5.ファストフード店の考察

「おまたせ」

「あ、青也君!」


 清人が顔を上げる。大丈夫だった?と尋ねるような視線に肩を竦めた。


「あいつは罪人以外には無害だよ」

「だって鳳凰宮の遣いって得体が知れないし……」


 正直な感想に青也は苦笑しながら、玲一路の隣に腰を下した。


 郁乃は普段と仕事とで人格が全く異なる。

 わざとらしいまでに明るく、可愛らしさを意識している表の人格。

 そして堅苦しく、男らしい裏の人格。


 実際にはどちらも演技によるものであり、どちらかといえば郁乃の本質は裏の人格に近い。しかし、その人格の上にあの格好では、周りに不審がられるのは当然のことだった。


「得体は知れないけどな。情報は確かだぜ?」


 郁乃から聞いた話を自分なりの解釈を交えて説明する。

 清人は不思議そうな顔をして首を傾げていたが、玲一路は眉間に皺を寄せて問い返す。


「さっきの死体、抵抗した痕跡なかった。正面から刺されたってことは油断していた可能性が高いよねー?」

「そうだな」

「殺された人が盗んだものを、価値のあるものだと認識するには、ちゃんと目視しないといけない。でも、普通掏ったものを堂々と持っている人なんかいないから、あの路地裏で相手に見せたことになるよねー」

「多分二人は仲間で、盗んだものを見た相手が利益を得ようとして殺したんだろ」

「いや、僕が気にしているのはー、そこじゃなくて……」


 玲一路は自分で購入したポテトを指でつまみ、口に咥えた。


「普通そういうの室内でやると思うんだよねー。仲間なら尚更」

「そうか?」

「一連の窃盗事件が全てつながっているとしたら長期に渡る犯行だしー、今までバレていなかったってことは、慎重にやってきた証拠だと思う。なんで外の、しかも行き止まりなんかで戦利品を見せたりするのかな?」

「え、え、俺よくわかんない」


 清人が困惑した声を上げる。

 青也も正直同じ気分だったが、年上の見得で何も言わずに玲一路を見返す。


「行き止まりで戦利品を見せるメリットなんかないと思うんだよねー。だって掏摸に気付いて誰かが追いかけてきたら、逃げ場なくなっちゃうんだもん。現に鳳凰宮の遣いは彼らを追ってきたわけでしょー?」

「単なる仲間割れによる殺人じゃないって言いたいのか?」

「うん、そういうことー。どうしてもあの場で殺す必要があったんじゃないかなー」

「考えすぎだよ」


 深い思考を投げ出した清人が、そう言って口を尖らせる。


「所詮、窃盗団だよ。言い争いになってその場で殺しちゃったなんてよくあることだと思うけど。それで戦利品だけ持ち逃げした、とかさ」

「多分、キヨと僕の認識ズレてるよー」


 あっさりと切り捨てられて、清人は下唇を噛んだ。


「考えすぎでもなんでも、今の切り口はそこしかないんだよー。だったら一つの可能性として考慮すべきで、何もせずに「考えすぎ」で放置するのは得策じゃない」

「玲一路、落ち着けよ。清人だって悪気はないんだから」


 頭の良い玲一路は、自分の思考を妨げる短慮な存在に容赦がない。

 清人は玲一路が考えすぎて悩んでしまうのを知っているので、わざとそれを妨げようとするのだが、今のようにタイミングが悪いことが多い。


「お前の考えも一理ある。でも決定打がない」

「うん、それはわかってるー」

「かといって俺たちは全員陽流派で、お前らは経験も浅い。俺も頭を使うのは不得手だ。犯罪に関する裏事情なんかわかるわけないし、時間もない」


 と、なると。青也がそう呟いた時に携帯端末が着信を知らせる。


 初期設定のまま使っている着信音はメール用のもので、青也が画面を見ると「朱本郁乃」の文字が見えた。メールを開いて中を確認する。


「……専門家に頼るほかない」

「青也君?」


 訝しげな声を出す清人達に、青也はメールの中身を読み上げる。


「現在東都駅周辺で活動中の窃盗グループは二つ。そのうち一つは家電量販店の倉庫などを狙ったもの、もう一つが妖魔士の私物を置き引き、掏摸などをしていると思われる。被害届は少なく、届が出たものに関しては裏ルートでの売買を確認している」


 いつもの郁乃のメールは、無駄に顔文字や絵文字が散乱した読みにくいものだったが、今は仕事のつもりなのか、硬い文章で読みやすく改行が入っていた。


「本日午前、東都二丁目で発生した置き引きについては裏ルートでの売買を確認済。妖魔「水鏡ミズカガミ」、「花石ハナイシ」も売買ルートにあることを確認」

「俺の妖魔!」

「僕のー!」


 二人が同時に大声を出した。

 店内の他の客が驚いたように振り返ったので、青也は二人の頭を掴んで静かにさせる。


 この場合の「静かにさせる」とは諭す意味ではなく、二人の顔をテーブルに押し付けることだったが、清人が背筋で踏みとどまったのに対して玲一路は無様にテーブルと接吻した。


「ど、どうしよう。俺の水鏡売られちゃったの?」


 清人が今にも泣きそうな声を出す。

 玲一路は別の意味で泣きかけているが、残念ながら青也の視界には一切入っていないので気遣いの言葉は出てこない。


「現物は売られてないが、既に売買は終了している」

「どういう、こと?」

「………やっべぇなぁ。そういうことかよ」


 青也はあることをメールから理解すると溜息をついた。

 そして、一瞬だけ考える。自分にそれを正確に伝える能力があるか否か。


 ない、という結論がコンマ1秒で出たため、考えることは諦めた。


「お前らの妖魔が増殖する」

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