第46話 獣たち
ジュリオのPKが決まらなかったことに久我は安堵していた。
こんな納得のいかない形の決勝点で試合が終わってしまったら、どんな顔をして暁平たちに挨拶すればいいのかわからない。
だが弓立も暁平も失点を防いだだけでは満足していなかった。
誰よりも早く姫ヶ瀬FCゴールに向かって駆けだした暁平に、ボールを拾った千舟が弓立の指示に従ってパスを出す。
「まさかあのひねくれたアツが『キョウ』って呼ぶ日がくるとは」
内心で久我はそう驚いていた。しかし戦況はそれどころではない。鬼島中学からカウンターでの逆襲を受けているのだ。
千舟のキックは少し精度を欠き、全速力で走る暁平の後ろへとボールがずれた。ここでハーフウェイライン手前にいる暁平まで楽に渡してしまうと、一気に不利な展開になるのを承知しているFCもそうはさせまいと選手が一人ついてくる。
このふたつの問題を暁平は一気に解決した。自分の背中側に飛んできたボールを後ろ足で引っかけるようにして前方に跳ね上げ、そのままの流れでディフェンダーも置き去りにしていく。
続いてはやはり吉野だ。抜かれるわけにはいかないと完全にファウル、それもカードが出されるのを覚悟の上で手荒く体を暁平へとぶつけていった。
吉野の当たりの強さは久我も練習で身に染みている。なのに暁平はものともしない。逆に肩を吉野へと入れ、あろうことか弾き飛ばしてしまった。
微妙なプレーではあったが、暁平がオフェンスチャージをとられることはなかった。おそらく主審にも先ほどのPKが微妙なジャッジだったのが頭に残っているのだろう。
鬼島中学の選手たちも懸命に暁平を追う。五味は左サイドに開き、畠山は右のファーサイドへ。筧も暁平のフォローに入っている。それでも暁平はまだパスを出さない。
とうとうペナルティアーク近くまで侵入してきた暁平を、姫ヶ瀬FCのセンターバックが二人がかりで止めにいく。
対する暁平のとった方法はとてもシンプルだった。一度スピードを緩め、再び急激にギアを上げて二人の間を突破する。そのチェンジ・オブ・ペースについていけなかった棒立ちのディフェンダーはまるでただの門にしか見えなかった。
残るはキーパーとの一対一、さすがに友近は素早い判断で前に飛びだしてきた。二人が交錯するかに思えた瞬間、暁平の柔らかい足首がボールの進路を真横に変えた。すんでのところで暁平自身も友近を左にかわす。
あとはもうゴールに向かってボールを蹴りこむのみだ。
「うちのディフェンスを五人抜きかよ……」
これが自分の憧れた暁平だ。彼の怪物たる証明のようなプレーを目の当たりにし、身震いするほどの昂りが久我の全身を駆けめぐる。
逆転されてしまったがそんなことはかまわない。追いついて、さらに勝ち越してやればいいだけのことだ。
一秒でも早くリスタートするぞ、と久我は意気ごむが、どうしたことか得点はまだ決まっていなかった。
ゴールラインの寸前、暁平がボールを押さえつけながらそのまま立ち止まってしまったのだ。
くるりと彼が体ごとフィールドへと向く。そしてあきらめずにボールへと手を伸ばしてきた友近を嘲笑うかのように、ヒールキックでボールをゴールへと流しこんだ。
らしくない、あまりに暁平らしくないプレーだった。
久我が知るかぎり、これまで暁平はただの一度も戦う相手を愚弄したりはしなかった。政信を退場へと追いやった主審の判定に対する苛だちか、外野で騒いでいる連中への挑発か、それともミスをした自分への怒りか。
彼がどういう心境なのかは久我にもわからない。ただ、このまま看過できないことだけは間違いなかった。
「やっぱり会長の言う通りだったのか」
榛名くんのためにもきみが敗北を教えてあげなさい、羽仁浦会長からそう告げられていたのを思い出す。
「上等じゃねえか、クソったれ」と久我は両の拳を打ちつける。
そんな彼を兵藤が指さしてきた。「約束は守るよ」とでも伝えてきているのだろうか。
足の速い獣、狡猾な獣、強い獣、賢い獣。いずれにせよフォワードなんてやっているやつらはみな獣だ。自分の一撃で敵を仕留めるのが至上の喜びなのだから。
「上手く制御してくれよ、猛獣使い」
ゴールゲッターの本能が剥きだしになってきているのを久我は自覚する。
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