第28話「9体の眷属とようじょ」

 千年王国ミレナリオの661年の歴史を、それ以前の有史以来の人類の歴史全てをつぶさに見てきた空中庭園ディオ・ドラーゴは、中心部から放射状に延びたにより7つの破片に分かれ、緩慢な崩壊により少しずつその姿を消そうとしていた。


 666年に一度現れる災厄の魔王、その眷属である触手をもつ醜悪な蜘蛛のような化け物は、僕のチート武器、ランクSSS+++の死神の鎌デスサイズにより、原子レベルにまで分解されたのだそうだ。

 まぁチコラの言う事だから、ずいぶん誇張が入っているかもしれないけど。


 ともかく、その化け物は跡形もなくなり、りんちゃんの脅威の一つは消え去った。


 僕はと言えば、化け物ごと空中庭園にめり込み、

 いや、これもチコラの言う事だから、本当かどうかは分からないけど。


 少なくともチコラが僕のを岩の中から救い出した時には、呼吸も止まり、心臓も動いていなかった。

 腕と足の骨も砕け、肋骨も何本か折れて肺に突き刺さってもいた。

 幾多の触手の攻撃により、体には数十か所もスコップで抉り取られたように穴が開き、内臓や骨が露出している。

 そして、顔は雷撃により焼け焦げてケロイド状になっていると言う惨憺たる有り様だった。

 最後の一つは化け物の攻撃による傷ではないけど、まぁそれは些細な問題だ。


 つまり、どういう事かと言うと、チコラが言うところによればそれは「ゾンビもビビッて悲鳴を上げる」ほど損傷のひどい遺体だったらしいのだ。


 でも僕は意識を回復した。


 化け物の首にデスサイズを思いっきり叩きつけた時の記憶の次に僕が覚えているのは、泣きながら回復魔法の詠唱をしているルーチェの顔。

 そして、マリアとりんちゃんが目を覚ました僕の首に同時に抱き着こうとして、お互いに頭をぶつけておでこを押さえる姿だった。


「り……りんちゃん大丈夫?」


 あわててりんちゃんを抱っこしようとして、僕は体が動かない事に気づいた。


「あ……れ?」


「無理しないでください! あっくん! 意識を……意識を回復したのが奇跡のような……ひどい怪我だったんですから」


 ルーチェの悲鳴のような静止に体を起こそうとするのをやめた僕は、かろうじて動く頭を持ち上げて、自分の体を確認する。

 手足は……ついてる。

 内臓は……出ていない。

 上半身裸の体は……胸にピンク色の傷跡が淡く残っているくらいで、骨が見えているとかえぐれていると言う事も無い。


 普通にしゃべることもできるし、顔が引きつるとかそう言う違和感もない。

 瞼も唇も、ちゃんとある。


 そんな確認をしているうちに、僕は腕に感覚が戻るのを感じ、ゆっくりと上半身を起こした。


「……そんな……信じられない……ああ、神よ……」


 ルーチェが膝をついた姿勢から倒れこむようにして僕を抱きしめる。


「あー! ルーチェちゃんずるい!」


「あはは、私も~!」


 次にりんちゃん、そして何故かマリアまでもが僕を抱きしめ、その勢いに僕はふらつきそうになる。

 それでも何とか3人を受け止め、僕はりんちゃんを抱きしめ返した。


「……ただいま、りんちゃん。ぶつけた頭痛くない?」


「うん! りんちゃん強いからだいじょぶ! あっくんは?」


「僕も、強いから大丈夫だよ」


 チコラの「よう言うたわ」と言うツッコミにみんなが笑う。

 崩壊しつつある空中庭園の中央で、僕は家族の笑顔に囲まれ、心の底から笑った。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 グリュプスの引く簡素な馬車は、馬に轢かれていた時と違って揺れも無く、快適だった。

 少しずつ、少しずつ崩壊してゆく空中庭園ディオ・ドラーゴの上空をしばらく旋回していた僕らは、マリアの「もういいわ。行って」と言う一言で、城塞都市ボルデローネへと向かう。

