第24話「女神とようじょ」
ててててっ。
たったったったっ。
僕とりんちゃん二人の足音だけが、暗いホールに響く。
ただ、その音は長く尾を引くことは無く、カーペットか、タペストリーか、なにかそんな温かみのある布に吸い込まれたように、耳に心地よい余韻だけを残して消えていった。
光にあふれた庭園から、急に静謐な室内に入った僕の目が暗さに慣れるまで、少しかかる。
しかし、慣れてみれば、そこは居心地の良さそうな「お屋敷」と言った風な内装で、少し大きくて豪華ではあるものの、「宮殿」と言うイメージから想像する内装ではなかった。
少し
「こっち!」
まるで道を知っているように、もしくは誰かに導かれてでもいるように、りんちゃんは迷いなく僕の手を引いて行く。
遅れて背後からオルコの足音とチコラの「りんちゃん待ちやぁ」と言う心配そうな声が追いかけて来るのがわかった。
「りんちゃん、ちょっと待って、チコラたちと一緒に行こう?」
僕の声に一度顔を上げたりんちゃんだったけど、返事はせずにまだ走り続ける。
その歩みは、この宮殿の中では不自然に小さな扉の前でやっと止まった。
「……ここ?」
「え? ここ? ごめん、わかんないよ」
連れてきた張本人のりんちゃんに逆に質問されて僕は困惑する。
やっと追いついたチコラとオルコは、小さく息をつくと扉を見つめた。
「罠はないようだ」
「魔法もかかっとらんで」
なんでそれを僕に報告するかなぁ。
まるで僕が扉を開けるのが決まっているような二人の行動に、僕はちょっとだけ……ほんのちょっとだけ苛立ちを感じた。
……いや違う、苛立ってまではいないかな。少し困惑したくらいだ。
どうやら僕の役目で間違いがなさそうなので、仕方なくゆっくりとドアノブに手をかけ、扉を押す。
――ガチャ
開かない。
チコラたちの表情をうかがうと、彼らは微動だにしていなかった。
仕方がない、今度は引いてみよう。
――ガチャ
やっぱり開かない。
「ダメだね。カギがかかってるみたい」
僕は少しほっとして、ドアノブから手を放した。
半歩、足を引いた僕とドアの間に、りんちゃんがささっと滑り込む。
何をするのかと見ていると、すうっ息を吸ったりんちゃんは、背筋を伸ばして選手宣誓するようにまっすぐ右手を上げて口を開いた。
「リン・アマミオです! よんさいです!」
そのままくるっと振り向き、僕を指差す。
「あっくんです!」
次はチコラ。
「チコラちゃんです!」
最後はオルコ。
「オルコくんです! みんな! 仲良し! です!!」
全員の紹介を終えたりんちゃんは、もう一度ドアへと向かうと両手でドアノブをひねった。
まるで最初からカギなどかかっていなかったように、カチャリと小さな音がしてドアが開く。
本日何度目かの信じられないものを見せられ、僕らはそのまま中へと入っていくりんちゃんの背中をあわてて追いかけた。
身を屈めるようにして入った部屋は、ドアの大きさから考えると不相応に広かった。天井は一面ステンドグラスで覆われ、色とりどりの光で大理石の床を照らしている。
中央に白い光に包まれた姿見がふわふわと浮かんでいるのが見えた。
「うわぁ、ファンタジーだなぁ」
「はぁ……これはたまらんなぁ。部屋が
ただただ感嘆の言葉を漏らす僕の隣で、チコラが大きく深呼吸をする。
周囲に鋭い目を向けていたオルコも、そんな僕らを見て緊張を解いた。
「すごーい! きれー!」
天井を見上げてくるくると回るりんちゃんが離れないように、僕はしっかりと手をつなぐ。
りんちゃんはそれでも回ろうとするので、僕は両手をつないでぶら下げるように持ち上げ、きゃっきゃと笑う彼女をぐるぐると回した。
「……ねぇなに~? こんな朝から~。もしかしてあなたたち勇者?」
突然かけられた言葉に、僕はあわててりんちゃんを胸に抱く。
オルコやチコラが目を向けている中央の鏡の前に、いつの間にか若い女性――上下あずき色で白いラインが2本入ったジャージに黒縁メガネをかけた、ぼさぼさの黒髪にソバカスのある眠そうな目で、大きな枕を抱えた女性――が、あくびを噛み殺し、ジャージの裾から中に手を入れてお腹をぼりぼりとかきながら立っていた。
