第25話「パーティーとようじょ」

 りんちゃんが眠っている間、僕らはここに来た目的の話をマリアへと伝えた。

 神であるマリアに、りんちゃんを元の世界……日本に戻すことが出来るのか。


 それを聞いたマリアは、少し悲しげな顔をした後、申し訳なさそうに笑った。


「あはは~、ごめんねぇ。流石の女神マリアステラでもそれは無理。っていうか、あっくんだって神でしょう? あっくんに出来ないことは私にもできないよ~」


「まぁせやろな。あっくんもマリアも言うたら外様とざまの神や、この世界の地の神をさがさん限り無理やろな」


「ねぇ、いくら私が一人が好きって言ったって、もし日本に帰れる力があったらさすがに帰ってるよ~」


 あ……と僕はマリアを見つめた。

 それはそうだ。千年。彼女は一人でこの世界に居たのだ。

 僕には家族が、りんちゃんやチコラ、ルカやルーチェが居る。それに友達のクリスティアーノやトリスターノ、オルコだって居る。

 でも、彼女にはその『不老不死』と言うチートのせいで、ずっと一緒に居られる家族も友達も居ないのだ。

 いくら一人が好きとか、さみしくなったら街へ行くとか、生活は能力チートで不便はないとか言っても、彼女の家族や友達はこの世界には居ない。

 そんな彼女に「日本に戻せる?」なんて、いくらなんでもデリカシーが無さ過ぎだと僕は反省した。


「ごめん、マリア」


「いいよいいよ。気にしないで。それより日本に帰れる方法見つかったら、私にも教えてほしいな」


「うん、絶対に教えに来る。約束する」


「あはは、あっくんはいいやつだね~」


「せやろ? あっくんはほんまええやつやで。それ以外取り柄があらへんけどな」


「ちょっとチコラ! 僕だって他にも色々良いところあるよ! あ、あるよ!」


「そうだよ~、だってあっくんチート武器2つと肉体チートまで持ってるんでしょ? 取り柄だらけだよ~。結構イケメンだし。白髪萌えだしね~」」


「イケメンかぁ? あっくんがイケメンやったら、ワイなんか世界中の女の子が振り向く超イケメンやんか」


「あはは、チコラはかわいい系だよね~」


 チコラとマリアは性格が合うようだ。

 2人が話し始めると会話が止まらない。

 楽しそうに会話が弾む2人を見ていると、なんだか僕まで楽しくなってくるようだった。


「あ、そうそう、チートで思い出したわ」


 お腹を抱えて涙を流すほど笑っていたかと思えば、マリアは急に真顔になる。

 奥の部屋で眠るりんちゃんの方へとちょっと顔を向け、もう一度こちらを向くと指先でテーブルをトントンとたたいた。


「りんちゃんに能力チートを使わせるのは、よっぽどのことがない限りやめなさいよ」


 不意を突かれて、僕らは言葉を失った。

 僕、チコラ、そしてずっと黙ったまま話を聞いているオルコの顔を見回して、マリアは話を続けた。


「チートなんてね、世界法則を無視してるように見えても、結局どこかにしわ寄せは来るものなのよ。私みたいに不老不死のサブ能力を持ってるなら別だけど、普通アイテム系のチート以外は使う度に体力とか精神力をごっそり持って行かれるの。……チコラには分かるんじゃない? この感覚」


 チコラは小さく頷く。

 僕も、チコラがチートの精霊魔法を使うことを「命を削るような作業」だと言ったことを思い出していた。


「でもまぁ普通はね、大丈夫なの。休んだりご飯食べたりすれば回復するのよ。でもりんちゃんは別。あの子はまだ4歳よ。体も心もまだ成長過程なの。そんな時に、一時的にとはいえ体力や精神力を根こそぎにされるのは、……たぶんだけど、よくない事だと思うわ」


「せやけど子供なんて、体力切れるまで遊びまくって、ばたーんっちゅうて寝て、起きたらご飯たーんと食べて、それで成長していくもんやないんか?」


「そうかもしれない。私だってさすがに分からないわよ。でも、チートって結局普通とは違う力じゃない? 日本に帰って元の生活をするのが目的なら、なるべく元の生活と変わらない暮らしをしていた方が良いと思うのよね」


 マリアの考え方は僕に近い。

 僕たち以外の転移者を何人も知っているマリアの話だ、チートの力についても、僕たちより正解に近い物の見方が出来ているだろう。

 りんちゃんを守るための指針がまた一つ示された。

 僕は椅子をガタッと鳴らして立ち上がり、マリアのもとへと歩み寄ると、両手をしっかりと握りしめた。


「忠告、あ、ありがとう! マリアの言うとおりだと思う。これから気を付けるよ! これからも、何か気づいたことがあったら教えてほしい。よろしくお願いします!」


「あ、うん。……よろしく~」


 僕の真剣な表情とテンションにマリアが少し引いていたように見えて、僕はまた対人関係の距離感を間違えたことに気づいた。

 握った手を放すタイミングが分からなくて、何度か上下に振った末に、僕は「よしっがんばるぞ」と、誰に言うでもなく宣言して手を放す。


「ちょ……ちょっとりんちゃんの、よ……様子見てくる。くる」


 緊張した時の語尾も出たところで、僕はそそくさとりんちゃんの眠る部屋へと向かうのだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 りんちゃんの体力が回復するまでゆっくりして行った方が良いと言うマリアの強い勧めもあって、僕らはそれから1週間ほど、空中庭園ディオ・ドラーゴに留まることになった。