 さっきから離れようとしないりんちゃんを抱っこしながら、僕は夜空へ向かって長く息を吐いた。


「……マリア、ごめんね」


「ん? なんであっくんが謝るのよ~」


「いや、実質僕が空中庭園を壊したみたいなものだし……」


「あっはは、そんなこと気にしてたの~? いいわよ気にしなくて~」


 快活に笑うマリア。その表情は本当に気にしていないように見えた。

 でもたぶん、彼女のその笑顔はよそ行きの顔だ。

 僕に気を使わせないための、努力の結晶ともいうべき笑顔。

 悲しみを押さえつけた上にあるその笑顔に、僕は心が締め付けられるように苦しくなった。


「……あっくんが無事だったのよ。ついでに魔王の眷属も倒せたし、最高の結果じゃない」


「うん、ごめん。ありがとう」


 僕はマリアのように上手には笑えない。本当に楽しいとき、本当にうれしいときの笑顔を、彼女のように周りの人のためにふりまくことが出来たらどんなに良いだろう。

 どうしても少し困った顔になってしまいながら、僕は精一杯の笑顔を向けた。


「……そうね、責任感じてるって言うならあれよ。私の住むところ無くなっちゃったから、今日からあっくんの家に住ませてもらおうかしら」


「うん、それはもちろん、大歓迎だよ」


「ふふ……あっくん、責任とってよね?」


「え? うん。僕のできる事なら何でもする。約束するよ」


「ええ? あの、あっくん? こちらの女性も一緒に住まれるんですか?」


「あ、うん。ルーチェ。今日から僕らの新しい家族になるマリアステラだよ」


「あはは、あなたがルーチェね。チコラから話は聞いてるわ。私のことはマリアってよんでね。


「え? あ、はい。ルーチェです。……お願いします、マリア」


 2人はがっちりと握手している。どうも「よろしく」に、ものすごく力がこもっていたような気がしたけど、それは仲良くしたいと言う強い気持ちの表れなんだろうと、僕は勝手に納得することにした。


「……ところで、空中庭園に飛んできたやつ以外の赤い光はどうなったのかな?」


 何か微妙な空気感があったので、僕は話を変える。

 ずっと手を握り合っていたマリアとルーチェが、ゆっくりとその手を放した。

 そのままルーチェは僕の隣まで移動して座り、マリアへちらっと視線を向けて微笑んでから、状況を説明し始めた。


「今日現れた光は9つです。そのうち一つは空中庭園ディオ・ドラーゴへ。もう一つは王都へと飛来しました。教会からの情報によると王都は大混乱に陥ったようですが、連絡を受けたクリスティアーノ子爵様が大アルカナのジェネラルを率いて討伐に向かったので大丈夫でしょう。出発の最わざわざ屋敷にお立ち寄りくださって、あっくんにも心配しないように伝えてほしいと仰って下さいました」


「余裕やなクリスティアーノ。……せやけど、残り7つは行方が知れないんやろ?」


「どこかで暴れてるわけではないの?」


「今のところ、少なくとも教会のあるミレナリオの都市には被害は無いようです。いくつかの目撃証言を合わせると、その多くは『遺跡』へと向かったと考えられます」


「遺跡……。空中庭園も遺跡だよね? 何か目的があるのかな……?」


「っちゅうか、遺跡言うんはそもそも何なんや?」


 チコラの疑問に皆の視線がマリアへ向かう。

 僕らの話に飽き始めたりんちゃんは、僕の膝の上に乗っかっていた水晶玉を撫で始めていた。


「う~ん、何って言われてもねぇ。地上の人たちが何を遺跡って言ってるか分からないけど――」


「――遺跡は、失われた文明の名残です」


 マリアの言葉に答えて、ルーチェが断言する。


「私たちのこの千年王国ミレナリオが建国される遥かな昔、まだ私たちが国も持たず、原野で動物を追い、神もおらず、魔法元素マナの使い方も知らなかった原初の世界で、未だにその全貌も解明できないほど高度な文明を誇ったエステルノと言う国の……正式にはベヌータ・デル・エステルノと言う国の名残だと聞いています」


「あ、やっぱり?」


 厳かに、尊敬の念すら込められたルーチェの説明に、答えたマリアの言葉はあまりにも軽く、場違いにも聞こえた。

 その「やっぱり?」をどういう意味に捉えたのだろう。ルーチェは頷く。

 りんちゃんは水晶球に「べぬーた、でる、えすてるの」と話しかけ、表面に『外から来た人たちベヌータ・デル・エステルノ』と言う説明が浮かび上がるのを見て喜んでいた。


「ん~、エステルノってね、私たちみたいな転移者の集落コロニーの名前よ。千五百年くらい昔には結構たくさん転移者が居たから、各地に空中庭園ディオ・ドラーゴみたいなコロニーを作ったのよ、懐かしいわ。……まぁ結局そのころの転移者は私一人になっちゃったけどね~」


「えっと、つまり……どういう事かな?」


 遺跡が転移者の作ったコロニーだったと言う事は分かった。

 でもそれと魔王の眷属が急襲することに、どんな関連があるんだろう?