また、チコラとオルコが僕を見る。
仕方なく僕はりんちゃんを抱っこしたまま一歩前に出て、自己紹介をする羽目になった。
「えっと……あ、あの、僕たちはあの、異世界から来たですね……転移者です。です」
久しぶりに語尾が二回出た。やっぱり僕のコミュ障は治ってない。
「そ、それでですね、あの、神様にお願いがあって、あの――」
「あー、確かに私神様だけど~、『
「なんやねんな、
「はわぁ……ぁふ。……ごめんね~。……って、えー?! なに?! キミかわいいじゃん!」
大あくびをしながら今まで寝ぼけた風でゆらゆらしていたその女性は、空飛ぶテディベアそのもののチコラを見て、急に血圧でも上がったかのように、興奮気味にメガネの位置を直す。
それからまるで初めて視界に入ったように僕らを見回すと、少しあわてた様子で空中に斜めに指を滑らせて光のウィンドウを呼び出し、それをちょんちょんと操作した。
一瞬で、なんのエフェクトも無く、女性は動きやすそうな半袖のシャツにホットパンツと言った出で立ちに変わる。
健康的にすらっと伸びた足が突然現れ、僕はちょっと目のやり場に困った。
ぼさぼさしていた髪も綺麗に頭の上で編み上げられ、メガネは消え去り、その顔には化粧すら施されてソバカスも消えている。
空中に浮かんでいる鏡の前でくるりと一回転すると自分の姿を確認し、女性は大きく頷いた。
「うん、よし」
「おお、すごいなぁ。ほんま、女は化けるもんやなぁ」
「へへー、身だしなみよぉ。ごめんね、私朝弱いのよ」
え? チコラ、そんな感想?
他にも言う事……っていうか、聞くべきことがたくさんあるでしょ?
この女の人もさらっとすごいこと言ってるし。
オルコは後ろで黙って腕組みしてるし。
りんちゃんは女の人の変身を見て「わぁ! プリヒールだぁ!」って喜んでるし。
……ここはやっぱり僕が聞くしかないんだろうなぁ。
「ちょ、ちょっと待って。今のゲームのウィンドウみたいなの、な、なに? て言うか、神様じゃないの? 転移者なの? なの?」
「う~ん、そうねぇ。キミけっこうイケメンで好みだから答えてあげてもいいけど、どう? せっかくだからみんなで朝ごはん食べない? 実は私もうお腹ぺこぺこなのよ」
「りんちゃんもー!」
……確か出発前にりんちゃんは食事をしていたはずだけど……まぁ初めて
車付けで待っているポーター2人と馬、それから『ぐりりん』ことグリュプスにも食事を届けてもらうようお願いして、僕らはこの女性と朝食をとることになったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「いたぁ~だきます!」
「どうぞ、召し上がれ!」
彼女の服と同様に、なんのエフェクトも無くテーブルの上に現れたパンケーキやフルーツを前にして、りんちゃんが手を合わせ、大きな声で挨拶をすると、女性はにこにこと笑いながらそれに答えた。
この受け答えの言葉、この独特の抑揚。
幼稚園や小学校低学年でやるやつだ。
僕は確信した。この人も日本人だと。
「あ、あなたも……あの、日本人なんですか?」
りんちゃんのパンケーキを一口大に切り分けながら、僕はおずおずと女性に質問した。
しかし、なかなか答えが返ってこない。
何か言いたくない事でもあるのかとパンケーキの皿から顔を上げると、正面の女性は口の中をパンケーキでいっぱいにして、「おっほあっへ」と手のひらを僕の方むけていた。
一生懸命口をもぐもぐさせて口の中のものを飲み込もうとしている。
たぶん「ちょっと待って」と言ったんだろう。
「あぁ、うん。ゆっくりで……大丈夫です」
こくこくと頷いて、女性は牛乳を流し込む。
りんちゃんが真似をして、一気に3切れのパンケーキを口に入れようとしたので「だめ。お行儀悪いよ」とたしなめていると、ごっくんとパンケーキを飲み込んだ女性が少し頬を赤らめて咳ばらいをした。
「んっ。こほん。えっと、紹介が遅れたわ。私はマリアステラ。トラックに轢かれて死んだ元日本人で……転移を司る女神だった転移者よ。今は
