人魚

僕は君に恋をした。


一目惚れだった。


お世辞にも広いとはいえない水槽の中で、

ただゆらゆらと揺蕩う君を見て、

僕の心臓は見えない弾丸で撃ち抜かれたように跳ね上がった。


『なんて美しいんだ』


この一言に尽きる。



絹糸の如く流れる髪。


凡てを諦めたかのような、

どこか物憂げな瞳。


胸から腹にかけて穏やかな流線を描く胴。


指先から肩にかけて程好く肉を纏った細腕。


腹から下部、あきらかに我々とは違う種族の証である鱗と鰭。


『ああ・・・やはり君は美しい』


彼女を見つめながら、僕は呟いた。



僕は彼女に恋をした。


水槽の中の彼女。


いつか君と結ばれることを夢見ながら、想像に耽る。



喉から臍にかけてを、《銀のナイフ》で切り裂き


君の中へと到達する為、肋を開き


噎せ返るほど薫り高い血を、グラスに満たし


僕の眼前の円卓で、美しく身体を、凡てを晒す


そして僕は、開放された扉を抜け、

君のまったり甘くて、

ほろ苦い内臓に舌鼓を打つ。



そんな想像に馳せながら見つめた君は、


怯えた視線を僕に向ける。


まるで小さな海のように、その瞳に涙が揺れる


『ああ、美しい』


厭きること無く、いくらでも僕は呟く。



気分の高揚、これが恍惚という感覚なのか、とても気分が善い。


もうすぐだ、もうすぐ君と一つに成れる。


その時が待ち遠しい。



僕は君に恋をした。

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