかだった。
「といっても持ち込んだ人にその妖魔が不適合だったら、すぐに別の流派に斡旋されちゃうけどねー。妖魔の意志は絶対とされるから、妖魔が名前を与えられることに拒絶を示す、あるいは逃げ出した場合は登録失敗になるんだってさー」
「そんな妖魔いるの?」
「たまにいるらしいよー。全然懐かないというか、人間嫌いな妖魔」
妖魔は神が作った、自然と人間を結びつけるための存在である。
そのため殆どの妖魔は人間には従順であり、使役されることに抵抗を示さない。
妖魔のほうが人間よりも遥かに力を持つのにも関わらず、人間が優位にいられるのは、そのような事情もあった。
「話戻すぞ。大方は玲一路が言ったとおり。それで最短でも数か月かかる。肩書きを得た妖魔を……こうして」
ポテトを一本、ナプキンの上に置いてから、もう一枚ナプキンを並べた。
「で、ここに別の妖魔がいる。この妖魔を公式の場で使いたいが、申請する時間はない。あるいは申請出来ない事情がある。そういう時にどうするかというと、既に登録されている妖魔の情報を奪っちまうんだ」
ポテトを最初のナプキンから取り、半分に折ると、二枚上にそれぞれ置いた。
「つまり、全ての情報を妖魔札に書き込んで、そこに全く別の妖魔を入れておくわけだな」
「……これってどうなるのー?」
「同じ名前で同じ個体番号の妖魔が二匹存在することになる。もしその偽物の妖魔で問題を起こされれば、本部が照会を行った時に、お前の妖魔だと認識される」
玲一路はそれを聞いて青ざめた。
清人も似たような顔をして俯いている。
「まぁ心配するな。問題起こすとしたら、白扇と秋月の管轄内だ。あんまり離れたところでやったら、お前らじゃないってすぐにわかるしな。そうだなぁ……となるとこのあたりで問題起こすんじゃないか?」
「じゃあ手分けして探そうよ」
そう意気込んだ清人を玲一路が制止した。
「青也君と一緒にいたほうがいいよー」
「なんで?」
「何か起きた時にアリバイを証明してくれる人は重要だよ」
「あ、そっか」
また大人しくなってしまった清人に、玲一路が励ますように声をかける。
「大丈夫だよー。妖魔を使って人に危害を加えたら、その人だって罰を受けるんだ。これだけ面倒なことをしておいて短絡的な行動には出ない筈。今のうちにこっちから探し当てて、取り上げちゃえばいいんだよー」
「お前、結構物騒なこと言ってるけど」
青也は首を右に傾けながら、半眼で玲一路を睨む。
「それやるの俺ってオチだろ」
「だ、だってー、そのほうが早いじゃん」
「俺、フタコブラクダになる趣味もねぇし、一人で行動するほうが性に合ってるから」
「いやいや、待ってよー。その間に妖魔悪用されたら僕たちが……」
「落ち着けって何回も言ってるだろうが。いいか、お前達は今から翡翠堂に行け」
翡翠堂とは、東都駅からすぐの場所にある、妖魔士専用の店だった。
妖魔士が使う武器や、補助用具を取り扱っており、その規模は国内でもトップクラスに入る。
「あそこは中古品買い取りカウンターがあるから、もしかしたら盗難物が戻ってくるかもしれない。それにあの中なら監視カメラもあるから、お前たちのアリバイは証明される」
「そんな都合よく盗難品戻ってくるかな? 俺たちのこと追い払おうとしてない?」
清人が疑わしそうな目を向ける。
紺青の瞳にそれは映らない。青也の意識は既に、目の前に据えられた、面白いことが起きそうな予感に奪われていた。
「正義の味方がそんなことするわけないだろ? 俺を信じて待ってろって」
「………いつまでいればいいの?」
「閉店までには迎えにいってやるよ」
「まだあと三時間以上あるけど!?」
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