桜の木の下には、きっと・・・
まよみ遊
第1話 桜の木の下
桜とは不思議なものだな、と思う。
ただの木に過ぎないのにと思うのだが、古来から人は桜に魅せられてきた。桜は人にいろいろな思いを抱かせ、いろいろな物語を見せてくれるものだ。
桜の季節がやってくると、人はなんとなく浮足立つ。
今年もまた、そんな季節がやってきた。
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「もうだめだ…!こんなの分からないよ〜!」
「そんなこと言わないで。ほら、もう一回よく読んでみて。」
「いやだああー!!もう帰りたい〜〜〜!」
「………。」
ふうと一息つき、ふてくされた顔の友人を半ばあきれたような顔で見ているのは蒼瀬緋奈子だ。
机にだらりと腕を伸ばし、脱力しきっているのは坂田みずき。緋奈子の友人である。
放課後の教室。
明日の国語のテストのため、彼女たちは居残り勉強をしていた。
といっても、勉強が苦手なみずきに緋奈子が付き合わされている、というのが実態ではある。
読書や国語が大好きな緋奈子に対して、みずきは運動が大好き。朝に夕にと、テニス部の練習で忙しくしていた。勉強全般、特に国語や社会は大の苦手で、テストの前になるといつも緋奈子に付き合ってもらって猛勉強している。
おそらく、じっとしていることが大の苦手なのであろう。5分も経たないうちに音を上げていた。
マイペースで落ち着いている緋奈子に対して、ムードメーカーでお調子者のみずき。
正反対な雰囲気を持つ二人だが何故か気が合うらしく、入学してからずっと仲が良い。
「あー、もう無理!!補習決定かなあ…。」
「大丈夫だよ!そう言いながら、いつも何とかなってるじゃない。」
励ますように緋奈子は言った。
「うん…。でも…今度は本当に無理かも。ついに影ちゃんに狙われる日がやってきてしまったかもしれない…。もし平均点以下だったら何されるか…。うわあ〜考えたくもないぃ!!」
影ちゃんとは、影山先生という国語の教員で、2人の担任でもある。
まだ若いけれど落ち着いた雰囲気があり、テストの得点が平均点以下だった生徒への対応が厳しいことで有名だった。
補習と追加テストを行い、できるようになるまで繰り返し課題の提出を求められるということで、国語が苦手な生徒たちからは恐れられていた。けれどそれも生徒のことを思うが故であり、人一倍教育熱心であることから、保護者や他の教員たちからの信頼は厚く絶大な人気をほこっている人でもあった。
「だからもっと早くから勉強したらって言ってたのに…。」
「うぅ…。それはそうなんだけどもおお…。
あー、もう帰る!帰って猛勉強してやる!!
ごめん!ひなこ、これお願いっ!
書いたら影ちゃんに渡しといてー!!!」
え?と緋奈子が言う間もなく、みずきはガタンと席を立ち上がり、教室の入り口まで行ったかと思うと急に踵を返して緋奈子に向かって敬礼をした。
「じゃね!あとよろしくです!今度おごるからっ!」
「…え?!ちょっ、ちょっと、みずき?!」
慌てて緋奈子も立ち上がると急いで廊下を覗いたのだが、もう彼女の姿はなく、ぱたぱたという慌ただしい足音が階下から響いてくるだけだった。
「もう…!」
してやられたと緋奈子は思った。
「しょうがないなあ…。」
ポツリと呟いて日誌を書き始めた。
(早く終わらせて、私も帰ろう。)
静かな教室にペンを走らせる音が響く。
空いている窓からは賑やかな声が聞こえてくる。グラウンドで練習している運動部の人たちの声だろう。教室の窓からは、ちらほらとわずかに咲き始めた花をつけた桜の木が見えていた。
桜の花が揺れている。窓から入ってきたあたたかい風に穏やかな気持ちになる。
春の夕暮れは緋奈子が一番好きな時間だった。やさしく穏やかな時間に心があたたかくなるのを感じていた。
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