 まぁ実際のところ、お昼寝を終えたりんちゃんはいつも通りに回復しているように見えたし、1週間も逗留する必要はなかったんだけど、そろそろ帰ろうかと言う相談をするたびにぎゅっと抱きしめあって僕を見るマリアとりんちゃんに負けての1週間だった。


「さすがにもう帰るよ。ポーターの2人も家族が心配してるだろうし、オルコもギルドに顔を出さないといけない時期が近いみたいだから」


「なによ~、私のことはどうでも良いって言うの? この1週間の2人の熱い夜は遊びだったの?!」


「え? ちょ? 何を言って……?!」


「おうおう、あっくんやるやないか。もうマリア手ぇ出したんか?」


「いや、僕は何も……!」


「冗談よ。やぁねぇ、だいたいあっくんが女の子に手を出せるわけないじゃない。……ってちょっとまってチコラ、今『マリア』って言わなかった?!」


「言うたか?」


「言ったよ~!」


「ほなそう言うことやろ」


「どう言う事よあっくん! 私と言うものがありながら!」


「いや、僕とマリアはそういう関係じゃないし……いや、それより僕は誰にも手を出したりしてないよ!」


「お、言うたな? 帰ったらルーチェに言うたろ」


「ルーチェって言うの? 相手の女! ちょっと、明日は私も街に行くわ! 白黒ハッキリさせようじゃないの!」


 面白がって煽るチコラと、乗せられてだんだんテンションの上がるマリア。

 2人の間に挟まれて、僕は両耳を塞ぐことしかできなかった。


「あはは、まぁ冗談はこれくらいにして、今日はお別れパーティーしようね~、りんちゃん!」


「うん、マリアちゃん。りんちゃんパーティー好き!」


「せやな、盛大なのたのむで」


 何事もなかったように話は唐突に終わる。

 僕はこのノリになかなかついていくことが出来なかったけど、どうもチコラには心地よいリズムであるらしかった。

 と言うか、ついていけてないのは僕だけのようにも見える。

 僕はコミュニケーションの難しさに、再び頭を悩ませることになってしまった。


「さぁさぁ、そうと決まったら早速準備しなきゃだよ! 忙しくなるわ!」


「……ありがとうマリア。僕たちも手伝うよ」


 僕がそれだけの言葉を言い終わる前に、マリアは空中に斜めに指を滑らせて光のウィンドウを開く。

 ぽんぽんぽんとリズムよくいくつかの項目を選択すると、色とりどりの草花が咲き乱れる庭園に、何十人もの人が一度に楽しめるくらいの大きなバーベキュー会場がなんのエフェクトも無く突如として出現した。

 いくつもの大きなワイン樽。そこに置かれた氷で満たされた桶とデキャンタ。

 ドネルケバブのような肉の塊や、大きな魚、チーズ、パスタ、野菜、果ては豚の丸焼きやチキンのローストまで、まさしくそれはパーティー会場と言うイメージそのままの光景だった。


「え? あっくん、なんか言った?」


「いや、僕たちも手伝……ううん、なんでもない」


「どこらへんが忙しくなんねん。ほんま、分かりやすいチートやなぁ」


「あはは、飲んだり食べたり騒いだりが忙しくなるんだよ~。まぁちょっとね、昔の仲間たちとパーティーした時の自動命令マクロだから規模が大きすぎるかもしれないけど。大は小を兼ねるってね!」


 まだ日も高く、夕食まではずいぶん時間はあったんだけど、そこから雪崩のようにパーティーは始まった

 普段はどんな場所でも警戒を怠らないオルコでさえ、おいしい料理とワインでべろんべろんに酔っぱらっている。

 りんちゃんはデザートのジェラードを食べ終わるのとほぼ同時に、マリアの腕の中でスイッチが切れたように眠っていた。


 日も暮れ、僕たちから少し離れた所で意気投合しているチコラとグリュプスの笑い声(?)以外は聞こえなくなる。

 りんちゃんを抱いたままワイングラスを傾けているマリアの隣で、僕も久しぶりに酔いのまわった頭で、信じられないくらいの数の星が煌めく夜空を見上げた。


「……すごい。バカみたいな感想だけど……星ってこんなにたくさん見えるんだ……」


「でしょ? 日本じゃ絶対に見られないわ。……私の日本での名前ね、海星みほって言うのよ。海の星って書くの。あはは、それがこの世界に転移したら名前が海の星マリアステラだもん、ほんと、そのままよね、笑っちゃったわ。うん、まぁ気に入ってるけどね」