 首をひねる僕に、チコラがため息をついて説明をしてくれた。


「アホあっくん、簡単なことやろ。王都には王族がおる。王族は勇者の末裔で、勇者は前の魔王を倒した転移者やろ? そして、王族以外の転移者は、遺跡に集まって住んどった。つまり今回の災厄の魔王は、自分の復活に先駆けて……」


「……自分を倒せる力を持った転移者を全滅させようとした。……ってことじゃないかな~」


 あぁ、なるほど。と、僕は大きく頷いて納得する。

 確かに、もし僕が魔王なら同じことをするかもしれない。


 勇者様御一行が、冒険の末に魔王を倒せる武器や経験、仲間やアイテムを集めるまで待っていなければならないと言うルールは無い。

 えっと……無いよね?


 まぁとにかく、この世界の人たちが魔王に太刀打ちできない以上、最初に転移者を片付けておくのは、とても理に叶っていると思った。


「まぁワイなら全拠点一斉攻撃なんてアホな攻撃はせんけどな。力を分散させたりせんと、全兵力でもって転移者を各個撃破するのが最善や。魔王、甘いで」


「そうよね。私でもそうするわ。『兵は神速しんそくたっとぶ』をはき違えてる、軍略家かぶれのど素人の用兵よね~」


 ……魔王よりヤバい人たちがここに居た。


 正直、魔王がチコラたちの言う方法を選ばないでいてくれて助かったと心の底から思う。

 9体居た化け物の1体だけで、僕は死にかけた……いや、一度死んだんだ。あれが9体居たらと想像しただけで寒気が体を襲い、僕はブルッと体を震わせた。


「……あっくん、寒い?」


 上半身裸の僕のお腹をぎゅっと抱きしめて、りんちゃんが心配そうに見上げる。

 僕は笑ってりんちゃんを抱きしめ返した。


「ううん、大丈夫。りんちゃんが居るから温かいよ」


「なに? あっくん寒いの? あはは、やだなぁ、言ってくれれば私が温めてあげたのに~」


「え? いやマリア、だから寒くないってば!」


「あ、あっくん! 私だって温めるくらいできます!」


「いやルーチェ、だから話を聞いて?」


 りんちゃんも参戦して、馬車の上でどたんばたんとじゃれまわる僕らを笑って見ていたチコラは「つきあっとれんわ、ワイは少し寝るで」と馬車の隅で体を丸めた。

 いつものように元気に話をしていたから気づかなかったけど、チコラはこの戦いで、限界以上に力を出してくれたんだ。彼が普段のようにふわふわとその辺を漂ったりせず、馬車の床にごろんと横になって話をしていたのを思い出し、僕は自分のことしか考えていなかったことに思い至った。


「あ、チコラ」


「なんや、ワイは寝る言うてるやろ」


「うん、お疲れ。……ありがとう」


「なんやねんな今更……ワイはあっくんのお兄ちゃんや、そんなん当たり前のことやんか。……まぁあっくんも今日はようやったで」


 クールにそう言って体を休めようとしたチコラを、いつのまにか『僕争奪戦』から離脱したりんちゃんが、がばっと抱きしめる。

 それを見てにやぁっと笑ったマリアは、りんちゃんごとチコラを引き寄せて、僕、ルーチェ、りんちゃん、チコラの全員をまとめて抱きしめた。


「あっははは! みんなほんとに良い子だね~! お姉さんは嬉しくなっちゃうよ~!」


「みんな、ぎゅ~! みんな、おりこうさん! みんな、だいすき!」


「なんやねん! ワイは寝るちゅうとるやろ!」


 そんなやり取りをしている間に、グリュプスの馬車はなだらかな丘陵地帯目指して高度を落とし始める。

 世界に魔王の眷属が現れたとは思えないほどの静寂と美しい光に包まれた、地上の星々の一つ、『我が家』のある城塞都市ボルデローネへと。

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