「元……転移を司る女神?」
「そうよ。でも、あんな狭苦しい『門』の前で、ただ流れ作業みたいに人にチートを与えて転移させるだけなんてつまんないもん。すぐやめて自分自身を転移させたの。最初はここで何人かの転移者と一緒に暮らしてたんだけど、今はチートで日本のテレビを見たり、時々地上の人たちの街へ遊びに行ったり、気ままな一人暮らしね」
「あんたさんの他にも転移者おったんか!」
「う~ん、まぁね。でも千年くらい前までかなぁ。ほら、私のチートって『女神』でしょ? 不老不死じゃない。だから、仲良くやってたんだけど他の転移者はみんなおじいちゃんおばあちゃんになって死んじゃった。それから千年くらいは他の転移者と会ったことは無いわ」
「不老……不死……」
そんな常軌を逸した能力まであるのか。
まぁ常軌を逸しているからこそチートなんだけど。
「マリアステラさん……さびしく……ないの?」
「マリアでいいわ。……さびしくないって言ったら嘘になるかなぁ。でもそうなったら地上に降りて人間の生活を楽しんだりもするのよ。チートのおかげで生活に不満はないし、もともと一人でいる方が気楽な性格なんだろうと思うわ。それに、今はもう慣れちゃった」
マリアは一生懸命パンケーキを食べるりんちゃんを優しく見つめる。
確かに、僕らが現れた時もそんなにテンションあがったりしてなかったし、僕が想像するよりさびしくないのかもしれない。
まぁ僕も転移トラック神やってた時は、さびしいなんてみじんも感じなかったからなぁ。案外、人ってそういうものなのか。
マリアの自己紹介はとりあえずそれで終わる。
僕たちの名前は、扉の前でやったりんちゃんの自己紹介が聞こえていたらしく、マリアはもう知っていた。
そこで、改めて僕らの名前以外の自己紹介を追加する。
りんちゃんの転移、僕とチコラが一緒に転移した理由、この世界『ジオリア・カルミナーティ』への転移の後、どのようにしてここに至ったか。
すべてを話し終わった後、マリアはテーブルを指先でトントンとたたき、僕の目をじっと見た。
「うーん、もしかしたらあっくんは私の先代の『転移を司る神』かもしれないわね。私がトラックに轢かれて死んでから転移の女神になるとき、上位神に『緑の炎のような眼をした死神のような転移トラック神』が勝手に転移したから、早急に日本地域の担当を決める必要があるって言われたもの」
「……え? 転移トラック神ってもともとトラックに轢かれて死んだ人なの?」
「そうよ。あっくんは違うの?」
「いや、それが分からないんだ。でも……マリアは千年以上前からここに居るんでしょ? 僕が転移トラック神やってたの、何か月か前だよ?」
「ばかねぇ。転移先は場所も時代も自由自在でしょう。そう説明受けてない?」
呆れたようにそう言うマリアと、ジト目で見つめるチコラの視線にさらされて、今度は僕が頬を赤らめる番だった。
正直に言うと、僕はその辺の記憶が曖昧で、それ以前の記憶となると、本当に何も覚えていないのだ。
「まぁ僕のことはいいよ。それより、りんちゃんの事なんだけど……」
話を変えるようにそう言って、僕はりんちゃんに視線を移す。
当のりんちゃんは、先ほどまでパンケーキをぱくぱくと食べていたのだが、今はフォークにパンケーキの切れ端を突き刺したまま、目をつむってうつらうつらとしていた。
かくんっとバランスを崩すと、ハッと目を覚まして口の中のパンケーキをもぐもぐと食べ始める。
それでも何度か咀嚼するとまた夢の中に誘われ、目をとろんとさせて船をこぎ始めるというのを何度も繰り返していた。
「……お昼寝できるところ、あるかな?」
僕はりんちゃんの手からフォークをそっと取り、ナフキンで口の周りを優しく拭く。
笑いをこらえながら「こっちよ」と案内してくれるマリアの後ろを、僕はりんちゃんが目を覚まさないようにゆっくりと、抱っこして歩いた。
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