 マリアは楽しげにグラスを傾ける。

 空になったグラスを受け取り、僕は良く冷えたデキャンタから、バラ色の液体をなみなみと注ぎ、手渡した。


「ワインをキンキンに冷やしてグラスになみなみに注ぐなんて飲み方するの、マリアくらいだよ?」


「いいじゃない。美味しければ。なんでも」


「マリアってさ、ビール好きでしょ?」


「あはは、わかる? でも何十年か前にも飲んだけど、この世界のビールってなんか違うのよね~。薬臭いって言うかさ~」


「僕の友達の転移者で貴族のクリスティアーノが、日本で飲んでた生ビールを再現しようとしてるよ」


「ほんと?! それはぜひ飲みたいな~」


「うん、僕も……マリアと一緒に飲みたいよ」


「……はは……あっくんてさ、結構ナチュラルに口説くよね」


 意地悪そうに細められた目で僕を眺めながら、マリアはそんなことを言う。

 ワインが気管に入ってむせた僕は、しばらく返事をできなかった。


 やっと人心地ついて、もう一度よく冷えたワインでのどを潤すと、僕はふぅっとため息をついた。


「……ねぇマリア。僕たちと一緒にポルデローネに住まない? あ、口説いてるとかじゃないからね? ただ、ここは……一人で住むには広すぎるよ」


 酔ってはいたけど冗談ではない。僕は真剣な顔で、彼女の目を見つめながらそう言った。

 マリアも僕の目を見つめ返し、にっこりとほほ笑む。

 そのままグラスに口をつけ、おいしそうにそれを流し込んだ。


「街かぁ。それもいいかもね~」


「うん、そうしなよ。僕の屋敷にはまだたくさん部屋があるし、クリスティアーノの農場でとれるホップのビールも飲み放題だよ。それに、りんちゃんも喜ぶ」


「あはは、結局りんちゃんじゃない。……でもね、やっぱりここは、仲間たちと作った大事な場所なんだよね。皆チート持ちで、チートが地上に影響を与えすぎるのを気にしてここに住んだんだ。だからね、さびしくても、私くらいはここを忘れずに居ないとさ」


「マリア……」


「あはは、ビールは飲みに行くよ~。りんちゃんにも会いに行く。……あっくんにもね」


 眠っているりんちゃんを僕に預け、「飲みすぎちゃった、おしっこ行ってくるね~」と宮殿へ向かうマリアを見送りながら、僕は彼女の背負ったものの大きさにもやもやしたものが心に渦巻くのを感じた。

 僕の腕の中で、右手の親指を口にくわえたりんちゃんが身じろぎをする。

 その体はとても暖かくて、抱っこしているだけで僕の心のもやもやを溶かしてくれるような気がした。


 マリアは……女神マリアステラは、もう千年もの間、空中庭園ここを一人で見守っている。

 仲間の思いは大切だ。それを見守るのもいいだろう。


 でももうそろそろ、彼女の幸せを考えるべき時が来たんじゃないだろうか。

 いくら空中庭園ディオ・ドラーゴが大切な思い出の場所だったとしても。


空中庭園ディオ・ドラーゴ……なんだっけ、何か大事なことを忘れてるような気がする……」


 思わずつぶやいた僕の頭上で赤い花火のようなものがパッと輝いた。

 1秒遅れて体を揺さぶるような音がドンッと響き渡る。

 篝火かがりびが揺れ、宮殿の窓がびりびりとなった。


「なに?!」


 見上げた僕の視線の先、一つ目の光に遅れて、周囲に次々に禍々しい8つの赤い光が輝く。

 それは最初の巨大な光と共に9つの方向へと散り散りになって飛び去った。


 8つの衝撃が一つになり、また僕らを襲う。

 宮殿の窓はいくつか破れ、ガラスの破片が篝火かがりびに反射してキラキラと輝いた。


「あっくん! なにこれ?!」


 ガラスの雨を避けながら、マリアが宮殿から駆け寄る。りんちゃんも目をさまし、あたりの光景に驚いて僕にしがみついた。

 オルコとポーター二人は前後不覚の状態で眠り続けている。

 チコラとグリュプスは、あわてて僕らのところに集合した。


「あっくん! なんやこれ?!」


 9つの光のうちの一つが、あろうことかこちらの方向へ真っ直ぐに飛んでくるのが、叫ぶチコラの背後によく見えた。


「……あ! 思い出した!」


「なに?」


「水晶で見た情報……『空中庭園ディオ・ドラーゴは、魔王復活の前兆として、崩壊する』って……」


 背後に迫った赤い光は巨大で、直径30メートルほどもある。

 どうすることもできない僕らがただ見つめる前で、その光は爬虫類の瞳のように縦に裂け、中からどす黒い粘液がドロリと溢れ出した。

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