落とし穴 3

会話のない静かな朝食。

朝ご飯だけは、毎日母親が作っている。


仕事をしているとはいえ、理想的な家族を 売り としている我が家で、

食事の支度をしないとなれば、世間の目が気になるから、義務としてやってるのだろう。

レパートリーは少なく、ほとんど毎日同じ食事が食卓へと並ぶ。



一足先に食事を終えた父が、


「15時に運転手に迎えに行かせるから、それまでに校門に居るように」


今日初めて発した言葉が、それだった。


15時に運転手が迎えに来て、それからはまず習い事へ向かう。

1週間、それぞれ違う習い事を行い、それが終わった後は家に帰宅。

夕食を食べ、その後家庭教師が来てお風呂に入るまで勉強。


子供は僕1人しか居ないから、親がやらせたかった事や自分がやり残した事全てを、

悔いが残らないよう、僕にやらせるらしい。

僕がやる事で、両親の悔いは消えるのかも知れないけれど、

自由な時間を持てなかった僕には、悔いが残る。




次に母も席を立つ。



「後10分でお手伝いさんが来るから。じゃあ、私も行くわ。気をつけて学校に行くのよ。

もう貴方しか居ないんだからね」


どうして、僕が生まれた後も子供を作らなかったの?

そうすれば、全ての期待を僕が背負う事も無かっただろうに。



会話のない両親を見れば、その理由がなんとなくわかる。

もうこの夫婦に 愛 なんてない。

それでも2人が繋がっている理由は、僕なのだろう。




両親が仕事に行き、お手伝いさんが来る前のわずか10分間。

それが僕に与えられた唯一の自由な時間。


毎日同じで食べ飽きている朝食を手に持つと、リビングを出た。

一番奥の薄暗い部屋の前まで辿り着くと、ドアについているロックを外す。

家族とお手伝いさんのみが知っている、ロックナンバー。

それを外さないと、この扉は開かない。


ロックがかかっているのは、我が家ではこの部屋のみ。

強盗でも入れば、唯一ロックがついているこの扉に装飾品が入っていると怪しみ、なんとしてでも開けようとするだろう。

中に金銀財宝が入ってると勘違いをして。



金銀財宝どころか、この部屋の中に居るのは、実の親に泥扱いをされ、生きている事を認めてもらえないー・・・・・。




ドアを開くと、


「あーーーあーーーーー」


今日も楽しそうな独り言が聞こえてきた。

ここは兄が生活をする部屋。



「おはよう、ご飯を持ってきたよ。兄さん」


「うーーーーーーあーーーーー」


ニコニコ笑いながら、兄は僕の持ってきたお皿から、手づかみで食料を掴み取るとムシャムシャ食べ始める。

部屋を見渡すと、室内は散乱していた。

毎日お手伝いさんが掃除してくれているというのに、兄は無意識に部屋を汚してしまう。



室内に異臭がしていた。

この部屋には、トイレと浴室が完備してあるというのに、兄は1人でトイレを済ます事が出来ない。

それを知りながら、両親はそれを手伝ってあげようともしない。


「今度、トイレの使い方を教えてあげるから」


「・・・・・・・・・」



僕の言葉なんて耳を貸さず、朝食を食べ続ける。



両親に溺愛されている僕は、母が作った朝食を食べない。

存在を認められない兄は、内緒で持ってきた朝食にニコニコしながらむしゃぶりつく。

皮肉な物だ。



一生懸命ご飯を食べる兄から静かに離れていく。

兄はそれに気づかない。

扉を閉める寸前、



「じゃあ僕もう行くから。またね」



それまで何を話しても、ずっと聞く耳を持たなかったというのに、どの言葉に反応したのだろう。

兄は顔を上げると、こちらにベタベタになった手を伸ばす。



・・・・もう時間がないんだ。ごめん・・・・・。



それに気づきながらも、僕は扉を閉めるとロックし、足早に部屋を去った。

唯一、誰にも鑑賞されない10分間。

貴重なその時間を、僕は毎日兄の部屋に行く事にしている。

その理由は何なのか?わからない。


もしかしたら、純粋に兄に会いたくて部屋に向かっているのかも知れないし、

トイレすら自由にこなせない兄を眺めては、優越感に浸ってるだけなのかも知れない。



僕は何がしたいのだろう? 自分でもよくわからない。

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