第36話 消えゆく魔法
自分のプレーの強度が少しずつ落ちてきていることに暁平は苛だちを隠し切れない。
スコアは依然として1―1、同点のまま前半は終盤にさしかかっている。
こうなってみれば決め損ねたあの1点が惜しかったな、と思わないでもなかった。しかしその無意味さは百も承知だ。
一年近く前の七月、一周忌を迎えるちょっと前の話になる。榛名家での食事中に暁平はふと何気なく口にしてしまったことがある。
「コウタも生きてたら今日で十歳か」
悠里も、叔父と叔母も、政信も要も、それを聞いた瞬間に動きがぴたりと止まってしまった。
自分の言葉に対する過敏な反応に、むしろ暁平のほうが申し訳ない気持ちでいっぱいになった。家族をなくしたのは自分だけでなく、場にいる全員がそうなのだ。にもかかわらず暁平は深く考えもせず、文字通り死んだ子の年を数えるような真似をしてしまった。
どうあがいたところで過去の出来事はもう取り返しがつかないのだ。
突然の事故で家族を失い、罪悪感に押し潰された凜奈が鬼島を出ていき、総体予選への出場は認められず、暴力事件を起こして久我が去り、衛田は襲われて右目を失明してしまった。自分には何もできなかったという悔恨の念ばかりが暁平の胸に積み重なっていく。
勝ったからって何が変わるの、そのようなことを悠里が言っていた。彼女の言葉の通りだ。結局いつだって彼女が正しい。
それでも暁平にはサッカーしかない。だからただ勝つのではなく、「美しく勝つ」ことを目標に掲げた。しかもこれまでで最強の敵に対して。
好機を量産していた時間帯にはとにかくパスが繋がっていた。姫ヶ瀬FCはボールに触れることすら許されず、ただ鬼ごっこの鬼の役をやっていただけだ。パスサッカーこそがサッカーのあるべき形だとするなら、間違いなく「美しさ」と呼べるものがそこには存在していたはずだ。
少しずつ、少しずつ。その「美しさ」のためにかけられていた魔法が消えていく。魔法の源がおれの体力だとはまったくロマンの欠片もないぜ、と暁平は苦々しく吐き捨てる。
それでも彼に走るのをやめる選択肢はありえない。
たとえピッチの上で息継ぎのできない潜水士のようになってしまおうとも、暁平には最後の瞬間まで足を動かし続けるくらいのことしかできないのだ。
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